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手を組み、指先を絡ませ親指同士を押し付けながら少しの間、エオメルは言葉を整理しているようだった。やがて手遊びをやめると顔を上げた。
「先にある程度の話は聞いてるんだ。この国を襲った歌を歌う魔術を使い、霊素獣を操る女の話をね。特徴からみて、かつて教会に所属していた聖歌隊のケレブリアンという者で間違いないと思う」
「かつて……今は教会とは無関係だって事ですか?」
「まあね。何しろ彼女は十年前に死んでいるはずだから」
「は……?」
「十年前の組合との抗争で死んでるんだよ、彼女は」
「そんな、じゃあ私達が会ったあの人は何なんですか」
「さあ。もしかして幽霊かなあ」
冗談めかした言葉とは裏腹にエオメルの目は少しも笑っていない。
思い出されるのはケレブリアンの闇を湛えた瞳と、土気色の顔色だった。
幾度となく思った死人のような印象は、暗い闇の底を這いずるかのような言動と悪意によって醸成されていた。考えるまでもなく悪で、あってはならないもののように思えた。
本当にそうだったのだろうか。
あってはならないものが動き回っていたのだろうか。
身震いがしてきた。今更ながらに思い出される彼女の全てが恐ろしく思えてきた。
「成程なあ」
恐怖の只中にあって声がアレクトの声が聞こえてきた。見れば腕を組み、フンスと鼻を鳴らしている。
「うわ。ウサギが喋ってる」
エオメルが驚きの声を上げた。あまり見ない反応だったのでどことなく新鮮なものを感じた。
「どうりで魂が腐りきってると思ったよ。一度死んだんなら納得だ」
「魂が腐ってたって……どういう意味?」
「言葉通りだよ。あの女の魂はグチャグチャに腐敗していてまともに機能していなかった。あの分じゃ多分魔力も精製出来ていなかっただろうな」
「……だからあの女はランタンを持っていたのか」
スオが顔を翳らせながらポツリと口にした。
「そうだろうね。いやはや酷い話もここまで来ると乾いた笑いさえ出て来ない」
「悪いんだけど、話が見えてこないから説明してくれないか?僕には何を言っているのかサッパリだ」
エオメルのその言葉にアレクトが向き直る。どこか緊張感を湛えた雰囲気にキーアまでもが息をつまらせた。
「ケレブリアンとか言ったか。あの女は魂が腐りきっていた。魔力を精製できないから魔術も使用できないはずだ。だが、あの女は聖歌隊の魔術式を使用していた」
言われてみればと気が付いた。魔力を精製できなければ魔術は使えない。キーアはそれを嫌というほど知っている。にもかかわらず、ケレブリアンは何故か魔術を使用していた。これはおかしな話だった。
「……それはどこか別のところから魔力を調達して魔術を使用していた、ということかな」
「その通りだ。そしてその方法はケレブリアンが輝翼鳥から受け取っていたランタンにある」
「そのランタンに魔力が蓄積されていたと?」
「魔術とは意味ある形に適切な魔力を注ぐ事で発動する技術だ。純粋なエネルギーとして魔力を使用して動かす機械ならともかく、魔術はその方法では使えない」
「では、そのランタンは何だったんだ?」
「あのランタンには精霊が使われていた」
その言葉にスオが眉をしかめた。悍ましい、身の毛もよだつ忌むべき言葉を耳にしたと怒りや恐怖で複雑な顔をしていた。
「精霊って……」
「そうだ。さっき説明したな。大量の魔力を精製する事が出来る体質をした人間だよ」
「ランタンに、精霊が使われていた……?いや、人間はランタンには収まらないだろう。どう考えても」
こくりとアレクトが頷いた。
「そうだな。だから、あのランタンには精霊の胎児が使用されていたんじゃないかな」
事も無げに発した言葉の意味を理解するまでに多少の時間がキーアには必要だった。そして意味を理解するにつれてその悍ましさに言葉にならない感情がこみ上げてくるのが理解出来た。
「そ……それは……それは、いくら何でも」
「……非人道的すぎるな」
キーアが言葉を詰まらせ、エオメルも何とかやっと、という様子で言葉を口にしたようだった。
「それだけじゃない。輝翼鳥の霊核はあのランタンにくっついていた。つまり精霊に輝翼鳥の霊素を使用させることでどんな環境でも魔力を精製できるように設計されていた可能性もある」
「ちょっと待って。霊素獣の霊素って毒物みたいなものなんでしょ?それを、それを使わせるなんて」
「しかもそれが死人の手にあった。全く不謹慎過ぎて恐ろしい。まさに人でなしの発想だ」
それは人を人とも思わない、人の尊厳をひたすらに蹂躙するかの如き話だった。




