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魔術院は基本二十四時間灯りが絶えることはない。住人全てが魔術師という強みがあるせいか炉に焚べる薪は無尽蔵であるかのように惜しみなく使われている。
魔力に変化させるための霊素も今の時代では溢れかえっていて節制だとか節約だという言葉は虚しく響く。訓練場も同じだ。白いロングコートの生徒達がもう夜中だというのにいつまでもいつまでも待機室や食堂に居残り自分の順番を待っている。
その片隅に衆目を集める二人がいた。一人はカウツ、そして相対するのはバッツであった。
「どうでっしたかね。自分的には何か掴んできた感じ、してるんすけど」
「前回指摘した所は改善されてきてる。まあ、もう少し頑張ればなんとかいけるんじゃないか?」
「うっす。あざっす」
股を大きく広げてその両膝に拳を乗せてバッツが頭を下げる。チンピラが線の細い、というよりは病人じみた男に大仰な礼をしている様は傍から見ていると実に想像力が豊かになる絵面である。
実情としては戦団の入団要項の一つである第三段階霊素獣の撃破についてアドバイスしているというだけである。
「しっかし、カウツさん。何で俺の手伝いしてくれんですか?正直、ありがてえんですけど、アレでしょ。前は軽いアドバイスだけじゃなかったっすか」
「お前にはスオが迷惑をかけているからな」
「まあ、そうっすけどね。カウツさんにこうまで助けてもらうってのは贅沢な話だ。戦団史上最年少、単独での霊素獣撃破をやってのけた人っすからね」
「……そんな大層な話じゃないんだよ、それは」
「そういう謙遜ってのぁ、あんま良くねえと思いますよ。実際そうは出来ねえのをやってのけたのはスゲエ事じゃねえっすか?」
「何で戦団はこんな入団要項を規定していると思う?」
「……そりゃ、見込みのねえ野郎を排除するためじゃないんすか?」
「そういう側面もあるが、大事な理由は二つだ。一つは格上相手だろうと準備さえしっかりしてれば勝ちの目はあると理解させる事、戦術、戦略の重要性を肌で理解させるためだ」
「ああ……確かに。全然お話になんねーって思ってたのに意外と何とかなりそうな気がしてきたっすからね」
「基本的に霊素獣の方が素の性能は高い。更に言えば学生が第三段階霊素獣に挑んで勝てるわけがない。そういう化け物を相手にして、いかに自分が勝てる土俵に持ち込むか、いかに勝ち筋を作り上げそこに相手を乗せるか。そういう戦い方を覚えさせるために複数人での挑戦も許可してるんだよ」
「そういう事っすか。確かに、二人か三人で挑んでオッケーじゃあ勝ち馬に乗るだけの奴もいるだろうに何でだろうって思ってたんすよね。そうか、他人と協力して勝つってやり方を覚えさせたかったんすね」
「そうだ。だから、本来的には一人で挑む方がイレギュラーなんだよ。この要項の趣旨が違っている。一人じゃ勝てないような敵に力を合わせて勝つという経験をさせるのが目的なんだ」
……自分の程度を思い知らせ、他者との協調性こそ問題を解決する最適解である事を理解させるためのシステム。
バッツはその仕組みに対してカウツの助言を乞うという形で変則的に対応していると言えなくもない。しかし、それを理解すると確かに頭を下げて誰かと協力して戦うべきだったかとは思わざるを得なかった。
が、もうそれは今更であり仕方のない話である。そもそもスオが悪かったと思うことにした。
「……じゃあ、もう一個の方は何なんすか」
うん、とカウツが頷く。
「さっきも言ったが、第三段階霊素獣は学生が戦いを挑むような相手じゃない。まず死ぬ。何度も挑んで研究し研鑽を積んでようやく勝てるかどうかという相手だ」
「そうっすね。散々死にましたし」
「戦団員はそういう化け物と戦う仕事だ。つまり、死の危険が常にあるという事だ。それを理解させるための要項なんだよ」
「……生半可な気持ちで入ってくんなって事っすか」
そうだな、と頷くカウツが更に言葉を続ける。
「実際、これで毎回戦団員を諦める生徒は多い。憧れだけでやれるような仕事じゃない」
バッツはその言葉を聞きながら無意識に腹に手を当てていた。仮想空間による戦闘で肉体を両断される経験は何度もした。痛みこそないが、その度に血の気が引く思いをしてきたことは間違いない。
何度も何度も挑んでは、何度も何度も殺された。これが実戦ならばバッツは最初の挑戦で全てを失っていた。
そしてその危険性を日常的にはらんでいるのが戦団員という生き方だ。確かに、こんなものを目指そうというのは冷静に考えれば、まあまあ正気とは思えない話だった。
「俺は戦団員になるっすよ」
決意と言うには何の気負いもなく、憧れと言うには浮かれたような様子もない。
まるで決定事項のようにバッツはその未来を口にした。
「何のために?復讐のためか?」
カウツの問いに苦笑しながらバッツは否定した。
「俺は兄貴とは違うっすよ。そんな事の為に戦団なんか入らねえっすよ。大体からして復讐に人生捧げるとかバカすぎて見てられねえっす」
「復讐は何も生まないと?」
「別に復讐とか否定しねえっすよ。やれるんならやった方がいい。クソ野郎がやり得で終わるなんて気分悪いっすからね。でもそいつのために人生かけてらんねえでしよ。復讐復讐言ってたら周りの人間がげんなりしてきますわ。別に復讐すんのはいいけど、そのために周りに迷惑かけんのは違うでしょ」
困ったように笑う。経験談から来る身に染みる言葉だった。
「……は。耳が痛いな」
囁くように自嘲するような言葉がカウツの口から漏れる。
「何すか。カウツさんも復讐者だったんすか」
「まあ、俺は他にやる事あったから優先順位高くはないが」
「人生のついでにやるんだったら別にいいんじゃないすか。そいつを人生の柱にすんのはどうかと思うっすけど。復讐終わったら人生何も残らねえじゃないっすか」
「そうだな。幸運にも俺にはやらなくてはならない事が目白押しだ。とりあえず今はお前を助けないといけないしな」
「そう返さたら、アレっすね。気合入れねえと話になんねえっすわ。うっし、もっぺん挑んでくるっす」
頬を叩き立ち上がると意気揚々と訓練室の登録に向かう。その背中に、カウツは問いかけた。
「結局、お前は何で戦団員になろうとしてるんだ?」
「んなもん決まってますよ」
振り返り、不敵に笑ってみせた。
「何も後悔しないためです」




