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線路の脇を男たちが歩いている。
黒いロングコートを着た魔術院の戦団員である。燃え尽きる前の燻る炎を思わせる赤い髪を風に靡かせ無表情に歩いている。
その後ろからついてくる男は更に陰気な顔をしていた。曇った眼、淀んだ空気、不機嫌さを隠そうともしない口元に今にも倒れそうな顔色をしている。
ヴァッシュとヒッツであった。
二人が歩いているのはセンティーアからシジューヘ向けて続く線路沿いである。岩山に囲まれた険しい道だった。
「もうじきシジューだ。念の為に今一度言っておくが組合を見ても暴れるなよ」
振り返りもせずにヴァッシュが釘を刺すと、ヒッツは舌打ちをした。
「分かってます。許可が出るまでは殺しません」
「それでいい。連中はクズだが一応人間だ。まずは話をしてからでないと人権派を名乗る連中がやかましい」
あまりにも辛辣な物言いではあるが、ヒッツはそれに対して鼻で笑った。
「ゴミが人間に見えるなんて、眼科か脳外科に行くべきでしょうが」
場所が場所なら大いに問題になるし、聞かせる人間も選ばなければならない発言だったが、ヴァッシュは静かに頷いた。
「実際に被害を被っていない連中は他人事だからそうも言う。いつだって観客の方が声が大きくて現場の人間の声は封殺される。何故なら、観客の方が多いからな」
またも舌打ちをする。
「全員、舞台に立たせればいいんですよ。自分の事になれば幾らだって手のひらを返します」
「それはそうだ。カナリヤがいくら鳴いたところで、それがアラームだと理解出来ない人間も自分が掠り傷でも負えば危険だと理解するからな」
「ええ、だから……」
ピクリとヴァッシュの眉が動く。なおも言いつのろうとするヒッツの言葉を手で遮ってから、視線で理由を指し示した。
そこには、黒いフィッシュテールのドレスを着た女が立っている。リンカであった。
どうみてもただの年若い少女にしか見えないリンカがシジューの入口の前で待ち構えている。ただ一人で。組合の人間である事はその装いから悟れた。その余裕綽々の様子に訳もなく苛立ちを覚えたのかヒッツの頭が茹だり始め、顔が怒りのためか赤く染まりだしていた。
急ぐ事はせず、ゆっくりと少女のもとまで歩み寄ると先手を切ったのはリンカの方であった。
「ようこそおいで下さいました。レンレセルから遠路はるばる御足労感謝致します」
深々と頭を下げる様子を見てヒッツが嫌悪感を顕にした。
「……組合の人間か?」
「ええ、その通りです」
物怖じしない態度に唾を吐く。
「図々しい。ここは教会の護衛圏だろう?何を自分たちの領土みたいに振る舞っているんだ。恥を知らないのか、お前らは」
「我々は弱者を守る為に強者として力を振るうことに躊躇いはありません。このシジューでもそれは変わりません」
いかなる場所であろうと、強者としての振る舞いを変える理由にはならないとリンカは言う。その発言に納得出来るわけがないのが、今のヒッツという男だった。
「ふざけた事を……人殺し風情が……」
「生憎、私は殺人を犯したことはありません」
「サガームを殺しておいて……!」
火にかけられたように沸騰し、今にも掴みかかろうとするヒッツをヴァッシュが制した。
「そこまでにしておけ」
「ヴァッシュさん、しかし……!」
「サガームを殺したのは例のケレブリアンとかいう女で、この娘じゃない」
「……」
そう言われて渋々といった様子ではあるが引き下がる。
それを見てリンカが頷いた。
「では、御案内してもよろしいでしょうか」
「ああ、頼む」
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事のあらましはアレクトによって魔術院へと報告された。
その結果、魔術院からシジューヘと代表者を派遣して話し合いの場を持つことが決められた。
魔術院、教会、組合による三者会議である。
魔術院からは戦団長トトミーの名代としてヴァッシュが、教会からはクルニア司祭が出席する事となった。
会談の場所は教会の一室を使い、その入り口を守るようにしてエオメルとヒッツが控えていた。
組合の代表者はまだ来ていない。リンカは魔術院の出迎え役を果たしたが、代表ではないという。
二人は無言で立ち尽くしていた。仲良く会話という雰囲気は微塵もない。ヒッツはもちろんの事、エオメルもまたまるで石膏像のように表情を固くしていた。
居心地の悪い沈黙が続く中、ハンマーで軽く叩くような踵を鳴らす足音が遠くから響いてくる。二人がそちらを向く。一人は無感情に、一人は憎悪を目に宿し。
やがて、リンカをそばに侍らせ、背の高い男が現れる。
男は灰色のスーツを着こなし、よく磨かれた革靴を履いている。黒のネクタイに銀のネクタイピンが存在を主張していた。
オールバックの黒髪に、彫りの深い顔。額から左目を経由して顎にまで届く裂傷。
「……クロス・セージ。貴方が来たのか……」
エオメルの小さく開いた唇から溢れるようにその名が出てくる。
クロスの目がエオメルを捉え、微笑みとともに静かに伏せられた。
「ふ……どこかで見た顔だと思ったけれども、君は十年前に会った少年、もとい、今は立派な青年のようだな」
「……覚えていたんですか。僕など取るに足らない小僧だったでしょうに」
「君は事の始まりの場所に居合わせた人間だ。覚えているとも」
「貴方がケレブリアンの遺体を回収したのですか」
クロスは何も答えず、ただ首を横に振った。
「クロス部長」
リンカが催促するように呼びかけると今度は首肯した。
「失礼、時間が取れればまた話をしよう」
リンカがノックを済ませ「お待たせしました。クロスが到着いたしました」と呼びかけると中から「どうぞ」と返ってきたので扉を開く。そしてクロスは中に入っていった。
そこに残されたのは、エオメル、ヒッツ、リンカの三人。本来なら会話の弾むようなメンツではなかったが、堪りかねたようにヒッツが口火を切った。
「……顔見知りだったのか、聖鈴騎士」
小さな声であった。エオメルの出方を伺うような探りを入れようという声だった。
「ああ、まあね。もっとも、大した関わりじゃない。何しろ相手は組合本部の本部長にして穏健派の首領、クロス・セージだからね」
「あれが穏健派のトップ……」
「組合は随分と大物を出してきたね?」
エオメルが水を向けるとリンカは静かに頷いた。
「これが、我々の誠意と受け取っていただければ幸いです」
澄ました顔で言ってのけるリンカに鼻で笑い噛み付いたのは、当然のようにヒッツの方だった。
「誠意?笑わせるな。お前らのやらかしに付き合わされる身にもなれよ。人さまに迷惑を掛けるしかできない連中が」
「ええ、今回の一件では大変ご迷惑をおかけいたしました。ですが、今後はこういった事がないよう取り組ませていただきます」
「今後があると思ってるのか、お前らに。シジューから退去するのは殆ど決まってるようなものだろ」
「あるいはそうなるかもしれませんが。今回の一件で具体的にどんな被害が出ましたか?」
「……」
ヒッツが押し黙る。負傷者はいるが軽症者が数名。重症者は一人もいない。死者は当事者であるジョージの一人だった。
一般人には一人の被害者も出ていない。
「死んだのは組合の人間だけ……教会と魔術院の方にはご迷惑をお掛けしましたが、それも当事者が自ら命を断ったという事である種の責任は取っています」
エオメルが眉をひそめた。
そしてヒッツは鼻で笑って馬鹿にするように言い放った。
「馬鹿馬鹿しい。死んで責任を取るなんて。説明責任という言葉を知らないのか」
「今回は個人の暴走による不幸です。再発防止に取り組む以上のお約束は出来かねます。彼が何を思い、愚行を犯したのかは……申し訳ありませんが私共にも分かりかねます」
「教育がなってないからだろ。その男のようなろくでなしが図々しく人間らしい生活をしようなんて虫のいい話ーー」
爆発にも似た大きな音がその場に響いた。
エオメルが足元の床を踏み抜いたためにひび割れていた。二人の驚きを隠せない視線がエオメルに集中していた。
「……ああ、ごめん。足元にゴキブリがいたからついついやってしまった」
二人は押し黙り、それより後は誰も口を開かなかった。




