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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
シジューで
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各々一日の方針が決まり、それぞれに活動を始めた。


スオとエオメルは監視塔の巡回に、キーアとロシリエルはアレクトを伴って講話に、クルニアは教会に残り書類仕事に取り掛かることになった。


「じゃあ、行こうか」


エオメルに促され教会を出て監視塔に向かう。


すわ、走り出すぞという展開も覚悟はしていたが、エオメルは「いい天気だねえ」とのんきに歩き出した。


「今日は走らないんですね」


「急ぎの用事もないからね。あくせくしなくていいなら僕はのんびりするさ」


言葉通りゆっくりと歩き出す。穏やかな陽気、優しい風。どこまでも牧歌的な空気が漂っている。


時に見かける道行く人々がエオメルを見かける度に声をかけてくる。それに笑顔で声を返す様子から彼が住民から慕われているのが見て取れた。


「五年もここを拠点にしているからね」


五年。言葉にすれば一言で言い表せてしまうその時間はスオから見れば自身の人生の三分の一にも相当する長い長い時間だった。レンレセルに来てからを考えれば半分だと思えば、確かに住民とのコミュニケーションを育むには十分すぎるように思えた。


ふと、視界の端にキラリと光るものが見えた。


「何か光りませんでしたか」


「多分それは伝線じゃないかな」


「伝線ですか?」


「霊素獣が来たのを教えてくれるヤツを見ただろう?あの糸は四つの監視塔と教会も結んでいるんだ」


「つまり……教会にいれば霊素獣が来たことが分かるんですか?」


「そうだよ」


「じゃあ、巡回とかしなくてもいい……いや、しないで教会にいた方がいいんじゃないですか?」


「理屈ではそうなるけどね。教会に閉じこもってばっかりだと何だアイツってなるからさ。出来る限り顔を出すようにしてるんだ」


確かに、いざ霊素獣が来た時に何だか知らない誰かがいつの間にか処理していたでは仕事振りが結果でしか伝わらない。それでも一般人は構わないだろうが、防衛に携わっている人間なら同僚の人となりくらいは把握しておきたいものかもしれない。


そこまで考えたスオの脳裏にトランクス一丁の半裸白衣男の姿がよぎった。


ジョージ。組合の魔術師、あるいは魔法使い。監視塔のシステムを作ったという彼は全くのコミュニケーション不全そうであったが、彼はどうなのだろう。


その事について切り出すとエオメルは困ったように口をとがらせた。


「ジョージはなあ……趣味が人生って言い切る世捨て人だから。仕事も結果を出せばいいって考えだから全然顔を出さないし交流とかもないんだよね」


困ったもんだ。と肩を落とす。


その横顔を見る。締まりのない顔ではあるが人の良さそうな優しい顔つきをした青年だ。事実として組織の違う赤の他人であるスオやキーアの同道を申し出たり、霊素獣退治に役立たないスオを社会勉強のために同行させてくれたりと非常に親切だと言える。よくよく考えてみれば人好きのするエオメルと人嫌いそうなジョージはまるで正反対なのに、よくも友人を、それも親友と呼べる程の間柄などやっていられるものだとある意味感心していた。


友人。バッツの事を思い出す。赤い髪をしたぶっきらぼうだけど、人の気持ちを汲むことが出来る優しい友人。


それに対して自分はどうかと内省する。


極めて自己中心的ではないか。キーアに同行するために友人との約束を反故にし、保護者であるカウツにも心配や迷惑をかけている。ろくでも無い男だ。


情けなくて自嘲する。それでも、自分はキーアを守るために動かなくてはならない。


そう考えれば、エオメルとジョージが友人同士というのは少しもおかしな事ではないかもしれない。優しい人間に寄りかかっているろくでなしが、優しさに甘えて友人をやっているのだ。


……何となく、スオはジョージに自分を重ね合わせていた。とても人のことは言えないなと、そう思った。


しばらく歩いて、最初の監視塔に着く。中では中年男性の住人が待機していた。


「こんにちは。いい天気ですね。何か変わった事でもありましたか」


にこやかに挨拶をするエオメルを見るなり男は笑顔を浮かべたーー浮かべたのだが、冷や汗を浮かべたそれはどちらかというと「助かった」という安堵の笑顔である。


何だか嫌な予感がするスオである。


「よおエオメル……!助かった……!これを見てくれ」


指差した先には鉛筆があった。ただし、昨日見た鉛筆が宙に浮かんでいたのに対し、こちらは途中で糸が切れた為に机の上に転がっていた。


「おやまあ。何でこんな事に」


緊張感のない声でエオメルが疑問を呈すると男がしどろもどろで弁解した。


「その、あの、わりい。俺が切っちまった。鉛筆を削ろうとしたら……」


よく見ると鉛筆はだいぶ芯が減っており確かに削った方が良さそうだった。


「そういう事ならしょうがない。僕がジョージの所に行って補修を頼みましょう」


エオメルがそう言うと、男は心底助かったという顔をした。


「わ、わりいな」


いいえ、と返すと監視塔を出る。向かう先は昨日も行ったジョージの住処、湖のほとりである。


「あの糸は簡単に切れるものなんですか?」


「いや、専用のハサミを使わないと切れないよ。今回は鉛筆を削ろうとして間違った切り方をしたんだろうね」


「それはそうか……そうでもないと周囲に張り巡らされてるのにしょっちゅう切れて困りますからね……」


「うん。僕は門外漢だからよく分からないけど、ジョージ曰く霊素獣と波長を合わせてなんやかんやして霊素獣には切れないようにしてるらしい。他の動物とかもなんやかんやで切れないってさ」


「……成程」


分からん。そう言いそうになったが何とか自制する。


頭の中を専門用語が飛び交いそれらしい理論を持ち出してみるが説明がつかない。さすがに研究者、専門職と感心する。


あるいはアレクトなら分かるかもしれない。あの銀色のウサギはどういうわけかやたらと博識でありその知識はしばしば専門分野にも及ぶ。


そのアレクトは今回キーアの方に付いている。前回、散々に思い知ったが彼のウサギはスオより遥かに上手にキーアを守る事ができる。


多くの事で自分は誰かに及ばない。せめて少しでも成長して今の自分よりキーアを守れる自分になりたい。その糸口にエオメル、あるいはジョージがなってくれるかもしれない。そんな淡い期待を持ちつつスオはエオメルの背中に追った。


湖まで来ると今日も人の姿はない。昨日の帰り際に見た少女、ミアの姿もなかった。基本的に人が来ない場所なのだろう。ロケーションは良いというのに勿体ない話だった。


ふと、ロケーションで思い至る事があった。現地民はジョージの事を知っているから近寄らないかもしれないが、観光客などはその限りではないだろう。何故いないのか。


「ここには行かないよう旅館とかで言われているんじゃないかな。そもそも今は観光客が少ないからね」


「……あんな事があったからですか」


「それもある。シジューはセンティーアからの客足を見込んでいる。これはセンティーアの国民に限った話じゃなくて、センティーアを経由してくる別の国の人間も含めた話なんだ」


山脈に囲まれたシジューはセンティーアを除けば列車で直接繋がる大きな国はない。センティーアからシジューまでに小さな集落はあるがいずれにせよセンティーア方面にしか列車がないのだ。


西にしろ東にしろシジューに来るにはセンティーアを経由する必要がある。そのセンティーアで霊素獣による破壊活動があったのだから路線が潰れた西はもとより各国で渡航規制が出るのは仕方のない話だった。


「レンレセルによる魔王の大征伐も宣言されているしね。旅行者なんてだいぶ減っているはずだよ」


「教会の方にも届いているんですか」


「魔王大征伐は世界的な問題だからね。当然教会にも伝えられるよ。成功するにしろ失敗するにしろ情勢は大きく変化する。特にレンレセルは鎖国までするし」


もっともな話であった。


昨日と同じように林を抜ける。その先に待つ古びた小屋はあいも変わらず人を寄せ付けない不気味さを醸し出していた。中の住人があれでは尚の事。


エオメルがノッカーで叩く。そろそろと中で巨大なナメクジが這うような気配がした。


扉が開く。それは巨大な鉄門を開くような重々しい挙動だった。


そして、その中から現れたのは。


「………………誰?」


髪を短く切り揃えられ、切れ長の目を憎々しげに吊り上げた見覚えのない男だった。


細身な体に張り付くような黒いメンズブラウスにダークグリーンのタイトパンツ。足元もエナメルに艶めく黒いドレスシューズを履いており全体的に暗い色をしているのだがそこにおろしたての白衣を着ているものだから基本的なカジュアルさに対して異質な組み合わせとなっていた。


その見知らぬ男は不機嫌そうに二人を睨めつけると嫌々そうに口を開いた。


「何用でござるか。小生、激しい怒りによって何らかの覚醒を果たしかねないのでござるが」


その口振りはあまりにも特徴的すぎた。どれだけ姿が変わろうとも判別できてしまう程に。


「…………………君。ジョージなのか」


変わり果てた姿になった友人に、恐る恐る確かめると、ジョージはこれみよがしにため息をついてみせた。


「いかにも小生はジョージさんで御座候」


「何でそんな格好をしてるんだ?いや、似合っているけれどね?」


「ひぃっ!やめろやめろやめろ!小生、そんな発言聞いたらサブイボ出来ちゃう!」


細すぎる体を細い腕で抱きしめながらゾワゾワしたように身震いしている。どうやら本気で気持ち悪がっている様子なので自分の意思でこんな格好をしているわけではなさそうだった。


「どうやら社交性を身につけて引きこもりを辞める算段をつけていたわけではなさそうだね」


「当然すぎる。小生、俗界とは縁を切った身故に」


何を言っているんだ、この俗物。


スオが喉まで出かかった言葉を吐かずに済んだのは会話に参加していないお陰だった。このまま傍観者として終わらせようと決意を新たにする。


「ウンコ袋のエドガーが無力な小生をひん剝きこのようなあられもない格好にしたのでござる。酷く傷付いた小生はフツフツと怒りを煮えたぎらせ妄想の中できゃつを痛めつけていたのでござる」


恐らく、そのエドガーなる人物に対する不当な名誉毀損が行われているであろう事を確信しつつ、陰湿な復讐に勤しむジョージの人間性に対する評価がドンドン減算されていく。


「して、何用か。今言った通り小生は忙しいので手短なる早弁当でお願いするでござりんこ」


「うん。結界の糸が切れたから補修をお願いしたいんだ」


長い付き合い、流石に手慣れたもので何ら動揺を見せずエオメルが用件を口にするとジョージは顔を歪ませ見るからに嫌そうにしていた。


「さては記録用鉛筆を取り替えようとして失敗したとかか。そんな些事で俺の手を煩わせるなと言ってやれ」


口調が変わった。何かのスイッチが切り替わったかのような変貌振りだった。


「すまないねえ。僕も全然分からないからさ。責めるに責められないんだよね」


チッ、と舌打ちをする。しかしすっかりサッパリしてしまった頭をかきむしりながら家から出てくると何も言わずに歩き出した。


「場所は分かってるのか?」


「北監視塔だろ」


エオメルがヒュウ、と口笛を吹く。


「さっすが」


先に歩き出したジョージを追い二人も歩き出した。

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