52・ジョージ
湖を回り、林に入ると湿った感触で靴が沈む。水気を含んで湿った落ち葉や枝が足元をぬかるませていた。
チチチと、頭上のどこかで鳴く鳥のさえずりを聞きながら歩き続けるとようやく林を抜け開いた場所に出た。そこには一軒の小屋が建っている。一人で暮らすには大きいくらいの建物で、赤茶けたレンガが積み重ねられて建てられている。元はもう少し明るい色であったろう黒ずんだ屋根から伸びる煙突からモワモワと煙が立ち込めていた。
「ジョージ、僕だ。エオメルだよ。開けてくれ」
古びて錆びついたドアノッカーを叩きつつ声をかけると中からドタドタと犬猫が暴れるような騒音がして、扉が開くと中から小汚い妖精のような生き物が現れた。
具体的にはボサボサの髪は前髪で鼻先まで隠れており、肋骨の浮き出た素肌に黄ばんだ白衣を着たトランクス派の生き物だった。
キーアが「ひっ……」と息を呑み、スオは思わずその前に立っていた。
「帰ってきたな、同士エオメル!あ、あ、アレはあるんだろうなぁ!?」
引きつった声、何かの中毒者のような振る舞いにキーアの顔がますます青ざめていく。しかし、一方で縋りつかれるエオメルはキメ顔で微笑むと手に持った紙袋を差し出した。
「勿論だ、同士ジョージ。例のブツはきちんとここにある」
「ひゃはっ」
紙袋を宝物に触れるように恭しく受け取ると中身を見て「きゃひゃー」と奇声を上げた。
その逐一の行動に怯えるキーアのジョージを見る目は既に涙目である。
女子をこうまで怯えさせながらジョージは奇態を晒し続け紙袋に頬ずりを始めだした。その頬は紅潮している。
「グッジョブ、グッジョブですよ同士エオメルゥ!ふっ、ふへへへっ!」
気持ちの悪い笑顔と声で悦に浸る気持ちの悪い男にキーアとスオがドン引きしているとアレクトが笑いだした。
「はっはっは。またぞろおかしな生き物が出てきたな。怪しい薬物でもやってるのか?」
「おぉん?何でござるか、今のムカつく発言は?どこのどいつだこんにゃろー。小生が相手になるざますよ」
「おかしな喋り方をする男だな。変な一人称だし」
「一人称についてはお前も人の事言えないけどな……」
「何でござるかこ奴らは。小生の喜びに水を差すとはめちゃんこ許せんなぁ?」
「彼らはレンレセルから来た子らだよジョージ」
「レンレセル!魔術師でござったか。道理で白いロングコートとかこんな田舎でクソキザったらしいイカれた格好してやがると思ったでござる」
「格好について人に言えた義理かよ……」
裸に白衣である。変質者扱いされても文句は言えないが、ジョージは胸を張った。
「ここは小生の家ゆえどんな格好していようが許されるので3秒ルールに基づきセーフでござる」
「ゴメン。何を言っているんだ?」
「言葉も通じねえとは……よもやまさかレンレセルは未開の地でござったか?あんなクソジメジメした森ん中に引きこもってやがるから文明が退化してるのでは?」
「それも人の事言えないよなぁ!?」
「小生は極めて文化的な生活を送っているので限りなく文明人である故。日々書に親しみ推しへの愛と尊みを糧に生きているので魔術なんかで発情しちゃってる猿みたいなオマエラと一緒にしないで頂きたい所存」
「頭痛くなってきた……」
文化の違いに頭が焦げ臭くなるのを感じた。目がチカチカするような目眩を覚え頭を抱えていると、ジョージはふん、と鼻を鳴らしエオメルに矛先を変えた。
「それで同士。なにゆえこの未開人共を連れ立って来たん?小生は早くたまコマ先生の新作を読みたいで候」
「たまコマ先生の新作か……前作のニャンと!は最高の作品だったね」
「うむ。最終回一話手前、敢えて突き放したにゃ助がニャントを助けに来るシーンは涙なしでは見られぬ」
瞬間、何故かガクリと膝を崩して座り込むエオメル。
「くっ、ここまでか……」
何が?と疑問に思う間もなくジョージが手を広げた。白衣が更にはだけて貧相な体が顕になる。
「ふはははは!これで終わりだニャント!」
どこからともなく取り出した丸められた祇らしきもので頭の上から襲いかかるジョージ。
「ガキーン!」
これまたどこからともなく取り出した丸められた紙らしきものでそれを効果音付きで受け止めるエオメル。
「き、貴様何故ここに!?」
驚愕の表情を浮かべるジョージ。見上げるエオメル。
「に、にゃ助、どうして……」
そして二人は向かい合い、お互いを指さして口を揃えて言った。
『理由なんて聞くなよ、友達だろ?』
声をハモらせると二人揃って空を見上げ、たっぷり息を止めて何かを溜め込み自身の膝を打った。パーンと景気のいい音が響く。
「はーっ!最高かよ。死んだ。小生はエモさのために死に申した。死因は尊死。遺体は海に捨ててくれ」
「僕も死んだ。そして蘇った。勝因は百合」
「やはり百合は素晴らしい。間に挟まる男は死に晒せ」
「ねえ、この人たちは一体何を喋っているの?」
「俺にはわからない事しかわからないよ……」
キーアとスオは文明圏が違うので二人の茶番劇を理解出来ず狼狽えるくらいしか出来なかったがアレクトは「ニャントとにゃ助は女だったのか……」と呟いていた。
「まあ、何はともあれ彼らはワレオに向かうつもりだ。今は車がないので5日ほど滞在すると思う。見かけたら挨拶ぐらいはしてくれ」
「漫画も読まねえ野蛮人に人類の挨拶とか通じるのん?」
「言葉が通じそうにないのは同意見だけど、あんたは本当に穏健派なのか?」
「そういう括りで人をまとめるのはよく知らない人達でござる。小生は穏健派とか過激派とかクロスとかガトーとかウルトラどうでもいいでござる。静かに研究出来て漫画読めるんならどっちでも」
「研究……?何の研究をしてるんだ?」
「そーんな事まで話す義理はないで御座候。分かり申した。魔術師がこのシジューにいるのは落ち着かないけど小生の幸福な生活を邪魔だてしないのであれば気にしないでござる。とりあえず帰れ帰れ!」
バタン、と勢いよく扉が閉められる。その向こうで「ヒャッハー!宴だぜー!」と謎の奇声が響いていた。
「そう言えばクルニア司祭からお金を預かっていたんだが」
扉が開く。腕だけが出てきた。チョイチョイと指先が動いて催促しているようだった。
その手のひらに小袋を置いてやると途端に引っ込み今度こそ扉は閉められた。




