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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
シジューで
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「さて」


空気を切り替えるようにアレクトが口を開いた。


「お嬢さん、この後の予定はどうなってるんだ?」


「そうですね、執政官や商工会へのご挨拶回りをする予定です」


「……私、この国の仕組みとかよく知らないけど執政官って名前からして偉い人ですよね」


ちなみに、こんな事を言ってはいるがキーアはレンレセルの政治形態もざっくばらんにしか理解していない。だから執政官とはいかにも偉そうな名前の役職だなーという感想でしかないのだが。


「そうですね。シジューの内政の長をされていますから大変な要職ですね」


「そんな人にも挨拶しに行くなんてロシリエルさん、凄いですね」


「それは違いますよ。私ではなくて教会がこの国との結び付きを深めて行ったからの結果で、平たく言えばクルニア司祭の尽力です」


「でも、それをクルニアさんにお任せされてるんだから、やっぱりロシリエルさんは凄いですよ」


「そうですね、そうかも知れません」


あははと笑って言う辺り当人は本気ではないのだろう。


「組合の連中はそういった事はやってないのかな?」


アレクトの問いにロシリエルの表情が一瞬固まった。


「組合は……ほら、ジョージさんがあまり社交的ではありませんし」


大分言葉を選んだ末の発言だと思うとキーアはその気苦労が垣間見える気がした。


「その代わりと言っては何ですが、時折組合の方がやって来ているようです」


「変な話だな。それならそいつがーーあるいはそいつも常駐すればいい」


「私には事情は分かりかねますが、組合の方には組合の事情があるんでしょうね」


半裸に白衣の男を思い出す。どうしてもあのジョージをこの地に置いておかなければならない事情を、彼の能力を知らないキーアには推察する事が出来ないが、それを抜きにしても到底他者との折衝に向いた人材とは思えなかった。


……これまでに見てきた組合の人間が彼とーーきな臭い事情がありそうなケレブリアンの二人なのでキーアにとって組合はおかしな人間の巣窟という疑惑が持ち上がっていた。


なるべく関わり合いになりたくないなと考えつつ庁舎へと向かう。


辿り着いた庁舎は一国の長が務めるだけあって他と比して広い敷地と大きな建物を有していた。とはいえ、レンレセルの魔術院やセンティーアのそれと比べれば流石に見劣りもする。それでも敷地内に入るのには許可が要ったし、警備はしっかりとしているように見えた。


これから会うのが要人であることを思い出させられ、果たして自分は場違いなのではなかろうかと思い至った。


「あの、私はどこか別の所にいてもいいですか」


不安気なその表情から察したのだろう、ロシリエルは少し思案した後に言った。


「そうですね、あまり楽しいお話をするでもないし食堂でお待ちしていただいても構いませんか?」


「分かりました」


ホッとしたように口にすると腕に抱いたアレクトが笑いを押し殺すように震えていた。


ロシリエルと別れ入ったそこは食堂と言うよりは少し小洒落たカフェテリアといった雰囲気で、一面ガラス張りの室内は開放感があり良く整えられた庭園が鑑賞できる作りになっていた。


折角なのでガラス張りのすぐそばの席に座る。緑に溢れ心落ち着く風景を楽しんでいると、不意に対面の席に誰かが座った。


「こんにちは」


それは白いワンピースを着た長い茶髪をしたキーアよりも幾分か幼い少女だった。白い肌とその表情は石膏像のような無機物さを思わせ、どこか冷たい雰囲気を醸し出しているが悪意や害意は感じられず不思議と嫌な感じはまるでしなかった。


「こんにちは。私に何かありましたか?」


キーアの問いにゆっくりと首を横に振る。


「いいえ。こんなところに似たような年頃の女性が所在なさげにしていたので興味をひかれたのです」


むう、と唸りたくなった。そんな傍目からして迷子の様な顔をしていたのだろうかと恥ずかしくなった。


それにしても落ち着いた子だな、と感心する。親の付添か何かだろうか。服装もよくよく見れば上品であり良い所のお嬢様然として見えた。


「貴女はご両親の付き添いですか?」


「いいえ、私は上司の付き添いです。同席しても良かったのですが、先程見かけた貴女の様子を見てこちらに来ました」


「そ、そんなにソワソワしてたかな……」


「群れからはぐれた子鹿に見えました。ええ、これは私が保護しなければと思い立つ程度には」


……おそらく年下の少女にこれを言わせる無様さだったのかと思うと顔が赤くなる。


しかし、少女はかすかに口角を上げてそれを否定した。


「ですが、ここに入ってからは落ち着かれたようでしたので無用な気遣いでした。なので私の時間を潰すお付き合いをしていただけたらと声をかけることにしたのです」


「そういう事なら、喜んで」


「ありがとうございます、お姉さん」


こうなれば鯱張る理由もない。キーアは肩の力を抜いて頬を緩めた。


「こちらこそ。恥ずかしい話だけど私はあんまりこういう所に慣れてなくって」


「分かります。私はむしろこうした場所は好きですが文化の違う相手と腹の探り合いをするのは疲れますから。虎穴に入り込むようで中々緊張します」


「何か私とは違う理由だけどアウェイ同士って事は分かったよ」


あはは、と笑うと少女はじっとキーアの顔を見つめてきた。


「ん?何か私の顔についてる?」


「いいえ。そうですね、不思議な雰囲気の方だなと思いまして」


「そう?私は分かりやすい方だって言われるけど」


「悪い意味ではないんです。……ここ最近はおかしな人間の相手ばかりしていたのでお姉さんのような善良な方に安心しているのかもしれません」


「そうなんだ。おかしな人か……何だかさっき上司とか言ってたけどそんなに若いのにお仕事してるの?」


「ええ。四方八方各地を飛び回っています」


「それで変な人とも出会う?」


「……ええ。困った事に」


少女の表情が曇る。


顔にさした影が思いの外暗いので思わず、むう、と唸るキーアである。


「困った人って結構いるんだね。私は周囲の人には恵まれているからあまり実感なかったけど最近は変な人によく会うんだよね」


ケレブリアンしかりジョージしかり。


「それはまた奇遇ですね」


「本当に」


そこで少女が花のほころぶような笑みを浮かべた。


しばらくとりとめのない会話が続き談笑しているとキーアを呼ぶロシリエルの声がした。


「お待たせしましたキーアさん……あら?その子は……」


「ちょっとお話相手になってもらっていました……そういえば名前聞いてなかったね。私はキーアって言います。貴女は?」


「私はエ……いえ、リンカです」


「リンカちゃんか。ありがとう相手してくれて」


「いいえ。こちらこそ」


立ち上がったのはキーアよりもリンカの方が先だった。頭を下げて少し歩いてから思い出したように足を止め、振り返った。


「……ああ、そうだ。『黄金の青』はお元気ですか?」


「……黄金の青?」


聞き覚えのない単語に首をひねる。その様子を見てリンカはそっと目を伏せた。


「いえ、何でもありません。それじゃあお元気で」


そうして今度こそリンカは去っていった。


もぞりと膝に載せたアレクトが身動ぎをする。


「……行ったか」


やけに神妙な声を出すアレクトに違和感を覚えその背を撫でた。いつもより毛が逆だっている気がした。


「アレクト。そういえばやけに静かだったね。いつもだったらケラケラ笑ってチャチャ入れるのに」


「キーア。あれは組合の人間だ」


茶化すようなキーアの言葉に対してアレクトの返答はどこまでも真剣だった。


「組合の?」


「まあ、ここで暴れるつもりはなかったろうけども中々厄い気配を漂わせていた。こちらの素性にも気付いていたようだしな」


「こちらの素性って……」


「『黄金の青』とはカウツの事だ」


「師匠?何で、あの子が師匠の事を……というか私が師匠の関係者だって分かったんだろ」


「さあて、どこかで会ったか聞き及んだのか。いずれにせよ注意はしておくんだね」


その注意喚起にふと思案する。リンカはキーアが困っているようだから声をかけたと言ったがそれは嘘で、何らかの理由があってカウツの関係者である自分に企みがあったのだろうか、と。


しかし、話してみた感じその印象は悪くない。少々生真面目で硬い雰囲気はあったが悪い人間ではなさそうだった。


「……気にしすぎじゃない?」


「それならいいんだが」


ふんす、と鼻を鳴らす。


「ええと、キーアさん?」


恐る恐るといった声にハッとする。ロシリエルを放って長々と話しすぎていた。


「す、すいません」


「いえ、気にしてませんよ。だけど……」


リンカの去っていった方を見る。


「先程執政官に挨拶にうかがったら組合の男性の方もいらっしゃって大分前に出て行ってしまったんですけど入れ違いにならないでしょうか……」

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