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ノックの音がする。
ミャスカがその音に対して興味のない視線をカウツに向けたが気にすることなくどうぞ、と入室を促すとやや控えめに扉が開き生徒達が入ってきた。
「失礼しま……あ、お邪魔でしたか」
ミャスカの姿を見て生徒の一人が慌てたように退室しようとするのを、他の生徒が止めた。
「入っていいと言われたから大丈夫だと思う」
キーアの友人であるイーチガとスオの友人、シーマの二人だった。
「なんだこのじゃりン子どもは。使いっ走りでもさせようとしてんのか?」
もはや悪態と言っても過言ではないミャスカの発言にカウツは一瞬言葉に詰まる。
「……そうだな。まあ、否定したいところなんだが、結果的にそうなるか」
聞いておきながら、さして興味がないのかふーんと素っ気ない返事をするあたりにカウツは多少思うところがあったが、とりあえず指摘はしなかった。面倒だし、無駄だったからだ。
自己中心的な振る舞いで自分のターンではないとだらけた様子のミャスカを一瞥し、その身にまとった赤いコートに対してシーマが表情を変えず、しかし少し硬い声を出す。
「父の研究室の方ですか」
「父ぃ……?ああ、お前もしかしてシム室長んとこの御令息か?あの狸親父の子供にしちゃあ品性がありそうだな」
血縁者に向かって吐くようなものではない言葉をぶつけられて少年は優雅に微笑んだ。
「シーマと申します。父はいい反面教師になってくれました」
臆面なく言ってのけるその態度に吹き出す。
「そりゃあいい具合に親父の背中を見て育ってらあ。将来的に俺らのボスになるかも知れねえんだ。人間性は育んでもらわないとな」
ガハハと笑う。
研究室というのは、魔術院において二つの意味を持つ。
学部の教授が持つ研究室と、魔法省そのものの事である。
前者は学部からの予算で研究を行い、後者は魔法省に割り当てられた予算で研究を行う。後者の方がはるかに予算が多く、先進的な技術の研究も行われている。
研究内容他、細かい違いは多々あるが、最大の違いとして魔術省の研究は政府としての魔術院から求められる研究であるという事であろう。学部の研究室も協力を求められる事はあるが、こちらがあくまで民間の研究に過ぎないのに対し、魔術省の研究分野は公的機関による機密性の高い研究となっている。
魔術省が研究室と呼ばれているのはある種の揶揄を含んだものであり、代々シマ氏族がその長を務めている半ば世襲制のような現状から「シマの研究室」と呼ばれているためだった。
そしてシーマはシマの氏族であり現魔術省の大臣であるシムの息子というわけだった。故に、ミャスカは冗談めかしてそんな事を口にするのだ。
しかしシーマはその未来を否定する。
「私は戦団に入りますのでその目はありません」
「……おやおや。マジで親父に反目してんのか」
「ええ。父も私には期待していないと思いますよ」
子供として、親に期待されていないという事を平然と、むしろ喜ばしい事のように語るシーマの様子に卑屈なところはまるでない。それが親子の関係性を如実に物語っていた。
「あの」
いたたまれないものがあったのか、口を挟むようにイーチガがカウツに声をかけた。
「今日は何の御用で呼ばれたんでしょう」
「ああ。ちょっと頼みがあってな。こちらに来てくれるか」
手招きすると、イーチガはおずおずとカウツの前に進み出た。
「手を出してくれ」
右手を上向きに、恐る恐るといった具合に差し出すと「失礼」と言ってカウツがその手の上に手を重ねた。骨ばって血管の浮き出た肉付きの薄い手だった。
「もういいよ。ありがとう」
「おいおいセクハラか?」
囃し立てるのは当然ミャスカである。イーチガは手を引っ込めると熱いものに触れたようにその手を掻き抱いていた。
「やめろ。洒落にならないから。それでだな、国内路線を使ってレンレセルを一周してきてもらいたい」
「国内路線って列車ですか?」
ゆっくりと首肯する。
「勿論、運賃は出す。望みがあれば報酬も出そう。金でもいいし単位でもいい」
「はーい、先生!俺は例の論文が読みたいでーす!」
「うるさいぞミャスカ。何だ先生って」
場外乱闘を始めた大人二人に引きつつも、イーチガはきゅっと口を結び意を決したように息を吐いてからそれを口に出した。
「キーアの様子を教えて下さい」
その言葉に、カウツは目を丸くして、しかしすぐにふっと優しい目つきをした。
「あいつはいい友人を持ったな。いいだろう。それは後で話すとしよう。それから、シーマ」
「はい」
「例の件は承った。もう仔細についても話を進めているからお前はお前で動くといい」
「ありがとうございます」
恭しく頭を下げるシーマを見て、ミャスカが疑わしい視線を向ける。
「こっわ。何か怪しいことしてんな、お前」
「失礼極まりないな、お前は……」
そこで、言葉を止めてじっとミャスカを見る。その熱視線に怯えたように身をよじらせた。
「なんだよ、キモいな。身の危険を感じんだけど!」
「いや、お前。俺の論文読みたいんだったな?」
「ああ?それがどうしたよ」
「少し話がある」




