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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
レンレセルから
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8

 薄氷の勝利とはいえ、それは未だ何者でもない少年たちにとって偉業以外の何物でもない。訓練室から凱旋を果たした三人を学生たちが取り囲みその勝利を讃えていた。祝福を受ける三人は照れ臭そうにはにかんだり満面の笑みを浮かべていたり得意気に笑っていたりと笑顔に溢れやり遂げた喜びに満ちていた。


 スオとバッツはその輪に加わらず遠巻きに眺めていた。


「くっそー。さっきは思わず立ち上がって拍手までしちまったけどやっぱ先を越されるのは悔しいな」


「まあね。しかもこちらは手も足も出なかったんだから悔しいどころの騒ぎじゃないよ」


「やっぱ三人目を見繕うか?」


「それはやらないって決めたじゃないか」


 仮想訓練での第三段階霊素獣の撃破は戦団の入団要項の一つであり、これは最大三人での挑戦が認められる。勿論、第三段階霊素獣であれば何でもいいというわけではなく挑戦人数によって相手取る霊素獣も変わってくる。三人の場合が当然最も厄介だった。


 二人が戦った霊素獣は黒焔獣と称される個体で身体能力の高さと咆哮による衝撃波を武器とする個体であり、他二体より比較的対処が容易と判断したのだが結果は散々であった。


 人類にとって明確に恐るべき存在は二つ。霊素獣、そして魔王である。戦団はこうした怪物との戦いを想定した集団であり、魔術院、ひいてはレンレセルの武力なのだ。そう半端な力では通用しない。


 強くなる必要がある。もっと、もっとーー


 決意を新たにするスオの顔に影が射した。見上げると先程の三人衆の一人、長い黒髪の少女イッキがいた。


「ふふん、スオ。見てたんでしょ?どうだった?アタシの勇姿は」


 得意気に笑うのが癪に障ったのかバッツが顔をしかめた。


「お前、いっちゃん最初に虫みたいに潰されてたじゃん」


「アンタには言ってないよバッツ。で、どうだった?」


「ああ、正直驚いたし、凄いと思った。今は先を越された悔しさで一杯だよ。おめでとう」


 およそ完璧な答えを返したスオにイッキは満足そうに顔を紅潮させ胸元に手をおいた。


「ふふふ!アンタは素直でいいヤツだよね、アタシは好きよ」


「そりゃ、ありがとう」


 どう返していいものか、判断に困り適当な返礼をすると、バッツが鼻で笑った。


「スオにはお姫様がいるからお呼びじゃねえってよ」


「お姫様……ああ、キーアの事?」


「何で一度否定した事をしつこく言うかな。そういうんじゃないって言ってるだろ」


 渋面を作り否定するが二人は相手にしない。


「そういやアンタ、戦団入りたい理由が女絡みだったっけ。不純じゃない?」


「不純っつーか、女守りたいから戦団に入るって理屈が単純すぎてむしろ純粋だろ」


「そうね、昔した結婚の約束とか本気にしてそうで怖いわ」


「ストーカーの気質があるな」


 さっきまで言い合っていたかと思えば突然呼吸を合わせて弄ってくる二人に若干鼻白むが不当に貶められてはさすがに黙っていられないと文句を言う。


「何なんだよ、お前ら。仲良く俺を貶めて楽しい?」


 二人は顔を見合わせ首を傾げたが、どういう意図があるのかスオには量りかねた。戸惑っているとバッツが顔を向けてくるが、からかうような様子は微塵もない真顔であった。


「正直楽しいけど、まあ、それだけじゃねえな。あんま主体性のない生き方してると、お前、キーアと離れた時にどうやって生きていくのか分かんなくなるぞ」


 真面目な声色に思わず言葉が詰まる。キーアとは十年来の付き合いで、最早家族である。離れて暮らすなど考えたこともなかった。いや、それは少し語弊がある。キーアとていつかはいい人の一人も出来て家庭を築くのだろうと考えたことはある。


 でもそれは遠い未来の話で、今、考えることではないと思っていた。そもそもキーアはレンレセルにおいて不自由を強いられている。そんな彼女を任せるのだからそんじょそこらの馬の骨では許されない。必然的に自分が生涯守り続けるものだと思い込んでいた節はあった。


「お前たち、あまりスオをいじめるな。可哀想だろ」


 助け船を出す声にそちらを向くと、シーマとワジがいた。イッキと共に霊素獣を倒した二人である。


「よう、シーマにワジ。見てたぜ。おめでとさん」


「ありがとう。大分運に任せた結果だったから胸は張りづらいんだがね」


 謙虚に笑うのがシーマである。


「ありがと!いやー、本当によかったよ!もう一回やれって言われてもしんどいしさ!」


 快活に笑うのがワジである。


「しかし、イッキ、バッツ。あまりスオをいじめてはいけない。彼には彼の生き方があり、そうする理由もあるのだから茶々をいれるのは感心しない」


 シーマの諭すような口振りにイッキは「まあ、そうね」と肩をすくめバッツは何も言わなかったが文句を言うつもりもなさそうだった。スオは内心ホッとしていたが、それにしてもとシーマの顔を見る。落ち着きがあり人間性の成熟した顔は教師や親のようで、とても同年代には思えない。


 学部は年次制ではないから大分年上でもおかしくはないのだが戦団の試験には25歳の年齢制限があり、特例でもない限りはそれを下回っているはずだった。


「だが、スオ。自分の未来を選択するのに誰かを理由とするのならきちんとその相手と話し合っておくのは大事だよ。一方的なのは良くないからな」


 ぐうの音も出ない正論を言われてスオはまたも言葉に詰まった。


 思い返せば、しばらく家に帰っておらずキーアの顔も見ていない。


 今日辺り家に帰るか。何となくそう決めた。

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