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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
シジューで
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教会は水を打ったような静けさに包まれている。呼吸を潜め、生きている者がいないかのように装っているようだった。


しかしその静謐の中で唯一滔々と流れるように声がする。口を引き結び、言葉を発することもなく人々が教会に集まり長椅子に座っている。その前の壇上に立つクルニアは彫像のように厳かに立ち、ステンドグラスからの光を受けながら教師のように話している。その声は抑揚がなく一本調子かといえばそんなこともなく、また感情的でもない。川のせせらぎにも似た優しさがあり、淀みなく話しているのに静かだった。


教会の講堂は広く、音が伝わりやすく響きやすい。長椅子に座る人々の最後列にいてもキーアの耳にその声は届いていた。


列車で聞いていた時はその揺れも相まって船を漕いでしまったが今回は教会の空気がそうさせるのかしっかりと話を聞けた。


やがて話が終わると銘々に頭を下げたり挨拶をしながら人々は去っていく。その年齢層は年配のーークルニアと変わらないか、それより上の層が多いように見えた。


ーーやっぱり、自分と同じ年頃の人の話の方が聞きやすいのかな。


そんな事を考えながらクルニアに頭を下げてから話しかけた。


「お疲れ様です。うまく言えないけど、何だか為になった気がします」


いかにも頭の良くない感想を述べる聴衆にクルニアは孫に対するおじいちゃんの様に頷いた。


「それは重畳。今回は眠らずに聞いてくれたようですね」


うっ、と言葉に詰まり林檎のように顔を赤くする。


それをまあまあ、と隣に立ったロシリエルが取りなした。


「そんなイジメないであげてください。教義に慣れ親しんでいなければそんなものですよ」


「ははは。そうですね、少々悪ふざけがすぎました」


二人して笑い合う。その様子はまるで親子の様だった。


そこに、来訪者がある。


足音がして、入口の方を見るとやつれた顔をした女がいた。先日出会ったミアの母親だった。フラフラと、どこか遠慮した足取りで三人の方へとやってくる。


「こんにちは。今日は講話は終わってしまったんですが、お祈りですか?」


クルニアが声をかけるとその表情が泣きそうに崩れた。


「ああ、神父様。ウチの娘が来ておりませんか……どこにもいないのです……」


外は陽が傾き始めていた。少女が歩き回るには心配になる頃合いだろう。


「こんにちはミアちゃんのお母さん。もしかして、また湖の方では?」


「それは、あの、探したんですけど……いなくて」


「ふむ……」


クルニアが口元に手をやって思案する。


「ロシリエル。探しに行ってもらえますか。私も方方に声をかけて探してもらいますので」


「分かりました。では、お母さん。心配しないで待っていて下さい」


「い、いいえ。私も探しますから……」


その肩にしわがれた手がのせられる。その手が導くように疲れ切った母親は椅子に座らされていた。


「無理をしてはいけません。どうも眠れていないようですね。目の下にくまがあります。無理をしすぎてはお嬢さんにも心配をかけてしまいますよ」


「は、はい……どうも御心配をおかけして……」


恐縮しきった視線は居所を求めて彷徨う。誰かに自分の問題を任せっきりにする座りの悪さから頻りに腰を動かしている様などはキーアにとっては他人のように思えない。


だからだろうか、「私も探します」と何の気負いもなく口にしていた。クルニアはそんなキーアに微笑みかけ「助かります」と言った。


それから教会を出て方方を探し回った。戻ってきたエオメルやスオ、アレクトにも事情を話して捜索に加わってもらったが一向に見つからなかった。


「どこにいるんだろう……」


すっかり陽が落ちて暗くなっていた。もう帰ってきているということはないかな、と希望的観測が頭を過ぎったそこにロシリエルが現れた。


「ロシリエルさん、ミアちゃんは……」


首を横に振る。その動作に少し疲れが見えた。


これは本格的に大変な事になってきた。もしや何かの事件に巻き込まれたのでは……そういう嫌な考えが頭をよぎっていると、ふとボヤッとした幽魂の如き光が目の端に写った。


そちらは湖の方だった。知らぬ間にそんな所まで来ていたらしい。漂う光は風に泳ぐようにゆっくりと明滅している。


蛍の光だった。誘われるようにそちらに足が向く。母親は調べたと言っていたが自身はまだ見ていない事に気が付き意を決して歩き出した。


「キーアさん?」


「ちょっと湖の方も見てみようかと思います」


ジョージの事も、気にかかるし。それは口にするのを躊躇われたが理由としては大分ウェイトを占めていた。


子供に悪さをするような人物かどうかは知らないが、ミアが何らかのよく分からない理由で不興を買ってしまっていてもおかしくない、と思ったのだ。


木々を抜け、夜の湖に出る。


その湖上を数多の蛍が乱れ飛んでいた。暗い闇夜を切り裂いて火の粉のような、あるいは舞い上がる雪煙のような、黄緑色の命が輝きを放っている。


息を呑む光景に思わず見惚れてしまいそうになるが、そんな場合ではないと己を律し目を凝らすとそれを見つけた。


水辺のほとりで小さく丸まる茶色い毛並みの何か。ぐったりとしていて力ない様子だけれどもその姿には見覚えがあった。


ミアの連れていた犬だった。抱き上げると頭を上げてキーアの顔を見上げるようにつぶらな瞳を向けてきた。


「大丈夫……?お前のご主人はどこにいるの……?」


言葉が分かるとは思えないが、飼い犬は力を振り絞りキーアの手から逃れるよう体をジタバタと動かすので離してやるとノソノソと歩き始めた。


キーアとロシリエルは顔を見合わせながらもそれに付いていくとやがて森を抜けて大きな岩山の前に辿り着いた。


「洞穴……?」


岩山にはポッカリと口を開けるようにして大きな穴が穿たれていた。大人が入るのも容易い程にそれは大きなもので、覗き込んでみると入り口こそ暗いものの奥の方にはうっすらとした灯りが見えた。


犬が迷いなくその中に入っていく。二人も意を決してそれに付いていく。洞穴の中にはランタンが備え付けられており、足場の悪さこそあるけれども歩を進めるのにそれ程苦心はしなかった。


「こんなところがあるなんて……」


ロシリエルが呟く。


人々は湖に近づくのを避けているようだし、そういう事もあるのかもしれない。そうなると、このランタンなどはジョージが用意したものなのだろうか?そんな事を考えつつ犬の先導に従い奥へ奥へと進んでいった。


洞穴は下へ下へと下っていくようだった。所々曲がりくねった道をしており、天井から雨垂れのように滴が垂れているような音が薄暗く耳が痛い程に静かな洞窟内に響いている。


少し不安になってきた。一人でなくてよかったと直ぐ側にいるロシリエルの存在に安堵する。


……こんな所にあんな小さな女の子が一人で?


そう思うと急いで駆け付けなければと気が急いた。しかし、そんな事をして転んで怪我などしようものなら元も子もない。慎重に進む。


やがて、一番奥に着いたのか、開けた場所に辿り着いた。


地上の湖のように水が溜まっている。その直ぐ側に、少女が座り込んでいた。


「ミアちゃん?」


呼び掛けに応えず、少女はじっと水上を見つめている。近寄り、肩を掴むと驚いたように振り返った。


「ひっ……」


怯えた声、思わず手を離す。


「ご、ごめんなさい。私、この間会ったお姉さんだよ、こんな所で何をしてるの?お母さんが心配してるよ」


キーアも多少冷静ではなかった。畳み掛けるような物言いになってしまったが、少女は目を伏せがちにしながらもゆっくりと水面に向けて指差した。


そこには、ボンヤリとした光があった。幽魂の如き光、わずかに緑色の灯りが霞のようにそこにあった。


それは蛍などではない。明確な輪郭こそなかったが、それは人の形を取っていた。


若い男のようだった。身体の弱そうな細い男だった。


その男に向かって、少女は涙を流しながら口を開いた。


「お父さん……」


男が弱々しく笑顔を浮かべた。まさしく幽霊のように。

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