87・ユアマト
「ユアマト院長がご到着です」
ドアマンの声と共に全員が起立する。視線は迎えるように扉へと注がれていた。
ドアマンが扉を開くとそこには年若い、二十代前半に見える女が立っていた。白いロングコートを飾り立てる様々な装飾が女の細身の体を一回り大きく見せていたが、なにより不敵な笑みを浮かべたその顔立ちは言葉にしにくい威厳に満ちていた。長い黒髪を手で広げると翼のようにたなびく。かつかつとヒールで床を叩きながら上座へと向かう。
皆一様に頭を下げていた。「楽にして良い」と彼女が口にすると顔をあげる。部屋の一番奥、上座の椅子に手をかけても今度は誰も難色を示さない。当然の事である。
魔術院第十ニ代目院長ユアマト。
レンレセルにおける最高責任者であり、国家の代表者であり、最高戦力でもある。
その彼女が椅子に座りテーブルに肘をつき両手の指を絡めて口元を覆い隠していた。その怜悧な涼しい目元がその場にいる全員を舐めるように見渡した。
「ぞろぞろと雁首揃えてよくもまあ見事に年寄りばっかりじゃないか、ええ?」
意地悪くからかうような調子で鈴を転がすような声が響く。そんな大声でもないのに不思議とよく通るその声は耳朶を甘く溶かすようだった。
「まあ、何人かは若いのもいるみたいだけども」
その目がカウツに向けられる。カウツは静かに目をそらした。
ユアマトが噛み殺すように笑う。
「しかし、十年前と大して顔ぶれが変わらないのはつまらないね。アンタらそろそろ若いのに道を譲ったらどうだい?」
あんまりと言えばあんまりなユアマトの言葉にコホン、と咳き込んでみせたのは総務省大臣だった。
「出来ればそうしたいところですが、今この時期に椅子を明け渡されても後進が困るでしょう。出来れば落ち着いた頃合いを見計らいところです。それは院長も同様では?」
「おっと返す刀でそう来たか。私はさっさと隠居したいと思ってるよ。いい加減、長い事この仕事を務めすぎた。皆、私が院長なのが当然で永遠に続けるんじゃないかと勘違いしてる節があるからね」
「そうですな。私がまだ総務省に入りたての頃、もう五十年前にもなりますか。その頃から貴女が院長でしたからな」
「嫌な話になったねえ……あの頃は私も若かった。思えばこんなに長く在任する事になるとは思わなかったね。嫌だ嫌だ」
心底嫌そうに首を振る。
そう、彼女ユアマトは魔術院の院長としてその職務を五十年以上務めてきている。見た目は年若いお嬢さんでしかないが実年齢は百をゆうに超えているはずであり、いかなる魔術によるものかその肉体は全盛期のそれを保ち続けていた。
魔術院院長は魔術院、ひいてはレンレセルを魔術的に管理する業務に就いている。その為に院長にしか伝わっていない多くの魔術やその技術を習得しており、その能力の全貌を知る者は院長以外には存在しない。
また、魔術院における重要案件は閣議を開き各省の大臣との会議を行い院長が承認する必要性がある。極めて責任重大なポストであり、その後継者選びには慎重にならざるを得ない背景がある。
もっとも、その後継者選びは彼女の自由意思でどうこうなるものではないのだが。
「何だったら継承の儀に挑戦する?」
軽いノリで聞くのに対して静かに否定する。
「お断りします。子供らよりも長生きするのは本望ではないので」
「そうかいそうかい。健全だねえ」
よくできた回答に満足したような笑みを浮かべながら何度も頷くユアマトである。
魔術院の院長を選定する継承の儀は余人の意思を介在することなく極めて機械的に院長としての資質を測るシステムであり、これによって相応しいと認められた者が魔術院の院長となり院長のみが持つ知識や技術、レンレセルにおける権能を譲渡される。
その結果、院長となった者はユアマトのように肉体的に全盛期の状態を保ち続け、その座を下りるまで魔術院のために働き続けることとなる。それは成程、人としては歪な在り方、不健全と言えた。
「院長、私はいつでも継承の儀を受けますぞ」
そういった諸々を理解してか、それとも気にもしていないのかシムは意気揚々と名乗り上げた。
が、そのシムに向けられたユアマトの目はどこまでも冷ややかだった。
「アンタは少し痩せなさい」
はははと笑いながらシムは丸い腹を撫でる。
「これは手厳しい。そうですな、それではカウツ君などどうでしょう」
突然名前を挙げられてカウツが間の抜けた声を上げそうになる。口を軽く開いたところで何とかとどまる事が出来たが危ういところだった。
ユアマトの遠慮のない視線が正しく品定めするようにカウツを捉えた。頭の天辺からつま先に至るまでジロジロと観察した後にふむ、と鼻息を漏らす。
「まあ、諸々悪くないとは思うけど、人生を棒に振るにはちょっと若すぎる。さすがに不憫な気がするね、私は」
その判断にカウツは内心胸を撫で下ろす。とてもではないが院長などやりたいとは思わなかったので押し付けられるような事態にならずに済んで良かった。
それにしても、と思う。シムの背後に立っているのでその顔をうかがう事はできないが、何のつもりでそんなことを口にしたのだろうか。
よもやまさか、自分の駒のつもりで扱っているのではなかろうな。そういう懸念も浮かび上がってくる。
カウツの心配を他所にユアマトがさて、と場を仕切り直した。
「今回集まってもらったわけは先に通達しているけど魔王大征伐についてだ。先方にも伝えてあるけど例のごとく虚無砂漠で開催するよ」
「いつ行われるのですか」
経済産業省大臣が質問すると、ユアマトはセッツァーに目配せをした。それに頷き机を指先でコン、と叩くと戦団団長トトミーが資料を手に立ち上がる。
「具体的な進行については防衛省の方から説明させていただきます。まず今回の大征伐の開始は丁度一月後となっております。一週間以内に参加者はスナに移動し虚無砂漠にて演習を行う予定となっております。また参加者は戦団の第三種交戦資格保持者以上を予定しております」
「それではレンレセルがもぬけの殻になるのではないですか?」
「勿論、治安維持の観点から最低限の人数は残します。具体的には第三種からは十名、第四種からは二名となります」
「そんなに必要かね?どうせ組合はレンレセルには侵入できないのだから全員参加すればいいじゃないか」
シムが他人事のように口にすると何名かがしかめつらしく非難めいた視線を向けるが当の本人はどこ吹く風である。
トトミーは表情を変えず質問に答えた。
「勿論、公安委員会は戦団とは異なりますので警察は機能していますが、大征伐での被害を考慮いたしますとある程度の戦力を残しておきたいのです」




