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意識が目覚める。暗い闇の底、ぼんやりとした視界がいつまでもはっきりとしない。意識的に目を開く。それでも靄のかかったような世界が広がるばかりだった。
おそらくは昼間、どこかの室内。手触りはベッドの上にいるのだと教えてくれる。その抽象的な視界の中でボヤボヤとした人の形らしきものがうごめいている。
「キーア……?」
呼びかけるように名前を口にすると人影が「あっ」と聞き馴染みのある声を上げた。
キーアの声だった。軽い足音をたてながら近寄って顔を覗き込んでくる。
「スオ、目が覚めたの?気分はどう?気持ち悪くない?」
急き立てるような質問攻めに頭の働かないスオは死人のような声を出した。
「あー……うー……うん。大丈夫……だと思う」
その答えを聞くとそっと頭を撫でる。労るように、壊れ物に触れるように。
「……良かった。また、無茶なことしてたみたいだから」
「……ごめん。心配をかけた」
そっとその手に触れた。少しひんやりとしている。
「全くだ。下手したら五体満足では済まなかったかもしれないぞ」
右側から聞こえてくる声はキーアのものではない。アレクトのものだった。言葉とは裏腹にその声はあっけらかんとしたものである。
「アレクト……アレクトが助けてくれたのか?」
「処置はした。まあ、結構な死線をくぐったようだねご苦労さん。無事で良かった」
アレクトの声も優しい。そちらに視線を向けてもやはり像は焦点を合わさずボヤけたまだった。
「そうだ、エオメルさんは……?それに、あの組合の……」
「聖鈴騎士は無事だ。どこもなんともない。組合の魔法使いは……」
言葉を濁すアレクトの様子にそれを察した。
「そうか……」
天井に目を向ける。いつまで経っても目がおかしい。まるで視力が急激に悪化したかのようだ。
「……何だか、目がおかしいな」
「君、相当無茶したからね。体の節々に問題が発生してる。しばらくは色々不便があると思え。視力もそのせいだろうね」
「スオ、目が悪くなっちゃったの?」
「一時的に視力が落ちているのさ。下手したら失明していたところだから運が良かったと思わなきゃならない」
「そっか、じゃあ元に戻るんだね。良かったね、スオ」
「……ああ」
ふと息を吐く。生きて戻れた事、キーアに余計な心労を負わせずに済んだ事、安堵の為に呼吸が緩む。
「今回はどれくらい寝てた?」
「心配するな。半日程度だよ」
「む……」
前回は三日寝ていた。それに比べれば寝込む時間も減っているし、これは力の使い方に慣れてきたのでは?
などと考えていると。
「だからといって、気安く今回のような真似をしてはいけないぞ。命に関わりかねない所だったんだから」
しっかりと釘をさされた。
「今回は仕方なかったが、あんまり無茶を繰り返してるとろくに動けなくなるかもしれないぞ」
体が重い。少し動かすのでさえ億劫だった。
アレクトの言葉は脅しではなく、事実なのだろうと理解出来る。体中の血液がまるで鉛に入れ替わったようで気持ちが悪くて軽い吐き気もある。
鈍重な体は休息を求めていた。目が覚めたとはいえ、まだまだ横になっていた方がいいのは明白だった。
ふと、ノックの音がした。反射的に応えようとしたが、大きな声が出しにくい。キーアが代わりを務めるように「どうぞ」と促した。
扉が開き中に入ってきたのは二人のようだった。ボヤけていてよく分からないが、修道服を着た二人のようだった。
「お邪魔します……ああ、スオさん、目が覚めたんですね。良かった……」
その声はロシリエルのものだった。彼女にも心配をかけていたようで、安心したのが伝わってくる。
「おかげさまで……」
気の利いた事を言いたかったが、どうにも余裕がないと難しい。頭の鈍りもあるようで、視界同様ボヤボヤしている。
その靄のかかった視界に判別出来ない人間が一人。こちらも修道服を着ているが、少し背丈が小さく見えた。
「ミアちゃん、その格好は……」
「はい、教会で預かることになりました」
促されるようにして、頭を下げる影が妙に初々しい。動作の一つ一つがぎこちなくて緊張しているのが見て取れた。
「私……色々考えたんですけど、何が出来るのかとか全然分からないし何をしたらお母さんのためになるのかとかも全然分からなくて……だから、誰かを助けられる人になって、お母さんも助けられるようになりたくて……」
要領を得ない辿々しい言葉だが、それは自分の体を絞り出すような台詞だった。そこには彼女の今が詰まっている。
だからこそ、伝わってくるものがあった。
ロシリエルがミアの肩に手をおいた。
「教会では奉仕活動を行っていますので丁度よいかと思います。それにお給金も出ますからね」
いたずらっぽく微笑むとキーアが何度も頷いてみせた。
「うん。いいと思う」
キーアがミアの手を取った。
「……頑張ってね!」
言葉選びに少し迷った末に出てきたのは結局ありふれた言葉だった。
そして、それで十分だったのだろう。少女は笑顔を浮かべながら「はい」と頷いた。
「それでーー」
アレクトがロシリエルに視線を向けた。
「まさか、このお披露目で来たわけじゃないんだろ?何かあったのかい?」
その言及に、ロシリエルの表情に影が差す。
「……ええ。実は参加してもらいたい事がありましてお話に来ました」
「……?」
「ジョージさんの、お葬式です」




