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「……目が覚めたのか」
暗く燻るような赤い髪、井戸の底に揺らめく炎を映した水面の様な瞳。友によく似た、まるで似てない男、ヴァッシュは魔術院支部1階のロビーでスオの顔を見るなりそんな第一声をあげた。
何ら感情のこもっていない声はスオの快復を喜んでも悲しんでもいない。現状を把握するための発言でしかなかった。
それに気が付いても特別嫌な感情は持たなかった。スオにとってこの男は友人の兄であってそれ以上には何の関係性もなかったからだ。
だが、ならば何故声をかけてきたのだろうという疑問はあったので、素直に聞くことにした。
「何か御用ですか」
思えば、大体失礼な態度であったと言える。目上の相手に対してつっけんどんすぎたし、子供らしい可愛げがない。愛想良くしてもらいたいという訳ではないにしろ、もう少し気を使うべきだったかと後悔していると、当のヴァッシュは気にした様子もなく頷いた。
「聞いたとは思うが、西舷梯駅の消滅と第五段階霊素獣の痕跡から西側ルートは封鎖されている。レンレセルに帰るつもりなら手配をしよう」
その提案に少し面食らった。思ったよりも気を使ってもらっていると感じたからだ。だが、スオはその言葉に首を横に振った。
「ありがとうございます。ですが、こちらにいるエオメルさんにアークティーアまで同行させてもらうことになりました」
「ん。まあ、そういう事ですよ。ご安心を。お預かりする以上はきちんと身の安全は保証します」
親御さんに対する様な口振りで、大人らしくスオ達に対して子供扱いをするエオメルの態度は、言葉とは裏腹にヘラヘラとした表情なものだからどこか真剣味が足りない。しかし、その手には先程見せた鈴があり、涼やかな音を鳴らしてその存在を主張していた。
「聖鈴騎士か……」
思うところがあったのだろうか、薄く目を閉じるとしばらく何かを考え込むように黙り、いたたまれなさを感じ始めた頃、口を開いた。
「先日の襲撃で死んだ魔術師の事だが」
突然、まったく関係のない事を口走り始めたので一瞬スオは混乱した。思わず「……は?」と口にしていた程だったがヴァッシュは気にせず続けた。
「遺体がなくなっていた。おそらくあのケレブリアンとかいう女が回収したと思われる」
「サガームさんの遺体を……?何のために?」
「分からない。ただ」
チラリとエオメルに一瞥をくれた。
「気を付けるんだな」
そう言うとヴァッシュは踵を返し去っていった。その意図する所を理解して、スオは何かしらの事を言わなければと思ったが、何も口に出来ずその背中を見送る事しかできずに少し伸ばした指先が虚しく空を掻いた。
「……ははあ。まあ、言われてしまってもしょうがないね」
バツが悪そうに笑うエオメルの表情を見てからアレクトに問いかけたのはキーアだった。
「アレクト。あの人、ケレブリアン。組合の人だって言ってたよね?」
「ん?ああ、君にもその話をしたっけ。まあ、十中八九組合の手先だと思うよ」
「それは、何で?」
「輝翼鳥を連れていたからさ」
「どういう事?」
「第五段階霊素獣というのは基本的に自然発生しない。人為的に発生させるしかない。しかし、それは人間には無理な話で、それが出来るのは魔王だけだ」
魔王。その単語に胸が一際高く鼓動する。魔王大征伐はキーアの旅立ちの理由にも関わっている。彼の存在が確かに活動をしているという事実がその存在を実感させて、大征伐に対してもこれから行われるのだという認識を否が応でも実感させられる。
身内であるカウツは大征伐には参加しないというが、これまで接してきた戦団の人々が戦いに赴くのだという形容し難い恐れを覚えたのだ。
その動揺をなるべく表に出さないよう心を落ち着けてからキーアは更に問うた。
「……それで、どうして組合なの?」
「魔王にとってその目的に協力できる組織は魔術院、教会、組合の中では組合だけだからだよ」
「組合は、魔王と手を組んでいるっていうのか?魔王を放置していたら人類は滅びるかもしれないのに?」
スオが心底驚いたように聞くとアレクトは頷いた。
「まあ、そこはさして問題じゃないからね」
「いや、それがさしたる問題じゃないのであれば、もう何が問題になるんだよ?」
くけけけけと意地悪そうに、あるいは悪意すら含んだ笑い声を上げた。
「さあて、どういう事やら」
その態度に、意図的に何らかの情報を隠して色々と誤魔化しているのを察した。アレクトがたまに見せる嗜虐的な面である。無用な心配や徒労をさせてぐったりとしたキーアやスオを見て楽しむというロクでもない性癖をこの銀色ウサギは持っている。
……しかし、同時にそれはそうしても問題がない時にしかやらないので、ある種の保証にもなっている。つまり深掘する程の意味はない。キーアもスオもそう判断し深く息を吐いた。
「おや、もうちょっと慌てふためいてくれても良かったのに。つまらないな」
「もういいよ、そういうのは。とにかく、あのケレブリアンは組合の手先なんでしょ?」
「そうだね。まあ、間違いないと思う」
キーアがエオメルに振り返った。
「そうらしいので、エオメルさんは気にしなくていいと思います。私も気にしません」
その言葉に面食らったようにエオメルが目を丸くした。
「ありがとう。優しいね、君は」
「そんなんじゃないですよ、何か嫌だっただけです」
どこか照れ臭そうに目を逸らすキーアに、エオメルはにへらと締まりのない笑顔を浮かべた。




