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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
レンレセルから
30/189

30

魔術院支部宿泊施設の入り口前には何セットかのテーブルと座席があり、その一つに座ってスオはうんうんと唸っていた。


白いテーブルの上には一本の矢がある。それをつついたりくるくると回転させて弄んでみては溜め息をつく、ということを繰り返していた。


アレクトから出された課題は一つ。今後に備え魔術の常備を行うこと。


……ユガが見せた即時発動型の魔術。その模倣をせよという事である。


魔術の用意の方法はすぐに思い付いた。というより、ある意味以前からやっていたと言ってもいい。


スオの戦闘スタイルは弓矢を使ったものである。弓はカウツ謹製のボウガン。これに魔力で作った矢を装填して発射し着弾と同時に爆発させるというのがスオの戦い方だった。


何故カウツがスオに弓矢を渡したのかいまいち理解していなかったが、これを見越した判断だったのだろう。


とはいえ、実のところスオは魔術で矢を作ることしかしていない。矢が爆発するのは作成した矢に過剰に込められた魔力を解放しているにすぎない。


つまり、作成した矢に魔術を付与するという技術を修得しているわけではなかった。


勿論、その方法はアレクトに教わった。魔術使用制限の解除もしてもらい早速一本作ってみたのだが。


「安定しない」


矢は、よくよく見れば黒い光を煙のように漏らしている。激しく動かす程にその傾向は強くなった。


刻み込んだ魔術が定着せずに剥がれているのだ。


魔術式が稚拙なためだ。精度が足りない。


仕方ないので矢を消す。もう一度最初から作り直す。これを既に何度も何度も繰り返していた。


「どこの線がまずい……?それとも接合が間違っているのか……?」


魔術式ーーあらゆる魔術の構成を指して称するが、図形、言語、動作いかなる魔術式であろうとその基本構造は正解の模索である。ある程度の法則は魔術師達の研鑽の末に見出だされているが時としてその法則に従わない魔術式が発生する。例外として記憶するしかない魔術式は複数の魔術を組み込む構成になると悪さを始めることがままあった。


魔術式の接続、接合は非常にデリケートなものでありその構成難易度を上昇させる。


スオが手こずっていると二人の男が近付いてきた。


「やあ、こんにちは」


顔をあげるとそこにいたのは黒いロングコートを羽織った若い二人の戦団員、サガームとヒッツの二人であった。


サガームが朗らかに声をかけてきたので、慌てて頭を下げた。


「あ、こんにちは……先日はどうも」


「やっぱり列車に乗ってた学部の子か。センティーア、というか外じゃあんまり見掛けないからすぐ分かったよ」


「そ、そうですか……」


「そんなに緊張しなくていいよ。俺達も戦団員になったばかりのぺーぺーだ。そんなに偉ぶれるもんじゃないから」


見るからにガチガチなスオを見かねてかヒッツがそう言うが、その様子にどこか自嘲めいたものを感じて眉をひそめた。


が、そうしたヒッツの様子に気が付かなかったのかサガームは軽く笑った。


「ははっ、本当にそうだな。これがユガさんだったらもっと堂々と出来たんだろうけど」


「ユガさん……」


先日の戦闘を思い出す。第四段階に達した霊素獣を相手に大立ち回りを演じ、援軍が止めを刺したとはいえ勝ってしまった。そしてそのために腕が吹き飛ぶような大怪我を負っていた。


「ユガさんは怪我は大丈夫なんですか」


「今は腕を生やしている真っ最中だ。何だか呑気にしていたよ」


苦笑してヒッツが言う。


「凄いよな!あんな怪我したっていうのに、全然辛そうな所とか見せないで前線に復帰するつもりなんだ!」


鼻息荒く語るサガームの様子はキラキラとしていてまるで夜空の星を見上げる少年のようだった。


その気持ちは理解できた。命を懸けて誰かのために戦うユガの姿はその強さを含めてとても眩しいものだった。特に戦団を志し、戦団員になった者にとっては。


正しい答えを示された。戦団員、かく在らんと思わされた。


だからこそ、スオにとっては心苦しいものだった。有事の際に、自分があのように振る舞えるだろうか。難しいと思う。


スオにとって戦団を目指すのはキーアを守るためでしかない。キーアを守るためなら他の全てをなげうっても構わない。


だが、それは戦団を志すものとして相応しくないのではないか。いや、相応しいわけがない。


そうした自問自答がつきまとう。キーアのためなら他を犠牲にする事を躊躇わないと言いながら思い悩むその中途半端さにこそスオは自己嫌悪する。


「で、君はーー確かカウツさんの弟子なんだっけ。こんなとこで何をやってるんだ?」


「え?あ、ああ。ちょっと魔術式の構成に行き詰まってて」


「ふうん。ちょっと見せてくれるか?」


言われて魔術式を展開する。三次元図形を軽く眺め、頷いた。


「術式接合による残留型魔術か。おまけに二重変化構造。そりゃ難易度高いよ。ヒッツ、どこがまずいか分かるか?」


「魔力を流してみないと何とも言えないけど……接合部周りがまずいんだろうな。やってみてくれるか?」


頷き、魔力を通すと二人揃って声をあげた。


「やっぱりそうか。接合部は同じ線を使って魔力も同様の性質だがそれに繋がる線がそれぞれ別の性質だからこの合流点で魔力の渋滞を起こしてる。わずかに変異してるから、ここの魔力をきちんとコントロールすれば上手くいくと思う」


魔術とは意味ある形に適切な魔力を注ぐものである。大雑把に魔力は青、赤、黒の三種類に分別される。その魔力の注ぎ方に難があったので失敗していたと指摘されたのだ。


言われた通りに魔力のコントロールに注意すると、出来上がった矢から発生する魔力漏れは多少改善されていた。


「まあ、一発じゃ難しいよな。何度か挑戦してみれば多分上手くいくよ」


「あ、ありがとうございます。おかげで何とか目処がつきました」


「いやあ。大したことはしてないよ。カウツさんの弟子にあれこれ教えるなんてちょっと緊張はしたけどね」


「俺達が教えて大丈夫かなんて思ったけどカウツさんはどんな修行をつけたりしてるんだ?」


「師匠は……何て言うか師匠っていうよりも身元引き受け人で忙しいのもあって、積極的に何かを教えてくれることはあんまりないんですよ」


「そうか、まあ、色々あるんだろうな。でも君も戦団を目指しているんだろ?それはカウツさんの影響じゃないのか?」


「それはーーそうですね。師匠みたいに強くなってキ……家族を守れたらって思ったからです」


「凄いな、立派だな。俺なんてカッコいいからなりたいってだけでちょっと行けそうだったからなっただけだってのに」


少し恥ずかしそうに、はにかむサガームだったが、ただな、と鼻の下を擦って口を開いた。


「ユガさんの姿を見て思ったよ。俺はああなりたいって。見も知らぬ誰かのために命を懸けて戦えるんだ」


ぐっ、と握りこぶしを作る。


「最高にカッコいいって思ったよ。だから俺もああなるよ」


キラキラと輝くような力強い笑みを浮かべ、宣言するその姿はあまりにも眩しい。夢を見て、そこへ行こうと決意したその輝きは溢れんばかりの活力に満ちて魅力的に映った。


きっと、サガームはこの決意表明を裏切らず強くなるに違いない。正しい目標を得て真っ直ぐな努力を重ねる者程、成長は著しい。


羨ましい、と思った。迷いの渦中にあるスオでは至れない境地だ。


だが、そんなサガームの横にいるヒッツの表情はやや暗いものだった。まるで鏡を見ているような錯覚さえ覚えた。


「じゃあ、俺はいくよ。頑張ってくれ」


どこまでも爽やかにサガームは去っていった。


その場に残されたのは辛気くさい顔をした二人である。


「あの、ヒッツさんはサガームさんと一緒にいかなくて良かったんですか?」


「ああ、俺は別件でね。まだ時間があるんだ」


「そうですか」


言葉が途切れる。何だか気まずい時間が流れ始め居心地が悪くなってきた頃、ヒッツが口を開いた。


「俺は、アイツほどポジティブに列車での件を受け止められなかったよ」


ポツリ、と呟くようにヒッツが言った。


「とんでもない強さの霊素獣、全力を尽くしても相手にならなかった。ユガさんも死にかけた……あんなに強いのに」


「……」


口を挟む気にはなれなかった。


「俺はああはなれそうにない。情けないことを言うけど自分の程度を思い知ったよ」


ヒッツの言葉はスオの代弁でもあった。


強い光は時に人の心を照らしもするけれど、あまりの目映さに直視できないものも現れる。それを弱さと切って捨てるのはあまりにも人の心がないと思えた。


思えてしまった。


「何故、そんな話を?」


「君の顔が俺と同じだと言っていたからさ。サガームは多分気がついてなかったと思うけどね」


頬を撫でる。少し強ばっているような気がした。


「こんなこと言うのはあんまりかもしれないが、頑張ってくれ。俺のように心折れることないように祈ってるよ」


そう言い残してヒッツも去っていった。その背中はひどく小さく見えた。


だけど、それを笑ったり馬鹿にしたり侮ったりするような気持ちは少しも湧いてはこなかった。

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