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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
シジューで
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53

望まれて生まれて来た。


役目を果たすため、機械のように作られた。


おめでとう。生まれてきた事に。


おめでとう。果たすべき使命のある事に。


祝福された誕生は用意された席に座るためのもので、生まれたからには役割を果たさなければならず、世界は驚くほど複雑な機構で出来ていて彼はその機構に適合するパーツなのだった。


世界を回す歯車は思ったよりも余裕があって、いつでも隙間を埋める機会を待っている。


他の誰でも良かったかもしれないけれど、きっと運命は今そこにいる彼を選んだのだろう。


設えたようにハマった歯車が隣り合った歯車と噛み合って不協和音を奏でながら回転する。そのままではキイキイとうるさいので、より優れた歯車になるために教育が始まった。


まず最初に人生には意味があることを教えられ、その為に命を費やす事を求められた。


この教育とは常識の種蒔きである。


植え付けられた知識が誰かに与えられたものだと気付かないまま自分になっていく。


人から与えられたものを自身の内から出たものだと勘違いをしてそれを振りかざすことに鈍感になっていく。


伸び切った常識はしっかりと根を張り引き剥がすことが難しくなり、それを否定する事には痛みを伴うから誰も己の常識を疑わず、否定される事を拒み守ろうとする。


そして隣り合った歯車もまた似たような常識を伸ばし、しっかりと絡み合うものだからますます強固になっていく。


運命共同体のようだ。裏切るなよと四肢を締め付けられて身動きが取れない。そのくせ歯車は回る。


運命は窮屈で、人生は退屈だった。理由のない倦怠感が変わり映えのしない人生を包み込んでいる。


「ーー素晴らしい」


褒め称える声は、よく働く歯車の機能性を認めたものだ。彼はそれに対して機械的に「ありがとうございます」と返した。


「お前はきっと選ばれた存在なのだ」


誰に。


誰でもいい。


どうでもいい。


選ばれる事に価値はない。


ただ、自分の性能を磨くしかない。この作業には果てがない。果てがないからこそ終わりを恐れる必要がない。


そうしている内に、彼は自分が他の歯車と少し違う事に気が付いた。


他の歯車はただ回り続けることに何の疑問も持っていないが、彼は嫌気が差していた。


……常識の蔦が緩んでいた。他の歯車と噛み合わない自分に気が付き始めていた。それでも、きちんと機能している様に見せかけなければならなかった。


綻びを見せた世界に、吐き気を堪えながら回転する。決められた生き方をするしかない事に憤りを覚えながら。


未来に嘆く彼は気が付いていなかった。世界は意外といい加減で大雑把だから、運命がやがて彼を解放するのだということに。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



寓話のような林を抜け湖まで戻ると何かを我慢していたように溜め込んでいた呼吸を吐き出してキーアが大きくため息を漏らし細い肩をガックリと落とした。


「はあ……何だったんですか、あの人は」


「ジョージは組合で研究を担当していたらしい。ここでなんの研究をしているかは知らないけど、彼とは漫画好きで気が合ってね。友達なんだ」


「漫画ですか……。私はあんまり読んだことないんですけど面白いんですか?」


「勿論。漫画はいいよ。自分の中に隠れていたワクワクを教えてくれる」


「ワクワクしすぎておかしな事になってましたけどね」


「それは否定出来ない」


噛み殺すように笑いながらエオメルが言う。否定的な事を言われているのに、その様子はとても楽しそうだった。


「仲が良いんですね」


「うん。親友なんだ」


当然の事実を口にするようにエオメルは言う。


「だからまあ、何だ。あんまり悪し様には言わないでやってくれないか。あんなんだけど、悪い奴ではないんだ。少なくとも、僕にとってはね」


「あ……」


どこか照れ臭そうに、困ったように。とにかく言葉を継ぎ足しながら鼻をかくエオメルに、キーアは少しばつが悪くなる。


確かに、初対面から印象は最悪だった。それでも先に悪し様に言ったのはアレクトだったのだから非はこちらにもある、そう思った。


ざあ、と風が吹いた。草を揺らし、驚いた小動物や虫、小さな鳥がめいめいに動き出す。凪いでいた湖面が揺らされて白鳥が飛び立った。


その飛び立つ空を見て、アレクトが目を細めた。眩しいものを見るような顔付きではなく少し険しく見えた。


「この湖には少し霊素溜まりがあるな」


「霊素溜まり?」


「霊素が周囲より濃い場所の事だよ。まあ、霊素獣が生まれる程ではないけど」


「ああ、本当にウサギ君はよく物が見えているんだね。そうだよ、ここは少し霊素濃度が高い。そのせいか弱い霊素獣がここに集まろうとする事がある」


「だから、あの人はここに住んでるんですか?」


反射的に口にしていたのはスオの方だった。物を考えずに口にするのは良くないことだと気付いたが特別悪い事は言わずに済んで内心ホッとしているとエオメルは「いやいや」と首を振った。


「ジョージは戦えないよ。彼は研究者だからね」


ふと、師であるカウツの事をスオは思い出した。魔術院の天才。魔術の歴史を加速させたと言われる程の傑出した研究者であり、戦団の第四種交戦資格保持者。


あれを例にあげるのは卑怯な話で、意味のない事だった。


思わず口にしそうになった名前を出さずに済んだのは先に気を付けるべきことに気がつけたお陰で全く幸いだった。


「じゃあ、霊素獣をやっつけてるのは教会の人なんですね」


こちらはキーアの言葉である。やっつける、という表現に可愛らしさを感じたのかエオメルは付き合うように胸を張った。


「騎士たる者の仕事です。僕の他にもいるけれど入れ替わりでこの国を出ていったからこの5日間は見回りなど僕の役目だね」


「見回りとかしなきゃいけないんですか?」


その質問にエオメルは目を丸くした。本人としてはおかしな事を聞いたつもりはない。レンレセルでは霊素獣が襲撃してくる事など有り得ないからだ。


「……まあ、君らはレンレセルに住んでいるからね。霊素獣が身近ではないんだろう」


どこか納得したように頷くエオメルに少し変な話だな、と感じたのはレンレセルに住んでいる人間が魔術師ばかりだからだろう。霊素獣を相手取るのは魔術師の仕事なのにレンレセルに住んでいたら霊素獣に縁遠くなる。


学部を出れば魔術師なんて名ばかりで、仕事はきちんと別けられていてレンレセルはトコトンまで安全に配慮されているのだという証だった。


「勿論見回りはしなきゃならないし、第一段階や第二段階の霊素獣は割と見る。大した脅威ではないけれど、それでも第二段階ともなると普通の人達には近寄せられない」


「騎士の人って普通じゃないんですか。エオメルさんは魔術を使えないのに大丈夫なんですか?」


魔力を精製できないということは、必然的に魔術が使えないという事だ。


魔術が使えないのに戦う事など出来るのだろうか。そういう心配が顔に出ていたのだろうキーアの表情を見てエオメルはふっ、と顔を緩ませた。


「やはり文化が違うと認識や常識にも違いが出てくるものだね。それはそうだ。君らの感覚で言ったら魔術が使えなければにっちもさっちもいかないか」


魔術を使わず霊素獣と戦うことをスオは想像した。


……嬲り殺しか、瞬殺か。いずれにしてもお話にならないだろうなと言うことは間違いなかった。


だがーー


「聖鈴騎士はいずれも第三種交戦資格以上の戦力を保有している。戦団の魔術師同様に怪物揃いだよ」


アレクトの解説が入る。そして視線は自然とエオメルに向かい怪物扱いされた当の本人は困ったように頬をかいていた。


「そんな大層なものじゃないけれどね。まあ、でも怪物は言い得て妙かな」


その部分的な肯定はどういう意味だろうか。頭をひねっているスオの視界に来る時には見かけなかった影が入ってきた。


ベージュのワンピースを着た十歳になるかならないかくらいの少女が犬を連れて歩いていた。


……とはいえ、その様子は普通ではない。よたよたとした足取りで時折足を止めている。ひどく歩きづらそうだった。


「あの子、足でもくじいたのかな?」


そう言うと足早にキーアが少女に近寄る。少女もキーアに気付いたのか泣きそうな顔をそちらに向けていた。


「こんにちは。どうしたの?足が痛いの?」


「ううん。違うの。これ……」


足元を見るとリボンのついたサンダルの紐が切れていた。親指と人差指で挟んで浮かせるようにして歩いていたようだった。


「あっ、紐が……そっか、大変だったね。お姉さんが直してあげるね。ちょっと足を前に出してもらえるかな?」


ソーイングセットを取り出し、千切れた紐を手際よく結び直すと「はい、もう大丈夫だよ」と笑顔を向けた。


「ありがとう、お姉さん」


「うん。どういたしまして」


視線が犬の方へと向く。茶色い毛並みをしたおとなしい子犬がクリクリとしたつぶらな瞳を主人に向けか弱く鳴いていた。


「可愛い子だね。お散歩してたのかな?」


「う、うん」


ぎこちなく頷く。「そっか」と笑って湖へ視線を向けた。確かにここは良いロケーションだし、足を伸ばすのならうってつけの場所かも知れない。しかし、その割には人の姿を見かけなかった。


悪し様に言うなと釘を刺された直後に考える事じゃないかも、と思いながらも先程出会ったジョージの姿が思い浮かぶ。


エオメルは彼を友人、親友だと言ったし悪い人間ではないと言ったが、その人間性を知らない者からすればあまり近寄りたくない言動と格好をしていた。


そのせいかも、と考えながらも迂闊に口に出すのは避けようと決めた。


「私はキーア。お嬢ちゃんはなんていうお名前かな?」


「ミア」


まるで猫が鳴くみたいに小さな声で短い名前を口にした。


「ミアちゃんか。何だか似た名前だね、私達」


スオ達も近寄ってきた。


「どうしたんだ?大丈夫なのか」


「うん。大丈夫だよ。サンダルの紐が切れてただけだから」


少女、ミアがうつむく。見知らぬ大人の男がーースオは子供ではあるが、ミアから見れば大人の男が近づいてきたので不安になったのかもしれない。


スオの肩に張り付いていたアレクトがスオの後頭部をポンポンと叩きしゃがめと言うので従ってしゃがみこむ。


「やあ、お嬢さん。ご機嫌はいかがかな?」


どこかわざとらしく気取った、そのせいで間の抜けた道化みたいな口振りでアレクトが声をかけた。


うつむいていた少女は銀色のウサギが喋るおかしな光景に目を見開いて何度かの瞬きをした。


「ウサギさんが喋ってる」


「そうさ。実は喋れるんだ。このすっとぼけたお兄ちゃんのスオが腹話術してるんじゃないよ?」


ペシペシとアレクトに頬を叩かれて一瞬顔を歪ませるが少女に見られていることに気がついて何とか微笑む。


「お嬢さん。コイツらは今から街の方に戻るつもりなんだ。お嬢さんもご一緒しないかい?」


「う、うん。いいよ」


ぎこちなく、しかし見た目は可愛らしい小動物のアレクトのおかげで緊張がほぐれたのか少女ははっきりとした声で頷いた。

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