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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
レンレセルから
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6・スオ

 酷く蒸し暑い森の中、三つの影が駆け巡っていた。内、二つは人間である。金髪と赤髪の少年だ。二人揃って着ている白いロングコートは所々無惨に引き裂かれた上に泥まみれでぐちゃぐちゃになっていて、血塗れの顔は荒い呼吸も相まって今にも倒れてしまいそうに見えた。


 その二人で一つの影を挟み込んでいる。その影は巨大な四足獣の姿をしていた。全身を黒い炎にも似た毛で覆い更に緑色の光のようなものを陽炎のように纏っている。霊素を取り込みすぎて変質を来した獣、霊素獣だ。破壊と殺戮を体現する質量は見ているだけで恐怖を呼び起こす。目は鋭利に尖り殺意に満ちた視線が獲物の隙を狙い、犬か狼のような顔立ちをしているが口からせり出た牙は極めて大きく、人の腕ほどもあった。四肢は丸太のように太く爪は刀のように鋭い。周辺に倒れる木々は力任せに切り倒されており、その爪の威力がうかがい知れた。


 一定の段階に達した魔術師は常に肉体強化と障壁の展開を行っているが、その獣の力は二人の魔術師の防御を易々と破ってしまうものだった。


 故に二人は獣から距離を取る。近寄れば不利だと分かっているからだ。


 息が苦しい。袖で口許をぬぐうと余計に泥が顔に付着して気持ちが悪いことになった。


 金髪の少年、スオは泥でぬかるむ足元を蹴りつけて更に霊素獣と距離を取った。不用意なほどあからさまな動きであり誘っているのは見え見えだったが、それは人間の理屈である。


 霊素獣が思惑通りに動いた。四肢を震わせバネのように勢いよく飛ぶ。その霊素獣の体は大きく、しかし速い。弾丸では生温い。砲弾さながらに轟音を上げ空を裂き、そのままスオさえも八つ裂きにしようとその爪を走らせた。


 バッツ。声には出さなかったが視線が訴えた。


 言われるまでもないと赤髪の少年、バッツの持つ杖で線を引くと赤色に光る魔力の弾丸が雨のように霊素獣へと降り注いだ。


 必殺のタイミングに「決まれ」と歯を食い縛り念じるが、魔力の弾丸は空を切り、あわやスオに当たるかというところで地面に衝突し爆発を起こして泥が高く舞い上がった。


 轟音の中でとどまっていては死ぬと無理矢理体を動かしまだ倒れていない木々の隙間に逃げ込んだ。直後、叩きつけるような音がしてまた泥が飛んできた。霊素獣がスオのいた場所に一撃を叩き込んだのだと理解して背筋が寒くなる。


 視界を塞がれ降りしきる泥の雨の中で木を背中にしてスオは霊素獣の姿を探した。さ迷う視線が不明瞭な視界を泳ぎ右往左往する。


 どこだ、どこにいる。心臓が高鳴りうるさいくらいになっていた。呼気が荒くなる。右手のボウガンが妙に重い。左手で支えながらセットされた矢を頼るように撫で擦る。


「スオ、上だ!」


「あぁあーーーーー」


 悲鳴のような声を上げながらあたふたと前進する。背後で寄りかかっていた木が雷に打たれたように真っ二つに割れていた。


 バッツの魔力の弾丸が再び飛ぶ。


 くるりと振り返った霊素獣の咆哮がそれらをかき消した。


「は」


 霊素獣の体が飛ぶ。あまりにもあまりな有り様に思わず引き笑いを浮かべたバッツの体が紙でも裂くかのようにあっけなく両断された。


「バ、バッツ……!」


 ギリギリと痛む体を無理矢理に動かしながら立ち上がるが最早どうしようもない状態だった。死にかけの獲物が一匹、後は煮るなり焼くなり、強者の自由だった。


 ジリジリと距離を詰められる。右腕のボウガン、つがえた一本の矢。


 唾を飲む。次の交錯が終わりの合図だ。一矢報いねばならない。すでに命は諦めていた。


 処刑者の歩みは緩慢に思えた。死の気配は一歩ごとに濃密になる。いつ、飛び込んでくるのか。逃げることが叶わないスオをいたぶるために一息に来ないのかもしれない。


 射程では分がある。この一矢を確実に当てられる距離に入ればそこで射つしかスオにはない。


 避けられればそこで終わりだ。仮に当てられても敗色は濃厚だが何もせずには終われない。


 霊素獣は一歩一歩近づいてくる。近付いてくるのにここなら当てられるという確信がいつまで経ってもやってこない。


 恐怖に足が震える。次の瞬間にはなますにされた自分がいるかもしれない。


 やがて霊素獣はあと一歩で自分の腕が届くというところまで来ていた。


 四つ足の獣でありながら、その頭はスオの背丈より高いところにあった。見上げる獣の顔はひたすらに恐ろしい。


 霊素獣の前足が振り上げられた。悲鳴を上げスオは矢を放つ。


 あらゆる生き物にとって必殺の距離だ。避けられるわけがない。しかし、矢は虚しく空を切りスオは自身の胴が両断されて上半身がくるくると回転しながら空を舞っているらしいことを薄れ行く意識の中でどうしてか、酷くバカらしく感じていた。

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