40・最初の終わり
魔術院本部訓練室。その横にある休憩室で魂の抜けた顔で突っ伏す影があった。
兄と同じ赤い髪をしたバッツである。
如何にも精魂果てた様子でいるものだから誰もがギョッとしたように一度は見るものの触らぬ神に祟りなしとばかりに遠巻きにしていた。
「ふむ」
興味深げに鼻を鳴らし近づく者があった。
「精が出るね、バッツ」
呼びかける声に顔を上げる。目が据わっていた。
「……シーマか。何だそりゃ皮肉か何かか?今は相手してる余裕ねぇんだわ」
「一生懸命にしている者を茶化すほど魂を腐らせてはいないさ」
そう言ってシーマはバッツの対面に座り、まるで教師のように指を組んで悩める生徒に向けるような眼差しで微笑んだ。
「君は頑張っているからね。根を詰めすぎないように声をかけておきたかったのさ」
「……そいつはどーも。気にかけてもらってありがてえ話ではあるけども、俺は戦団に入らなきゃならねえ。そのためなら多少の無茶は仕方ねえんだわ」
「……お互い、大変だね」
「お前程じゃねえよ。俺は個人的な理由だからな」
「そうだね。まあ度を過ぎるようだったら容赦なく止めるから安心して励むといい」
「余裕がムカつくわ」
「冗談を。これからなのは君とて理解しているだろう?」
「……まあな」
渋々認める。シーマは確かに第三段階霊素獣を倒し戦団試験の受験資格を得てはいるが、まだ資格を得ただけであり何も決まってはいない。そういう意味ではシーマもバッツも大して変わりはなかった。
それでもバッツは置いていかれている感覚に焦りは募るばかりだったし、羨ましいと思わずにはいられなかった。
「……ところで話は変わるんだけど」
シーマが唐突に切り出した。
「スオは単独で霊素獣を倒したんだろう?君は参考にならないと言っていたが、どんな倒し方をしたんだ?」
「……なんの事はねえよ。凄え量の魔力を精製してゼロ距離で魔力弾をぶっ放しただけだ」
「……それだけ?」
こくりと頷く。
「俺の魔力精製量じゃ真似出来ねえからな。参考にならなかったって話だ」
「ふむ……」
顎に手を当てシーマが鼻を鳴らした。
個人個人の魔力精製量は変換器ーー魂の能力に依る。この性能は個人差があるため魔力を精製出来る量にも自然と差がある。当然、この機能が優れていればそれは有利な面ではあるが、本来魔力の精製量がそこまでの優劣を生むものではない。
何故ならそれは技術でいくらでもカバー出来る範囲の優劣でしかないからだ。技術で以て魔力の精製量を増やす事は勿論、魔術図形の精度を上げる事による威力の上昇も可能である。その上で参考にならなかったのならば、すなわちそれはスオが技術的に一朝一夕で真似出来ないものを持っていたことになる。
「おくびにも出さなかったが、さすがにカウツさんの弟子だな」
「……そうだな」
嘆息する。
バッツは嘘は言わなかったが本当の事も言わなかった。
バッツが見たものはもっと理解の外にあるものだった。
それは到底口には出来なかった。スオが隠してきたのも当然だと思ったからだ。
友人の事を思う。大切な人を大切にしすぎて自分の事はないがしろにしがちな少年を。
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「あははははは!見ろよ、あのガキ落ちてったんだけど!死んだんじゃね、なあ、おい!?」
残酷な子供のように笑うケレブリアンに髪を乱暴に掴まれ首があまり感じたことの無い痛みを覚えた。上向かされた視線を刺すように向けるとケレブリアンは一層楽しくなってきたのか嗜虐心に満ちた笑みを浮かべた。
髪を掴んだままキーアの顎を掴み自身の顔を近づける。土器色をした、不健康そうな昏い顔だった。
「そうそう、そういうツラだよ見たかったのはさあ……あのガキの死体を持ってこさせたらもっといい顔になりそうだよなあ……?」
「何で、そんな……っ!」
「この世がクソくだらなくてつまんねえからだよ……。どいつもこいつも死んだように生きてんだから殺した方がさっぱりするだろうがよ……ああ?」
覗き込まれた瞳が闇を写していた。希望だとか善良さだとか人としての正しさを少しも孕んでいないこの世の悪意がとぐろを巻いて沈殿している地獄の様な瞳だった。
恐ろしいと思うべきなのだろうが、怒りが勝った。力ない弱者であるキーアの当たり前にあるべき倫理的な正しさに対する信仰心が正義感を駆り立てた。
自殺行為に等しいが涙を浮かべながらも睨みつけた。怒りと憎悪を伴いながらケレブリアンのそれとは異なるこの世の光を信じていればこそある灯火の宿った瞳だった。
「ムカつく目だな……そろそろ死ぬか?」
誰が死ぬもんか。そう口にしてやろうとしたその時に、それは起きた。
大気が揺れ、大火の如き熱量が襲ってきた。
「なんだぁ……?」
訝しげにそちらを見ると、そこには巨大な黒い魔力の塊が現れていた。紫電のように緑色の閃光を時折走らせながら蠢くその魔力の塊はゴポゴポと形を変えている。
それは異常な光景だった。人間が精製できる魔力の量を遥かに超越し、どこか魔力になり切れていない霊素が斑のように緑の光となってそこかしこに走っている。その正常ではない状況に魔力を扱う人間ならばおぞましさを覚えるだろう。例えて言うなら水道から出て来た水にそれと分かる程に毛が混じっているようなものだ。ケレブリアンは顔をしかめて我知らず腕を掻いていた。
「ありゃあ、まさか……」
膨れ上がった魔力はさながら水の詰まった袋だ。破裂しないように留めてはいたが今にも爆発する、その寸前だった。
魔力の塊が下から上へと絞る様に移動する。やがて耐え切れず破裂する様に飛び出した黒の巨大な魔力塊はそのまま空へと登り消えて行った。
そして、魔力が消え去った後には一人の姿があった。
肩に銀色の体毛をしたウサギを乗せ、白いロングコートを来た、黒髪に黒い瞳をした少年がそこにいた。
「スオ……?」
荒い呼吸で噴き出す汗を拭うこともせずフラフラと空中から屋根へと移動する。足をつけた瞬間に膝から崩れ落ちていた。
「大丈夫か、スオ」
「う……」
苦悶の声を漏らす。顔色は酷く悪い。金色の髪が墨を流したような黒色に染まり、時に滲むような緑色の霊素が剥げるようにこぼれ落ちていく。瞳もまた青色から黒に変わり濁るように緑色を浮かび上がらせていた。
「霊素獣から霊素を奪うなんて無茶をするからだ。本来なら耐えられるものじゃないぞ」
「ごめん……ありがとう……助かった……」
力の入らない体へ無理矢理に活を入れる。ゆらゆらと立ち上がり黒く染まったままの瞳でケレブリアンを睨みつけた。
「キーアを……返せ」
「……は!何だ、お前。これと同じかよ」
ランタンをかざす。曇りガラスの向こうで揺らめくものがある。
「やっぱり、それは精霊を使ってるのか……」
「ああ、そうだよ。そんでもってコイツには輝翼鳥の霊核もくっついてんだ」
嬲るように撫でさすり舌を這わせた。まるで陵辱するかのような振る舞いに嫌悪感を覚えずにはいられず顔を歪めた。
「何て、何て……最低だ……人でなし……!」
「ありがとよ、最高の褒め言葉だわ」
「キーアを返せ」
「やなこった。そこの肩に乗っかってるクソウサギにゃ散々邪魔されたからな……仕返しすんのが道理ってもんだろが……ああ?」
「道理かどうかはともかく、後先考えない短絡的な生き物らしい理屈だな」
「クソムカつく肉だな……この女がどうなってもいいのかよ……ああ?」
「うっ……」
髪を乱暴に引っ張られてキーアが苦悶の声を上げた。
「やめろ!」
「命令できる立場かって言ってんだよクソガキが!」
激高し、口角泡を飛ばす。より強い力で髪を引っ張られて「ああ」とキーアが悲鳴を上げた。
「お前……何が目的だ」
「そうだな、差し当たってお前らにゃ死んでもらおうか」
ケレブリアンの背後に控えていた黒焔獣が鎌首をもたげた。その視線がスオとアレクトを捉えている。
「……っ!スオ、こんな奴の言う事、聞く必要ないよ!」
「黙ってろ!」
乾いた音が響く。ケレブリアンの平手がキーアの頬を強かに打ち据えた。
「……っ!」
「キーアッ!」
「どいつもこいつもギャーギャーギャーギャーうるせえんだよ大事な場面じゃ騒いじゃ駄目だってママに教わらなかったのか?」
「……くそっ」
命を差し出すのは別にいい。それでキーアが助かるのならスオにとっては何も問題のない取引だ。だが、自分だけでなく、アレクトも。そしてその命を差し出した後にキーアの無事は保証されるのか?そんなわけがない。
どうしたらいい。決断出来ずにいると、アレクトが肩から飛び降りて前に出た。
「アレクト……?」
「心配はいらない」
まるで諭す様に銀色のウサギは言った。
「お前達は助かるよ」
あまりにその声音が優しいものだから、スオは身震いがした。
「やめろよ、お前。そんな今から死にますみたいな言い草は……」
スオが今にも泣き出しそうな顔を見せるとケレブリアンが愉悦に満ちた、それはそれは下卑た笑みを顔面一杯に浮かべた。
「おう、テメエから死ぬか?ウサ公よお。心配すんな、きちんと丸呑みにさせて骨まで溶かしてやるからよお」
黒焔獣が前に踏み出す。
喉の奥を震わせるように唸りながらアレクトの前へと歩を進める。
髪を掴まれたままキーアが上を見た。ケレブリアンが笑っている。心底楽しそうに、誰かを甚振るのが楽しくてたまらないとその残酷な顔が物語っていた。
義憤というものがあるなら、こうしたものに対する怒りを指してそう呼ぶのだろう。個人的な感情より社会通念上における悪に対する怒りが優先する時だ。
だが、違うとキーアは思った。
(私が許せないと思ったからだ。懸命に生きている誰かを徒に殺すなんて)
正しさを理由にしたものではなく、極めて利己的な感情が働いたのを自覚していた。それは誰かのための怒りではなく自分自身のための怒りに他ならなかった。
ナイフを取り出す。カウツから貰ったナイフだ。意を決し髪に当てると少し重たい感触と共に髪が切れた。
「おぅっ……!?」
掴んでいた髪が切られ、ケレブリアンが体を泳がせた。その無防備な体にキーアが勢いよくぶつかり、もつれ合って二人揃って倒れ込んだ。
「テメエ、クソッ」
その衝撃でケレブリアンの手から落ちたランタンが繊細な音をたてて転がった。
「よくっ……わかんないけどっ!あのランタンが何か悪いんでしょ……!?」
「ふざけんなテメエ!生きてる価値もねえゴミのくせにアタシの邪魔するとか何考えてんだカスムシが!」
「私は!私が大切に思う人と私が自分の価値を認められればそれでいい!アンタみたいな見ず知らずの悪党にゴミだのカスだの言われる筋合いなんてない!」
「身の程知らずの分際で!」
「スオ、アレクト!逃げて!」
キーアがケレブリアンと取っ組み合いながら叫ぶ。黒焔獣の動きは躊躇うように、あるいは戸惑うように止まっていた。
そして、スオの思考は煮えたぎっていた。
アレクトもキーアも失う事など出来ない存在なのに、当たり前のように自分を犠牲にしようとする。その自らを顧みる事もない姿勢に苛立っていた。
自分の事を棚に上げた思考ではあるが、スオにとって自分など一顧だにしない存在である。そんなものの為に価値あるものが捨身になっていいはずがない。
「逃げて、じゃない」
助けなければならない。二人共。
矢を取り出しボウガンにセットする。
「俺がお前を助けなくて、何のために生きていけると思ってるんだ!」
矢を放つと同時に走り出した。矢は黒焔獣の足下に刺さり刺激された獣が咆哮する。
ゴオ、と圧迫感がやってくる。歯を食いしばり走る。アレクトを拾い上げ黒焔獣を無視しキーアのもとへ。
「スオ!黒焔獣が来るぞ!」
「アレクト」
やや緊迫感を持った声で警戒するアレクトにスオの返す声は落ち着いていた。
「お前の言う通りだった。戦って勝てないんだから逃げるために準備しておくのは正しいよ」
スオとアレクトに飛び掛かろうとする黒焔獣が空中でその動きを止めた。
その体に太い木の枝が絡みついていた。ミシミシと音を立てながらなおも成長するかのように幹や枝を伸ばすそれに黒焔獣の体が絡め取られ締め付けられて身動きを封じていた。
その木と木の枝はスオが放った矢が変化したものだった。
アレクトに言われ、サガームとヒッツに教えを受けて作っておいたものだった。
所詮、未熟な自分が用意したものだから長くは保たないだろう。全ての事はできないと判断したスオが真っ先に向かったのはキーアのもとである。
「キーア!」
「スオ!」
キーアの腕を取るとケレブリアンから引き離し、自身がケレブリアンに馬乗りになった。
「クソガキどもがぁっ!」
獣のように吠えるケレブリアンを無視し、杖で一線を引く。一瞬の躊躇のあとに魔力弾が形成され転がるランタンに向けて放たれた。
だが、魔力弾がランタンに届くことはなかった。その手前で霧散してしまった。
「馬鹿ガキが!輝翼鳥の霊核だって言っただろうが!テメエの貧相な魔術で飛ばせるかよバーカ!」
尻に敷かれているにも関わらずゲラゲラと下品極まりない哄笑をあげながらスオを罵った。
「だったら私が拾いに行けばいいだけじゃない!」
言うが早いかキーアが走り出した。
「駄目だ、止めろキーア!」
「あっ!」
アレクトが止めるより早く手を伸ばしたキーアが軽い悲鳴を上げて手を引っ込めた。その手には軽い裂傷が走り血が流れていた。
「だ、大丈夫かキーア!」
「う、うん!」
「まともに魔術も使えねえカスが敵意を持った霊核に触れるわけねえだろが!つくづくゴミは物を考えられねえな!」
ケレブリアンの罵詈雑言に睨み返すが、しかしキーアに反論する事は出来なかった。
どうする。馬乗りになったままスオは焦り始めていた。
順番を間違えた。先にランタンを拾いに行くべきだった。破壊出来ないにしても確保だけでもするべきだった。
だが、スオには分かっていた。何度やり直したとしても自分はキーアを優先していただろうという事は。
冷静ではないし、判断力に欠けてもいる。情けない奴だと自分を追い詰めても、結局意味がない。
馬乗りになった女を見下ろす。死人のような顔色で、闇を孕んだ眼の奥で、悪意という名の汚濁が更に奥へと誘うように渦巻いている。
人を不幸にするしかない人間だと思った。生かしておいても災いしか起こさないと思った。だから、そっとその首に震える手をかけた。
一瞬、驚いた顔を見せるが、すぐに笑みを浮かべた。
「殺すか?いいんじゃねえの、殺れよ。ただ一個教えてやる。国中に散らばった黒焔獣は今んとこ誰も殺してねえ。だけどアタシが死ねば話は別だ。アタシというコンダクターを失ったヤツらは好き勝手暴れるだろうよ」
「……っ!」
ニヤニヤと笑う女の細い首にかかった手から力が抜ける。この女の言う事は嘘かもしれない。しかし、事実だったとしたら?その迷いだけでスオはとうとう何も出来なくなった。
黒焔獣が雄叫びを上げた。今にもスオのかけた戒めが解けようとしている。
駄目だ、どうしたらいい?誰かーー
「次から次へと、この卑怯者が!」
怒号が響いた。スオではない、アレクトでもない。キーアもまた違う。
声と共に強い光が黒焔獣を撃ち抜き絶命させた。大きく逞しい体がぐったりと脱力しやがて緑色の光をハラハラと散らしながら消えて行った。
そこにいたのは怒りに顔を赤く染めたヒッツだった。
あちこちがボロボロで頭からは血を流している。それでもなお、戦う意志は欠片も揺らいでいなかった。
いや、それは殺意と呼ぶべきだった。友を失った怒りがケレブリアンに対する底しれない殺意となって、敵たるケレブリアンが悪辣であり、外道であればある程に否が応でも怒りと殺意は増幅していくようだった。
それでも、まだヒッツは冷静だった。新たに放たれた魔力弾は術式によって威力を増しながらケレブリアンではなく、ランタンを狙った。
黒焔獣をやすやすと葬った一撃はしかし、強い光を放ちながらもランタンの前で消滅した。
「くっ……!」
「雑魚が何やっても無駄なんだよ!有象無象のカス共がいい加減ムカついてきたわ!」
ケレブリアンの目が見開く。とっておきの仕掛けを披露する楽しみに心躍らせる少女のようだった。
「戻ってこいよ!輝翼鳥!」
ドクン、と鼓動が鳴った気がした。その場にいた誰もがその錯覚を覚えた。
ランタンがその周辺の空間を歪ませている。強い力が膨れ上がり、絶望的な重圧が大気を押し潰そうとしていた。
「う……あ……!」
吐き気を催す。死を強要する圧力が帰ってくる。
膨張する霊核があってはならないものを形作ろうとしている。生存本能がここにいることを拒否して早く立ち去れと促すが、そんな事よりキーアを助けなければならないとスオの魂が訴えている。
キーアは既に力なく倒れ伏していた。その姿に汗が吹き出す。
一刻も早く何とかしなければならない。キーアが危ない、打てる手はないか。すぐに閃いた。それは命を失うかもしれない選択だったが、どうでもよかった。
おい、動け。俺の足。動いてあの霊素獣の霊素を全て吸い尽くすんだよ。そうしなきゃキーアが死んでしまうだろうが。
頭の発信する命令を無視するべく強く強く己に命じる。人が意思持つ生き物なのは本能を凌駕して成すべき事を成すためだ。
だが、人は意思持つ生き物だからこそ間違えもする。そうして死に急ぐ少年の肩に銀色の兎がその体重を載せた。
「何だってそんなに死にたがるかな、お前は。誰もお前に死んでほしくなんてないのに」
呆れたような声は穏やかでそっと耳をくすぐった。不意に力が抜けて倒れそうになる。
「まあ、待ちなよ。お前がそんなに命を差し出さなくても何とかなるように世の中は出来てるのさ」
声が出ない。目が霞む。誰も彼もが倒れ伏す中で一瞬、赤い光が空から降り注いだ。
見覚えのあるそれは人馬獣にとどめを刺したヴァッシュの魔術だった。
ただ、人馬獣に使ったものより光が太い。まるで神殿の柱が落ちてきたようにも思えた。
しかし、それを受けてさえ輝翼鳥の霊核はまだ砕けていない。揺らぎ、圧が弱まったものの未だ核は健在で、輝く一対の翼が姿を現していた。
「はっ!バッカじゃねーの!?しつっけーんだよ!何度も何度も無駄な事繰り返しやがって!」
興奮気味に叫ぶケレブリアンに冷水を浴びせるような声がする。
「いいや」
銀色の兎。アレクトは人の意志を否定しない。
「無駄な事なんて何もない。お前の負けだよ魂の腐敗せし者」
「ああ?何をほざいて……」
ケレブリアンが言葉を止めた。遠くから声が近づいてくる。
「………ぉぉぉおおおりゃああああああーーーーーーーーー!」
音を置き去りにする速度、雷速の一撃。衝撃の後に音が来た。天から降る槌のように己の身を弾丸へと変えユガが落ちてきた。
音速を超越した蹴りが輝翼鳥の霊核を捉え、屋根を抜き建物を破壊しながら地面にまで到達した。ヴァッシュの一撃で弱った存在領域を穿ち抜き、止めとばかりに足から魔力を注ぎ込んだ。
「……脱出!」
ユガがふらつく足でその場から離れると残された霊核の中で混入した異物は行き場を無くしたエネルギーとなり暴れ回る。霊核は限界を超えて膨張し、まるで水風船のように爆散した。
「マジかよ……おいおいふざけやがって萎えるわ」
ボソリと聞こえない程の声で呟くケレブリアンの言葉にスオが力の入らない体を震わせた。
「……やったのか?」
「どうやらそのようだね」
アレクトが頷くと同時に飛んで逃げたユガが屋根に着地する。ぐったりと項垂れて余力はありそうにもなかった。
「はーあ……つまんねえ幕引きだったわ……消化不良もいいとこだわ……黒焔獣も全部やられちまったみたいだしなぁ……」
「……もう逃げられないぞ。観念しろ……」
「ふん」
弱りきったスオを払い除けると億劫そうにケレブリアンが立ち上がる。
「テメエらを殺せなかったのは残念だけどもよぉ……いずれこの借りは返すわクソ野郎ども」
ケレブリアンの足下で影がザワザワと蠢き波立ち始めるとケレブリアンの足が影に沈み込んだ。
「再演を楽しみにしとけ。カスども」
「ま、待て……クソ、クソ!」
這いずりながらヒッツが手を伸ばす。その様を見ながらケレブリアンは薄く笑った。
そして誰もどうする事も出来ないままケレブリアンは影に飲まれ、まさに影も形もなくなった。
「クソ、畜生……!待てよ、ふざけるな……ふざけるな畜生!サガームを……卑怯者が、やるだけやって逃げるな卑怯者がーーーー!」
ヒッツの慟哭が響く中、スオは意識が暗くなっていくのを感じた。膝をおって倒れ込み瞼を閉じるその間にアレクトの呼びかける声を聞いた気がした。




