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エオメルは困惑していた。
山間の奥深く、鬱蒼とした木々の群れ、絡みつくような藪の中。人里をだいぶ離れ霊素量が著しく増加を始めている。霊素にあてられて体調を崩してもおかしくないような霊圧。そんな場所でエオメルはその霊素獣と相対していた。
八対の十六本の足。長さに比して枯れ枝を思わせる華奢さなのに、その光沢は良く磨かれた鋼鉄の鎌のようだった。
ひょうたんにも似た体はよく膨らんだ腹部に対して頭胸部が不自然に小さい。小さいとは言っても人間の上半身程はあろうかというもので、全体として見ればそれは非常に巨大な蜘蛛であった。
第四段階霊素獣、霊糸蜘蛛。
その多脚と吐き出す糸による結界で縦横無尽に動き回り、数多の性質を持つ糸を吐き別ける昆虫型の霊素獣である。
人馬獣のような力強さはなく、速度もないがとにかく吐く糸が厄介で、強度が高く頑丈な糸や粘性を持ち一度接触したら逃れられない糸、意思を持つかのように追跡してくる糸などを結界による全方位攻撃によってどこからでも放ってくる。
死角のない死角をついた狩人の如き攻め手を持つ霊素獣、それがこの霊糸蜘蛛であった。
第四段階霊素獣の感ありと報告を受け、現場に急行しその怪物と接触遭遇してから人里への被害を出さないようにと、こうして山奥まで誘導した。
それはいい。むしろ出来すぎだった。まるで大人しく誘導に従う家畜のように霊糸蜘蛛はエオメルに追従してきた。その間に糸を吐かれる事はほとんどなかった。糸を吐いてもそれは大体移動のためであり、攻撃をしてくる気配がまるでない。
今も、攻撃をしてくる様子はない。エオメルの攻撃に対しても、のらりくらりとやり過ごすような動きしかしてこない。
何かがおかしい。
そう思いながらも逃げに徹する霊糸蜘蛛を捉えきれずにいる。
……もしや巣に誘い込まれているのか?
そうも考え警戒しているがその気配もない。
このまま街中に降りてこないようなら逃してもいいんじゃないか。そんな考えさえ頭をよぎるが、一度人里近くへ降りてきた第四段階霊素獣を放置するわけにもいかない。またこの付近に現れないとも限らないからだ。これを逃せば教会本部に連絡を入れ山狩りをしてでも討伐する必要が出てくる。
そうなれば大事だ。出来れば避けたい事態だった。
もう一度攻撃を仕掛ける。
蜘蛛はそれを吐き出した糸で移動しながら避けると、高い木の枝にぶら下がり何かを待つように体を揺らしていた。




