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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
レンレセルから
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5・アレクト

 旅に出るのならば鞄が要るだろうと帰宅後早々に家のあちこちをひっくり返し探してみるが良さげなものは中々見つからなかった。


 そもそもこれまで彼女にはあまり遠出をする機会がなかったので旅行鞄のようなものには縁がなく使った覚えもない。国外に出る事は何度かあったがその際も多くの荷物を用さなかった。頻繁に国外に出る用事があるカウツは魔術で鞄など使う必要もない。


「どうしようかな……」


 ふむ、と鼻息を漏らしてひとりごちてみるが妙案が浮かぶでもなし困り果てているとピョコピョコと不思議な音をたてて二足歩行をしたウサギが現れた。


「派手にやってるなあ、お探しのものは見つかったかい」


 そのウサギはウインクなどして気取ったポーズで気障ったらしく喋りだした。この時点で大概だが、そもそもウサギにしてはおかしな話でまず銀色の体毛をしている。それに加え胸にはエメラルドグリーンの宝石に似た球体を埋め込まれ、よく見れば手先は小さな人間の子供のような形状をしている。更に耳の先がバリバリと毛先が逆立ち緑色に淡い光を放っている。ウサギと呼んでいいかはいかにも怪しかった。


「アレクト、何か知らない?」


 キーアが疲れた声で尋ねると、ウサギ、アレクトはにやあと相好を崩しやや人形に近い指を一本立てて言った。


「一つ知ってるよ」


「早く教えてくれれば良かったのに」


 今までの苦労はなんだったのかとうんざりしたように非難するとアレクトは楽しそうに大きく喉をそらして笑って見せた。


「どったんばったんやってるのは楽しかったからね、しかしキーアは出した端から片付けてしまうからそこはいただけない。後から片付けに苦労する様子など見て楽しみたかったのに」


「……」


 中々愉快な性根に耳を掴んで振り回してやりたい衝動が生まれたが何とか堪える。このウサギ、アレクトは人工的に作られた肉体に魂を封入した人造生命体である。家を留守にすることが多いカウツが用意した留守番であり、キーアらの家庭教師でもある。


 キーアはこのウサギモドキが一体どういった生物で、いかなる経緯を経て誕生したのかさっぱり知らない。しかしながら、この謎の生物は非常に優秀で一般的な勉強から魔術に関する知識、家庭仕事に至るまで種々様々なスキルを有しており、キーアの家事能力はアレクトによるものだと言わざるをえなかった。


 故に、アレクトは家の事に関してはキーアよりも詳しい。にも関わらず最初からアレクトに尋ねなかったのはこのウサギモドキがこの通り中々悪趣味な性格をしているためである。


「人の働く姿は面白いよねえ。額に汗してヘトヘトになり、ようやく目的を達成した辺りでそれが徒労に終わったりすると尚、楽しい。ああ、人間って素敵だなあ。大好きだよ」


 この調子である。およそまともな精神性ではない。とはいえ、積極的に悪事を働くわけでもないから扱いに困るところがあった。


 そして、アレクトに導かれやって来たのはほとんど使っていないカウツの部屋である。


 中はとにかく物がない。ベッドが一つに机が一つ。後はクローゼットだけ。魔術で大抵の物は持ち歩けるカウツにとって家や部屋はただただ寝るためだけの場所に過ぎなかった。その睡眠という用途すらまるで帰ってこない今では怪しい。


 こんな部屋に何かあるとは思えなかった。


「本当にこの部屋にあるの?」


「ふふ、キーア。机は調べたかい?」


「まさか。さすがにそんなところは調べてないよ」


「最初から聞いてきたら教えていたのに」


「探し始めた時点で教えてもらいたいんだけど……」


 机の引き出しに手をかけて開けようとしたが、ひっかかるような感覚があった。


「鍵かかってるんだけど」


 アレクトがケラケラと笑い出した。


「うん、かかっているとも。さあて、どうしようか?」


「どうせ鍵のありかも知ってるんでしょ。寄越しなさい」


「ほほう。何故そう思う?」


「アレクトは大概悪趣味だけど答えのない問題は出さないから。ここに鞄があってそれを使えばいいと言いながら、実は取り出せませんってオチにはしないでしょ?」


「カウツが持ってるかもしれないよ?」


「どうせスペアキー持ってるんでしょ。私が師匠から受け取りに魔術院まで行って戻ってってやったところで実はスペアキー持ってましたとかアレクトがやりそうだもの」


「おっと見透かされてるねえ……」


 つまらなさそうにどこからともなく鈍色に艶めく鍵を取り出した。それを受け取り鍵を開け引き出しを開けると、そこには布の袋があり、その中には折り畳まれた大きめの鞄が仕舞われていた。


「へえ、中々良さそうじゃない」


 広げて見てみると古い革の匂いがした。手入れはしてあるようだったが、使う前に手入れをして天日干しにした方がいいかもしれない等と考えていたが、妙な既視感を覚えた。


 取っ手の端に固い感触がした。ネームプレートがある。元々は真っ白だったのだろうそれはすっかり色褪せて黄ばんでおり彫られた名前も塗装が一部剥げていた。


 その名前はキーアと書いてある。


「これ……私が入ってたカバン……!」


「そうさ。カウツはこうして保管してたわけだ。時々キーアの目を盗んで手入れをしてたんだぞ」


「どうして、私に隠してたの?」


「そりゃ、キーア。キーアがこれを見たらホームシックを引き起こすんじゃないかと心配してたのさ」


「……」


 肩をすくめていかにもそれらしいことを言うアレクトの言葉にキーアは自問する。


 私はこれを見て故郷を省みるだろうか。


 今は、嫌でも想起させられる。


 故郷に戻ってみたいと思う。今はそれが叶う。


 昨日までの自分ならどうだろうか。もしかしたら恨みに思ったりしたのかもしれない。家族に捨てられたのなら。それは嫌な想像だった。


「それでどうする。使うかい」


「使う。これを持っていく」


「お役にたちそうで良かった」


 ケタケタとアレクトが笑う。


 今はこれが自分にとってどういった感情を抱けばいいものなのかキーアには分からない。大事にすべき物か、踏みつけにしてズタズタにしてやった方がいい物か。


 旅の果てにこのカバンがどうなるのか。今はまだ何も分からない。

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