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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
シジューで
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洞窟の手前でアレクトが突然おかしな事を言った。


「何だここは。地獄か」


恐れ慄くような声には多分な呆れが混じっている。


黄泉平坂(・・・・)冥府下り(・・・・)イザナギであれ(・・・・・・・)オルフェウス(・・・・・・)であれ(・・・)、ろくな結末は待っていないぞ」


独り言ちて並べられる言葉の数々にキーアは頭の中で疑問符を浮かべていた。何一つ単語(・・・・・)の意味が(・・・・)分からない(・・・・・)


それはロシリエルも同様のようで不可思議そうな表情を浮かべていた。


「何か、問題がありそうなんですか?」


「君らは昨日ここに来たんだろう。何もなかったのか」


「え、ええ……特には」


何か異常はなかったか。思い起こしてみるが、ロシリエル自身には特別何か不具合があったということは無かった。困った様に返答すると再び思案に暮れるような顔付きになるアレクトがブツブツと呟き始めた。


「となると、人為的に事が為されているというわけか……これはスオを一人でやったのはまずかったか……?」


「……大丈夫?」


常にない様子のアレクトに違和感を覚え、キーアが心配そうに訊ねた。何が大丈夫なのか問いたいのか、自分でもよくわからない程にその問いには不安が詰まっていた。


アレクトの視線が声もなくキーアを捉える。その仕草に意味を見出すと恐ろしい予感しかしないので胸が締め付けられるようだった。


「正直に言って想定外の事態だ。この先に件の犬がいるとして探しに行くのは到底おすすめできない」


緊迫した声は現在進行系で何かが起きていることを言外に知らしめるものであり、異常事態である事は間違いなかった。


「何が起きてるの?そんなに危険な状態なの?」


「分からない。おかしいのは確かだし危ないか危なくないかで言ったら間違いなく危ない。じゃあどのくらい危ないかと言われたらこれが難しい」


患者の病態が悪い事は断言出来るが何故悪いのか、どれほど悪いのか、何も分からず匙を投げる医者のようにアレクトは首を振って己の知覚外である事を白状した。


キーアが洞窟を見る。


昨日と同じようにランタンの光が部分、部分的に坑内を照らしており完全なる闇ではない。完全なる闇ではないが奥へ奥へと導くように照らされた光がまるで危険へ手招く誘い水のように見えた。


ゴクリと喉が鳴る。危険を冒してこの中へと入るべきか、それともミアには申し訳無いが諦めて帰るべきか。


「キーアさん。ウサギさんと一緒にスオさんに声をかけて先に戻っていて下さい」


判断に迷うキーアにロシリエルがそう告げた。


「……分かっているのか?危険があるやもしれないよ?」


眉をひそめるように顔をしかめて苦言を呈するのは自分の仕事だと言わんばかりにアレクトが忠告する。


そのもっともな言葉に、ロシリエルは大いに頷き、しかしこう返した。


「確かに、何か危険があるかもしれません。ここで引き返すのが正しいと私も思います。ですが、その根拠がよく分からない上にどの程度危険なのかも分からないのなら、ミアちゃんと約束した言葉を違えるのは少々彼女にとって納得がいかないでしょうからね」


「ーー」


アレクトが言葉に詰まる。天を仰ぎ二度三度と首を振りため息をついた。


「ごもっともだ。煙に巻いた言葉では説得力に欠けた話だったね。不義理を働いていたか」


どこか諦めた雰囲気を漂わせながらアレクトがロシリエルへ向き直る。


「この先は湖よりも霊圧が高い。ポツポツとそこら中に霊素溜まりが発生している」


「それはーー」


「何故そんな事が起きているのか分からない。例えばここで集めた霊素獣を屠殺するような真似をしていればそういう事もあるだろう。でもそうした事はなかったんだろう?先程の様に体調を崩すこともなかった。では、今、何かがここで起きているとしか言いようがない」


畳み掛けるように洞窟の異常を訴えかけるアレクトの言葉に二人の女性が再び洞窟を見る。


ポッカリと口を開けた洞窟は何も変わらないように見える。しかし、明白な異常を飲み込み腹の奥に何かを隠している。


現状とその説明を聞いた上で何かが起きているのは分かるのに何が起きているかは分からない。その正体不明の恐怖にキーアの背筋が寒くなる。


それでも、ロシリエルは足を踏み出した。


「行くのかい?」


「ええ、約束だけではありません。何かが起きているのならそれを把握して他の人にも適切な対応が取れるようにしなくちゃいけないですから」


「ここが教会の護衛圏だから?」


「そうです」


声が震えていた。指先が食い込む程に拳が握られていた。


「そして私は教会の一員です。責任は、窮状を迎えてこそ取らなきゃいけません。そうじゃなきゃ、誰も信用してくれないから」


悲壮な決意が滲み出ている。自らを火にくべる覚悟をその時ロシリエルは確かに決めていた。その高潔さに、キーアは感じ入るものがあった。


彼女一人に全てを任せるわけにはいかない。自分も同行しよう、そう口にする寸前に。


「ーー成程」


肩にいる銀色のウサギが驚く程真剣な声を出した。


「よかろう。人の子よ。そなたの信ずる神の道理が斯く正しく在るものだと示すのならば、その高潔に当機(・・)は力になる事を約束しよう」


いつにない雰囲気と語調。自らを覆い隠していたヴェールを剥ぎ取り、顕にしたものが本性ならば、それは酷く冷たく機械的で、しかし慈愛に満ちた母の愛にも似た包容を思わせた。


「え。何なのそれ」


突然の展開にキーアは戸惑いを隠せず間の抜けたような口振をしてしまった。


「んー。昔取った杵柄というか。契約みたいなもんだよ。形には拘らないとね」


キーアの空気に引っ張られたのか、アレクトの様子もすっかり元のものに戻っている。


ある意味取り残されていた形になっていたロシリエルはと言えば、目を伏せって少し考える素振りだったがすぐに顔を上げた。


「……分かりました。よろしくお願いします」


そうして意を決し、二人と一匹は洞窟の中へと入っていく。


その背後で、その様子をうかがう人影があった。

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