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「あの女が輝翼鳥の霊核を持っている」
アレクトの発した言葉の意味が一瞬、スオには理解できなかった。
これを破壊しなければ霊素獣を倒せない以上、霊核とは霊素獣の本体と言ってもいい。
スオはアレクトが輝翼鳥を転移させたのを見ている。もしも、飛ばされた輝翼鳥が霊核を持っていなかったと言うなら、あれは一体どのようにしてその存在を保っていたというのか。
「その根拠は?」
同じ疑問を呈したのであろうヒッツが訊ねる。アレクトは言葉を探して頭をひねるようにぐるりと首を回すと口を開いた。
「第一に輝翼鳥が核を破壊されても復活していること。これは擬似的に核を作りそれを基点に肉体を再構成しているからだと思われる。その擬似核を作るためには勿論本物の霊核を必要とする。どういう技術かは推測するしかないがコピーには違いないはずだからな。どうしたって原本が必要になる」
「それは分かる。だけどどこに霊核があろうと再生が可能ならあの女が持っている必要はないんじゃないか。他の誰か、それこそセンティーアにいる必要さえない」
ヒッツの反論にスオは背筋が寒くなった。確かにその通りであり、もしも事実がその通りならあの輝翼鳥は何度霊核を破壊しても復活するどうやっても倒せない無敵の怪物だと言うことだ。
そうであるなら、わざわざ霊核を外に持ち出す理由がない。どこか誰も知らない場所に仕舞い込んでしまえばいい。
だが、アレクトは体を揺らすようにして首を横に振り否定した。
「コピーを行うには原本が必要だ。霊核から切り離された擬似核が新たに再生を行うには擬似核をコピーするしかない。そしてコピーを繰り返せば都度、劣化していくものだ。更にコピーの肉体を構成しているのは本体から別け与えられた霊素だろう。無限じゃない」
「つまり、コピーを作れば本体も劣化していくから出来れば作りたくないはずだと?」
「何度再生できるとしても再生されるのが粗悪なコピーならば意味がない。力を持たない一般人ならともかく、魔術師に対して運用するには適したものじゃない」
「……言いたい事は分かったが、それとあの女が輝翼鳥の霊核を持っているのはどう繋がるんだ?」
「思い出せ。あの輝翼鳥が何をしでかしたかを」
「……」
ヒッツが顔をしかめた。
サガームが殺された事を思い出しているのだろう。
だが、アレクトが口にしたのはその件についてではなかった。西の方に向けて腕を伸ばす。
「あの輝翼鳥は散々やってくれた。特に西側を見ろ。きちんと確認は出来ていないが舷梯駅が吹き飛ばれているはずだ」
「……それで、それが何だって言うんだ」
「あんな事は弱体化したコピーには出来ない。つまり、あの時点ではあの輝翼鳥はコピーではなく原本。オリジナルであったはずだ。これが第二の根拠だな」
「アイツが舷梯駅を吹き飛ばしてからアレクトにどっかに飛ばされるまでに、あの輝翼鳥はコピーになったってことか……」
「そうだ、スオ。そしてその間に何があったのか。お前は覚えているだろう?」
言われて思い出す。輝翼鳥が吐き出したランタンをあの女、ケレブリアンが受け取っていた事を。
「あのランタンが……!?」
「おそらくはそうだろうな」
「ちょっと待て。あのランタンは、あのランタンには……」
「狂気的ではあるが理には適っている。倫理的には到底褒められた行為ではないが、まあ今更だったんだろうな」
「うっ……」
吐き気をこらえるようにスオが口を覆い倒れるようにしゃがみこんだ。
「おい、大丈夫か」
ヒッツが声をかけるとスオは顔を蒼白にさせ怯えているような、それでいて許しがたい何かに怒っているような複雑な表情を見せた。それは今にも泣き出しそうな救いを求める子供のようだった。
「す、すいません。大丈夫です」
「……いずれにしても、あのランタンを破壊する必要がある。無制限ではないとはいえカイもいつまでも輝翼鳥もどきを相手にはしていたくないだろう」
轟々と吠え立てる声が響いた。一斉にそちらに振り向くと三匹の黒焔獣がけたたましく押し寄せようとしていた。
慌てて体勢を整えようとするスオを尻目にヒッツが杖で一線を引くと魔力弾が発射される。避けられることも無く、自ら当たりに来るようにして一匹に命中し仰け反らせた。
自分であれば当てられたかどうか。スオはバッツと臨んだ黒焔獣との戦闘で一方的にやられた事を思い出した。
今の魔力弾と自分達では何が違うのだろう。考えてみるが分からない。そんな事を考えているとぐいっと引っ張られるようにして宙を飛んでいた。
ヒッツに襟首を捕まえられたのだ。一瞬にして距離が離れる。
「……駄目か。俺では簡単に倒し切る事は出来ないみたいだ」
魔力弾を受けた黒焔獣が他の二匹に遅れて動き始めていた。
多少のダメージはあるようだが致命傷には程遠い。
「君、あの三匹は俺が引き受けたからあの女のところに行け」
「えっ……」
「君じゃあ一匹倒すのも難しいだろう」
僅かに喉の奥が震え、何事かを口にしようとしたがそれには何の意味もないと気付き飲み込んだ。ヒッツの言う事は正しくて頷くしかない。必要もない恥辱を受け入れて「はい」と答えると「よし」とヒッツは頷き魔術図形を展開した。
「走れ!」
怒号と共に魔術が発動する。魔力で出来た帯が吹雪のように飛び出すと黒焔獣達に襲いかかった。
鋭い爪でそれを引き裂こうとする黒焔獣の前足にスルスルと絡み付き拘束する。もう一体は体を躱して逃れようとするが追いかけてくる帯に囚われ胴を締め付けられた。
アレクトを肩に乗せ、スオが走る。無様にワタワタと腕と足を動かしながら脇を抜けていく。形振り構ってはいられなかった。一秒でも早くキーアのもとへ。
影が差す。スオの頭上に残るもう一匹が飛び掛かろうとしていた。
やられる。歯を食いしばり目を見開くスオの目の前で黒焔獣が魔力弾を受けて吹き飛んだ。
「行け!」
背後から声がした。振り向く事さえできず我武者羅に足を動かす。
走る。周囲では悲鳴が上がり人々が混乱している。それらを無視してただただキーアを助けるために走る。どうせ何も出来ないと分かっていながら湧き上がりそうになる罪悪感をキーアを失うかもしれないという恐怖が塗り潰してスオの足を進めさせた。
そうして遂にケレブリアンとキーアの姿を捉えた。黒焔獣に首根っこを捕まえられたキーアがぐったりとしているのを見て血の気が引くと同時に怒りがこみ上げる。
我知らず喉の奥から唸り声のような怒号が上がっていた。
全く冷静ではなかった。だから気が付くのが遅れた。
「スオ!」
横合から衝撃があった。また別の黒焔獣が襲いかかってきていたのだ。いつの間にか張られた障壁のおかげで大怪我は避けたがもつれ込むようにして屋根から落ちていく。
スオの名前を呼ぶ声がした気がした。キーアの声だった気がする。
助けに行かなければ。他の何を犠牲にしても。そうでなければ自分が生きている価値なんてどこにもない。
手を伸ばす。そっと撫でるように黒焔獣の存在領域に触れた。




