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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
シジューで
42/189

42・エオメル

「……斯くして魂は霊流に還ります。例え肉体が滅びようとも良き家庭人、良き隣人であった彼らは今も我らを見守ってくれているのです」


朗々と紡がれる神父の言葉が静かに響く。


廃墟と化した西舷梯駅の跡地で鎮魂のための祈りが捧げられ、集まった人々は声を殺し、しかし抑えきれずに涙を流し嗚咽を漏らしていた。


それをラジオを通して聞きながら、キーアは魔術院支部の一室で横になり静かな寝息を立てるスオの額に手を当てていた。


細い指にかかるその髪はセンティーア襲撃から三日経った今も金色に黒が墨を垂らしたように混じっている。瞳の方は確認していないが、おそらく同じだろうと予想していた。


「スオ……まだ目を覚まさないね」


「仕方ないね。大分無茶なことしでかしたからね」


キーアの声に応えるようにひょっこりと銀色の毛並みをした兎アレクトが顔を出す。ぴょこぴょこと短い尻尾を振りスオの頬をペシペシと叩いていた。


「霊素獣から霊素を吸収するなんて毒を飲むような真似だ。それもあんな大量に。普通の人間だったら即死だよ」


呆れたように口にする言葉の中に混じった言葉にキーアは表情を強張らせた。


「普通の人間だったらか……スオは普通の人間じゃないんだね」


額に当てた手に伝わる熱はやや高い。指先が触れたこめかみはドクドクと脈打っている。そこに自分と何の違いもなさそうなのに何か隔絶したものがあるのだという事がいまいち理解できなかった。


「今更隠し立てしても仕方ないから言うけどスオは精霊という体質の人間だよ」


「精霊……」


「人間は他の生物と違って魔力を精製できる。詳細を省いて簡単に説明すると魂の作りが異なるからだ」


魂、ラジオでも神父が語っていた。人の肉体に宿り、死すれば霊流に還るもの。


「全て生命は魂を持つ。魂とは霊素で構成されたその存在の記憶と記録を内包した核だ。霊素獣の霊核はこれに値する。魂は常にその情報の更新を行っており、新たな霊素を取り込む事によってこれを行う。この時、必要以上の霊素を取り込んだ場合どうなるのか。人間以外の生物は肉体に還元され影響を及ぼす。結果、霊素獣になるが人間は魔力として排出する事で肉体に影響を及ぼさずに済む」


その説明は少しキーアの知っているものと異なる。人間は霊素の薄い地帯を選んでそこに住んでいる。あまり濃い霊素は人間にとって悪影響を及ぼすからだ、とキーアは聞いていた。


「余分な霊素を排出出来るなら、霊素の濃淡は人間の住む場所に関係ないんじゃないの?」


「物事には限度がある。あまりに霊素密度が高い場所に長くいると魔力への変換が追いつかなくなり肉体に悪影響が出るんだよ」


成程、と思った。魔王の存在は霊素の増加につながる。近年の霊素量増加によって人類の活動領域が狭められている事を以前に聞いていたが思っていた以上に切迫した問題なのだとようやく理解出来た。


「さて、では精霊とはいかなる体質なのか?魔力の精製量は個々人によって差がある。受け入れられる霊素の量も同様にね。精霊とはこの二つの量が極めて莫大な体質を持つ者だ。個々人の差異という範囲では収まらないほど莫大な魔力を精製する事が出来る」


「それは……」


自分と全く正反対ではないか。そう口にしようとして憚られた。


それはスオを酷く傷つける言葉だと思った。いかなる理由があろうとも、例えスオの耳には届いていなくても自分が口にしてはいけない言葉だと思った。


それは、スオと自分の間に隔絶を作る言葉だと思わずにはいられなかったからだ。


「……それで、スオが精霊だっていうのは分かった。それに霊素獣の霊素を使って魔力を作ったのも分かったよ。でも、どうしてこんなに弱っちゃうの?そんなに霊素獣の霊素って毒性が強いの?」


「ふむ、では簡単に言うとだね。大気に満ちる霊素が真水だとしよう。霊素獣が取り込んだ霊素ってのは使用済みの、有り体に言ってオシッコみたいなものだ」


身も蓋もない例え話にキーアの顔一杯に渋くなった。


「うえ……分かった。それは体も悪くするよね」


「そうだよ。このスオはガブガブ飲尿したものだから体を持ち崩してこの有り様さ。死んでてもおかしくない」


「……無茶をして」


金と黒が混じった髪を梳く。少年の顔は幼い頃から見てきた馴染み深い顔に違いなかったが、いつの頃からかそのあどけなさを失って男の顔になっていった。


子供の頃からキーアを守ろうと気張っていたが、その行為が子供の範疇では収まらなくなっていた。


……子供の頃からスオは本気だったのだ。それがこうして実際に命がけの局面に当たることで分かるようになっただけの話で、その危うさはずっと続いていた。そして、それはこれからも。


少し恐ろしくなった。いつか、自分を守るためにスオが死んでしまうのではないかと。


「もっと自分を大事にしてくれたらいいのに……私は心配だよ、スオ」


「本当にな。この子は自分の人生に主体性がなさすぎる。少しは独り立ち出来るようになってもらわないとねえ」


ケラケラと笑ってアレクトがそんな事を言う。


キーアにとってこの旅の目的は自身のルーツを知る事で自分の将来に対する禍根を消しておこうというものだ。


しかしスオの目的はキーアを守ることである。自分に関係する目的ではない。


主体性がないと言われればその通りで、未来に対する展望もない。戦団に入ろうとはしているが、それだって自分の内から出た望みではない。


仮に、キーアが死んでしまったらスオはどうなるのだろうか。そんな事を思い、不安になって仕方なかった。


「人は死んだらどうなるんだろうね」


「人は死んだらそこで終わりだよ」


当たり前の事を当たり前のように、アレクトは淀みなく言い切った。その冷たささえ覚える言葉にキーアは何とはなしに反論した。


「教会の人は魂は霊流に還るものだって言ってたよ」


アレクトが子供の無知を笑うように目を閉じた。


「魂は所詮、記憶と記録の集積装置に過ぎない。物を考え、意志決定を行うのは人の頭であり脳だ。魂単独ではそれその人などと言えるはずがない」


「そっか……それじゃあ軽はずみに死ねないね」


「そうともさ。人間なんてただでさえ貧弱で脆弱で短命な儚い生き物なんだから薄氷の上を行くように心がけてもらいたいものだよ」


「何だか言いたい放題だねえ……」


スオの言葉に気圧されているとノックの音がした。それと同時に「う……」と呻くような声が聞こえ、スオがうっすらと目を開こうとしているのが分かった。


「スオ!」


「キーア……?」


うっすらと開いた寝ぼけ眼は青と黒の混ざった色をしていた。気の抜けた声でキーアの名前を呼ぶとキーアの手が頬を撫でた。


「良かった、目を覚ましたんだね。三日も寝てたんだよ」


「三日……ここは」


「魔術院支部の部屋を借りてる。まだ辛いようならじっとしてていいよ」


もう一度、ノックの音がした。扉の向こうの誰かは意外と辛抱強いのか、一度目よりもむしろ間隔を開けた中の事情を思い図るものだった。


「ほれ、キーア。いい加減出てやらないと可哀想だ」


アレクトに促され立ち上がると扉を開いた。そこに立っていたのは白い軍服にも似た祭服を着た男だった。くすんだ金髪がくるくるとカールした大人しいのか賑やかなのかよく分からない頭をした若い男で締まりのない目付きで口元も緩ませていた。


男は扉が開くとヘラヘラと笑いだした。


「いやあ、良かった。てっきり誰もいないのかと思ったよ。中に入ってもいいかな?」


「……誰です?」


「教会から来ましたエオメルと言います。君らが対峙した聖歌隊のケレブリアンについて聞きたくて来ました」


ケレブリアンの名前を知らないキーアは一瞬、何の事だか分からなかったが、すぐに歌を歌って魔術を発動していた女の事を思い出した。


「ケレブリアン?聖歌隊の……もしかして、この間の」


「そうそう。君らが彼女とやり合ったと聞いてね、是非ともお話を伺いたく……」


「わ、分かりました。でも、今ここには病人がいてゆっくりさせてあげたいんですが……」


「……いや。いいよ。俺も興味ある」


億劫そうに身を起こしながらスオが言う。


「大丈夫……?」


「うん。別に気持ち悪くなったりしてない」


近寄り覗き込んだその顔色は確かにそこまで悪くはない。しかし、呼吸はわずかに荒く息苦しそうだった。


「辛くなったらいつでも言うんだよ」


そう声をかけるとスオは小さく頷いた。立ち上がり、近場にあった椅子を引くと「どうぞ」とエオメルに促し、エオメルもまた頷くとドアを閉め硬い足音を響かせながら部屋の中に入り椅子に腰掛けた。

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