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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
シジューで
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63

夜の湖には蛍が集まる。時に町中よりもここは明るい。闇の中で小さな穴を穿つように蛍は僅かな灯りと揺らめきながら飛び回る。その茫洋とした光の中に一際おかしなものがあった。


それは人型をした光だった。霞んで消える砂絵のように不確かな輪郭をして、風が吹けばまるで何もなかったみたいに消えていく。


幽霊、と人は言うのだろう。幻覚にも似た故人の肖像が時として中空に現れる。


二度とは現れない、最後の残滓。魂の残り香。それは求めてはならない。死者の影にすがっては不幸になるだけなのだから。


「お父さん……?」


だけれども、それを分別のない子供が見てしまったのならそれは残酷な話になる。


少女がそこに来たのは父を失って数日も経っていない頃の事だった。父のいない家、やつれていく母。灯火の消えたような家にいる事が出来なくて黙って飛び出した。


夜の闇は暗くて怖いけれど、愛犬のポチがいるからそれも半分だった。どこへ行こうかなんて考えなくて足が棒になるまで歩きたかった。ヘトヘトになって倒れるまで動いて泥のように眠りにつきたかった。


それが外でも構わない。子供らしい短慮さと自棄が合わさった危険な考えだったがそれを注意する者はそこにいなかった。


湖には近づいちゃいけないよ。あそこには気難しい人がいるからね。


そういう類の事を大人達に言われていた。気難しいというのがどういう意味なのか、少女にはあまり察することが出来なかった。湖の側に古びた家があって誰かが住んでいるのは知っていた。でもその顔を見たことはなかったし、友人達も知らないというので時折子供たちの度胸試しの場にもなっていた。


だが、それが大人達に見つかるとそれはもう烈火のごとく怒られた。しこたま叱られ殴られて次の日には頭にたんこぶ作った涙目の男の子を何人も見てきた。


少年よりは少女の方が理性が働くというのはどういう理屈なのか、とにかく少女はあまり興味がなかったし進んで怒られようとは思わなかったので近づかなかった。


だから、そこに来たのは本当にたまたまだった。暗闇の中で道が分からなくなって気が付いたら迷い込んでいたのだ。


目の前にある光景は美しかった。小さな光が無数に集まって水辺の上を飛んでいる。幻想的でさえある光景に、少女はしばし心を奪われた。


その時、少女は現実を忘れていた。病に倒れ眠るように息を引き取った父の事。あんなに元気だったのに見る影もなくやつれていく母の事。悲しくて悲しくて仕方のない事を少女は忘れてその光景に感じ入っていた。


その、乱舞する光の中に父の姿を見るまでは。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


シジューに滞在して三日目ともなると、キーアの活動は殊更活発になっていた。朝食を作るのが当然のような顔をして早起きをし、ロシリエルと並んで厨房に立っていた。食事を終えてその片付けをするのも当たり前のように率先して始めている。


一緒に作業するロシリエルにすっかり馴染んだようで二人は仲良く談笑しており、ともすれば姉妹のようにも見える。その後ろ姿を眺めるスオはその順応性に感心していた。


「優しい娘だ。それに明るくて人の助けになる事もすすんでやる。どこに行っても受け入れられるだろうね」


エオメルの評価がそうだろうと胸を張りたくなったり誇らしくもなったり嬉しくもなったりするが、それと同じように寂しくもなる。


キーアは先日のセンティーアでのような事を除けば自分が助ける必要などない、既に独り立ち出来る女の子だ。むしろ何も出来ないのは自分の方だ。スオはその自覚を持ちながら時に認めきれずにいる。


その、心の迷いを頭に乗っかってきたアレクトが物理的に重くしてきた。


「何を呆けているんだスオ。嫁の事がそんなに気になるかい?」


「誰が嫁だ。ちょっと内省していただけだ」


「結構結構。己の未熟を恥じるのは成長に必要な要素だからね」


「……見透かしたような事を」


そうは言うが、事実として見透かされている。スオの底が浅いのか、アレクトの洞察力が優れているのか。どちらもそうなのだろう。


気が急く。焦る。無力な自分が嫌になる。それでもこの道を選んだのも自分だ。自ら退路を断ち窮する事を選択した。


友人には呆れられたし、師には止められた。それでも二人共自分の選択を否定はしなかった。それは自分が本気で選んだ道だったからだ。


これで、駄目になってはいけない。足掻かなければ、より良い自分になる為に。そして、キーアを守るのだ。


……そうした思い詰めたような内面がフツフツと表に出るとそれは少しばかり危うく見える。スオはそれに気がついていない。


こほん、と司祭が訴えかけるような咳払いをした。騎士が分かっていると言わんばかりに頷くのでウサギが長い耳を直立させた。


「スオ君、見回りをしようと思うけどまた一緒にくるかい?」


突然の誘いに「はい」と深く考えずに頷いていた。

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