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少年には夢を見る権利があった。
見るだけなら誰にでもある権利だが、叶わないと知っている夢を見る権利であるならそれは食べられない餌をぶら下げられた欺瞞に過ぎない。
少年の周囲には夢見ることさえ無意味な人々が集まっていた。家畜のように生産、飼育されどうせ決められた未来があてがわれるのだから夢を見るのは自らの首を絞める行為に他ならなかった。
少年の生まれた場所はある目的のために作られた場所だった。そこで生まれた者は皆、一様に決まった未来を歩む。その決められた未来に多少の差異はあれど選択肢などない、ということだけは同じだった。
そしてそれを幼い頃から知らされて、疑問を抱くまでもなく将来的に消費されるために育ち、やがて出荷される。
その決められたレールに従って誰も彼もが何となく生きている。彼はそんな環境に生まれ落ちた。
それでも少年には夢を見る権利があった。
未来を思い、なりたい自分になるという願い。
夢見る事を知ったその少年は未だ夢の中にいる。
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「……かくして、我々は神より二つのものを授かりました。方舟と使命です。神は我々に方舟を以て天命を下し天上に座す円環へと至る事を指し示しました。故に我らは天上方舟教会と自らを呼び表すのです」
滔々と柔らかく、心の奥深くを撫でさすり、揺さぶるようにクルニアの言葉が車内に響く。北舷梯駅を出た列車は左手に広い河川を並べながら颯爽と走り抜けていく。心地よい揺れがクルニアの講義と相まって穏やかな眠気を誘引していた。
どんぶらこどんぶらこと正に船を漕ぐように首と頭をかくかくしているのはキーアである。一方、神妙な顔付きで話を聞いていたのはスオの方だった。
「お嬢さんには面白くなかったようですね」
クスクスと笑いながらクルニアが言うと取り繕ったようにキーアが背筋を正した。
「す、すいません」
「いいのですよ。教えに興味のない人には退屈な話をするのが我々です。眠くなるのは仕方ないですからね」
「随分物わかりのいい司祭様だ。眠ったりすると大概の宣教師は神の教えを侮辱するなって怒るんだけどね」
アレクトが知ったような事を言うがクルニアは相変わらず柔和な笑みを浮かべるばかりだ。
「そうですね。私はシジューに派遣されて教えを説いていますから、我らの教えにピンと来ない方々には慣れているからかもしれません」
「シジューでは天上方舟教会の教えは広まっていないんですか?」
「ええ。恥ずかしながら」
「シジューはねえ、一応教会の護衛圏に入ってはいるけど組合の影響力が強いからね。どうしても幅を利かせるには至らないんだな」
苦笑してみせるクルニアを庇うようにエオメルが補足する。
「護衛圏?」
「各国、あるいは各集落で自衛が可能な程の戦力を持っているのは稀でね、大概は魔術院か、組合、あるいは教会の庇護のもと生活しているのさ。センティーアに魔術院支部があるのはそういうわけでね。どことよろしくやってるかという話でもある」
例のごとく出て来た知らない単語に疑問を挟むキーアにアレクトが解説する。
それを待ってから今度はスオがエオメルに疑問を投げかけた。
「シジューは、教会の護衛圏に入ってるのに組合の影響力が強いんですか」
「元は組合の護衛圏だからね。色々あって組合も魔術院も手が回らなくなってた時に教会が少し足を伸ばして護衛圏に組み込んだのさ」
「色々」
その言葉が何を意味するのか、なんとなくスオには予想がついた。
十年前。自身がカウツに連れられキーアが何者かに送り付けられレンレセルへとやって来た年。
そして魔術院と組合、教会で何らかの抗争があったらしい年。
その内実に関して本当に詳しい事は知らない。レンレセルでは伝わっていない。
だが、きっと大事だったのだろう。何人もの人が亡くなったのだろう。失われたもの、変わったもの、変えられたもの。そういった運命の変遷が大量に起きたのが十年前なのだと何となく察しがついていた。
それが良かったことなのか悪かったことなのか。スオには分からない。ただ、
「?」
視線を寄越されたキーアが不思議そうな顔をしていた。
「何でもないよ」
十年前に何かが起こらなければ、スオはキーアと出会う事はなかっただろう。
キーアに出会えた事。それだけはスオにとって紛れもなく疑う余地さえない良かった事だった。
列車は白鹿川に添い、一路シジューへと向かう。
霊素獣の出てくるような気配はなかった。




