表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
シジューで
78/189

78

教会の聖堂はひどく静かだった。もとより騒ぎ立てるような場所ではないが、その静けさは人がそこにいるからこそ生まれる異様な静寂だった。


エオメルが長椅子の一つに腰掛け、俯きがちに床の一点を見つめている。そこに何があるわけでもない。ただ、視線は固まったようにして少しも動く気配がなかった。


静寂を打ち破り、足音がする。エオメルの視線は動かない。足音は彼の横を通り過ぎ、二つ前の長椅子に腰掛けた。足を組み背もたれにゆっくりと体重をかける。椅子が軋む音を待ってから男は口を開いた。


「またせたね」


「……いえ」


振り向きもせず、男ーークロスはエオメルに声をかけた。それに対するエオメルの返答もまた短く、そっけないものだった。


三者会議の結果、現状維持が決定された。それを聞いた瞬間にヒッツは烈火の如く怒りだしたが、それで何が覆るでもない。ヴァッシュに連れられて教会を出ていった。


一方でクロスは今後の事をクルニアと話す必要があると、その後も教会に残っていた。


その話し合いが終わり、ここにやってきたという事情である。


「さて、何が聞きたいかな。答えられる範囲で良ければお答えしよう」


「……」


聞きたい事など沢山ある。ありすぎて、何から聞けばいいのか困る程だ。


「ジョージは何故あんな真似をしていたんですか」


「端的に言えば、シジューに残るためだった」


足を組み換える。


「彼には本部への帰還命令が出ていた。だが、どうしてもそれを嫌がって、ある工作でもってシジューに残るつもりだった」


「地下室で人を殺していたと聞きましたが」


「殺していたんじゃない。遺体損壊に着手していたんだ」


「……殺したんじゃなくて、元々死んでいたということですか?」


ふむ、と小首を傾げ少しの間思案に暮れる。


「……厳密には彼が殺したのは間違いない。ただそれは十年も前の話だ」


「十年前……まさか、行方不明になった組合の」


「そう、元々ここにいた過激派だ。意見の相違から実験の材料になってもらう事にしたらしい」


「魂の研究ですか」


「ああ、彼には魂と死者蘇生の研究が任されていた」


魂、死魂蟲、死者蘇生、ケレブリアン。いくつもの単語が頭をよぎる。


「死者蘇生が出来るなら、ジョージも……」


目の前の餌に飛びつくような反射神経で、エオメルはそれを口にした。しかし、


「死者の蘇生は出来ない」


キッパリとした口調でクロスが言う。


「魂を保管し、肉体に戻して生命活動を再開させれば、確かに肉体は蘇る。だが、その蘇った肉体の精神性は生前とはかけ離れたものになる事が確認されている。最初は魂の腐敗の進行によって記憶と記録に澱みが出るせいかと考えられたが、限りなく良好な保存状態を保っても記憶はともかく人間性の変質と性能の変化は防げなかった」


「……つまり、生き返らせてもその肉体の記憶を持った別人が新たに誕生するだけだから死者蘇生にあたらないと?」


「その通りだ。よく似た誰かに過ぎない」


その返答は、エオメルのためのものであった。当人の記憶があり、その体が動くのであれば死者蘇生は成っていると答えてもよさそうなものなのに、あくまで人間性を重視した答えを口にしたのはエオメルの希望に対する回答だった。


そして、その返答はエオメルに羞恥を覚えさせた。彼はケレブリアンの話を聞いている。生前とはかけ離れた人間性になってしまった女性の事を。死者蘇生、それはあまりにもその人間の尊厳を踏みにじる行為に他ならない。


「いずれにせよ、彼の研究はほぼほぼ終了段階に近付いていた。本部は彼を帰還させ、別の研究に着手させようとしていた。彼はそれを嫌がり私に相談をしてきた。そして私は、彼に自分の死を偽装することを提案した」


「……だから死体をグチャグチャにしていたのか。判別がつかないようにするために」


「その通りだ。とはいえ、誰がやったんだということになるからね、君には霊糸蜘蛛を討伐させに行き、その間にやってきた霊素獣の群れに惨殺された、というシナリオにする予定だった」


「……」


霊糸蜘蛛の不審な挙動にようやく合点がいく。第四段階霊素獣によって住民を避難させ、エオメルを引き付けつつ湖には誰も来ないようにしていたのだ。だから、時が来れば自ら命を差し出した。


「ところが、何故か魔術院の少年少女に教会の修道女、それに小さな子供までもが湖にやってきて、あまつさえ遺体損壊の現場を目撃されてしまった。まったく運が悪いというか巡り合わせが悪いというか」


「ロシリエルが向かった洞窟には大量の幽霊がいたと聞いています。ジョージが人々から採集したんですか」


「そうだ。ただし勘違いしないでもらいたいが生きている人間から魂を取ってはいない。皆、死んだ後に魂を回収している」


「殺してはいない、ということですか」


「ああ。それでも君達の教義からすれば許されざる大罪だとは思うが」


円環教典によれば、全ての魂は霊流に還るべきであるとされている。


方舟教典によれば、等しく人の尊厳はこれを守られ踏みにじる事は許されない。


いずれにせよ、ジョージのやってきた事は天上方舟教会にとって許されざる行為であることには違いない。


しかし、


「そうですね、でも教会はこれを黙認していたんでしょう?クルニア司祭」


呼びかけるようにその名前を出すと、足音が響き、エオメルの横で止まった。


「気付かれていましたか」


悪びれる様子もなく、微笑みを浮かべたまま老司祭は穏やかな声で肯定した。


「十年前の同じ時期から活動をし始め、組合に便宜を図っていた教会が何も知らないわけないじゃないですか。何かは知らないけれど、何かの密約があったんでしょう」


「ええ、その通りです。アークティーアは彼ら組合のシジュー滞在を認める代わりに彼らから技術供与を受けていました」


「何のために?」


「至天の円環に至るために。我等神の使徒たる信者は皆このために生きているのですから」


「……そうか。クルニア司祭。貴方は円環派だったんですね」


組合に過激派と穏健派があるように、教会にも派閥がある。方舟教典を第一とする方舟派と円環教典を第一とする円環派。方舟教典が人の正しい在り方を示す教典なのに対し、円環教典は神より賜った使命を示す教典である。


円環派とはこの神からの使命を果たす事に心血を注ぐべきであるとする派閥であった。


「はい。私は俗に円環派と呼ばれる派閥に属し使命を受けてこの地に参りました」


「その使命っていうのは、組合との橋渡しをするためですか」


クルニアは黙って頷いた。


「当時の魔術院は反組合のルプス派が勢いを持っていた。過激派を追い詰めていた彼らがシジューに乗り込んで来るのは時間の問題だったし、シジューを足掛かりとして黒庇山脈さえ越えてきかねない状態だった。だから我々は教会……というよりは円環派に助けを求めた」


クロスが補足する。


「我々はそれを受け入れました。損はありませんでしたからね。シジューを教会の護衛圏とする事で魔術院からの干渉を防いだわけです」


「……それなら何故今回は魔術院が退いたんですか。今度こそシジューを手に入れるチャンスだったはずです」


「魔術院にも思惑があるのですよ。彼らは一枚岩ではない……いえ、むしろ我々などよりよっぽど統率が取れていないでしょうね」


「……それなら、何だ。ジョージは魔術院に報告されたって平気だったって言うんですか」


「いや、さすがにそれはないな。事が公になれば彼にはシジューを去ってもらう必要はあった。結局、間が悪かったとしか言いようがない」


その言葉はせめてもの救いになるのか、ならないのか。いずれにせよ、ジョージはスオに見つかった時点で詰んでいた。


「いっその事、魔術院に亡命してくれたらよかった」


「それは無理でしょうね」


「何故です。彼はセンティーアに近いシジューに拘っていた。魔術院に亡命すればいつだって行き放題になっていたのに」


「誰しも生まれにはしがらみを持つものです。例えどれだけ現状に不満があろうとも、生まれた所属を離れるのは難しい。ましてや、閉塞的な社会では尚更です」


「……」


クルニアの言葉にエオメルは何も言い返せない。聖鈴騎士になるべくしてなった自分。思惑こそあれども、結局レールに乗っかった将来を選んだという意味では同じ。


クロスの肩が僅かに上下した。思うところのある発言だったのだろう。


「過度な競争社会、画一的な価値観、閉塞的な環境。他者との関わり合いの持ち方に著しい難を抱えていたことでしょう。事実、彼はシジューヘやってきて十年、騎士エオメル。あなた以外とまともに会話をしたことがない」


「……」


「彼にとって、ここは大切な場所だったのでしょうね。それは、貴方がいたからだったのかも知れない」


それは、おそらく間違いないと思った。そうでなければ、自ら死を選ばないだろう。


ジョージは、エオメルを殺したくなかったから自分が死ぬ事を選んだのだ。


ーー何だこれは。


悪党らしい対象はちょこちょこいるのに、誰一人として裁くに値しない。唯一、明確に殺人という悪を為した友人はもういない。


晴らすべき鬱憤を晴らす場所がない。正義の味方をやろうとしても、どこにも行き場所がない。


何かを呪いたくなる。何を呪えばいい。運命か。


底意地の悪い運命は窮屈な人生を送っていたジョージを解放した。しかし、また運命が彼の行く末を絡め取って、今度は永遠に連れ去ってしまった。


どこにもいない。友がいなくなってしまった。語り合う事もできない、笑い合う事も出来ない。無性に頭をかきむしりたくなった。


この行き場のない感情をどうにかする必要があった。


……そう。命が失われた以上、やらねばならない事がある。


「……クロスさん、クルニア司祭。一つお願いがあるんですが」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ