28・その女
センティーアから次の国、キレイにいく便は三日後という事でそれまでの間、各々やるべき事をやる事にした。
午前はアレクトによる授業を二人揃って受け午後はスオには訓練を、キーアには観光をさせることになった。
観光とはいえども名所を巡り歴史の授業をし、センティーアの人々の暮らしを観察するというのが主目的である。
一番最初に見回ったセンティーア国議会議事堂はかつて魔術師が使用していた建造物を改築したものである。かつての用途は現在でいう魔術院本部に近いものであり、主に警察機構のような働きをしていたとされる。
この議事堂ともう一つ、かつて魔術師が研究に使っていたと言われる施設がこのセンティーアに残された特に有名な名所と呼ばれている。
センティーア人造湖公園。そこはセンティーア北西に位置する国立公園であり広大な敷地面積を誇るレジャースポットになっている。とりわけ公園の目玉である人造湖はまるでカルデラのように窪んでおり、円形の巨大な外壁で周囲を覆い内部は地質研究に使われたとされている。通称センティーアの右目。魔術師がレンレセルへ拠点を移した今は貯水湖として利用されていた。
歴史からも分かるように、このセンティーアの右目が貯水湖として利用され始めたのは魔術師のレンレセル移動以降。その後、センティーアの人々は黒庇山脈から流れる白鹿川を治水によってセンティーアの右目に繋げ貯水湖として利用し始めた。
人造湖から放水が始まった、吐き出された水が轟音をたて着水する。弾ける水飛沫が池の周囲を囲む観光客たちに襲いかかってきた。
「冷たっ」
霧のような水飛沫で頬に髪が張り付く。若干の気持ち悪さを頬を拭って払い除けると感嘆の溜め息をついた。
「凄いね、レンレセルにはないよね、こういうの」
「必要ないからね。レンレセルには真水を作り出すシステムが備わっている」
「でもこういうのがある方が楽しいよ」
「そういった視点もレンレセルには必要かもしれないね。まとめておいたらいいんじゃないか?キーアの旅行記として売りに出せるかもしれない」
「文章だけじゃ味気ないかな。私が写真を撮れれば良かったんだけどね」
「必要ならスオにでも撮らせたらいいよ」
「そうだね、じゃあ私はどこを撮ったらいいかロケーションを探って……あれ?」
両手の人差し指と親指でフレームを作り周囲を見渡していると、妙な人影を見つけた。
芝生の上に膝を抱えて座り込み、肩を震わせている。
体調でも良くないのだろうか、そう思い近付くとブツブツと何やらうわ言を繰り返しているのが聞こえてきた。
「はぁー……バカじゃねえの。どいつもこいつも好き勝手なことほざきやがって死にやがれよクソッタレどもが。何でアタシがこんな苦労しなきゃいけないのかワケわかんねえ。アタシを誰だと思ってんだクソどもが。死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね………」
ひどく陰鬱な女の声だった。呪詛は耳にしがみつき、ぞわぞわと芯から触れてくるようなおぞましさがあって、この世の全てを忌み憎悪するかのようだった。そのくせ何がおかしいのか時折くつくつと肩を震わせ笑っている。
それは霊素獣に感じたようなものとは違ったが、明白に恐怖だった。人間だけが持ちうる粘着性の残酷さや、悪意をその小さな体に内包している、そんな気がした。
近付いてみると分かったが焦げ付いたような茶色の髪は手入れも満足にされておらずくすみきっており、顔は土気色をして化粧もしておらず不健康そうだった。服は意外ときちんとしており白いカシュクールに黄褐色のボレロを着込み黒いワイドパンツと白いパンプスを履いている。髪や顔に比べてきちんとしすぎていてまるで人から着せられたような印象を受けた。
関わらないでおこうと思った。後退りしながら逃げようとしていると肩から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「あははははは。これは絵に描いたような危険人物だ。おまけに悪臭が酷い!これは鼻がひん曲がる!キーア、ほら逃げろやれ逃げろ」
「ちょっ、止めてよ……!」
女の頭が膝に埋められたまま首を曲げその顔がキーアに向いた。死人のような落ち窪んだ暗い瞳がそこにあった。
背筋にゾッと冷たいものが走った。人間を見る目をしていない。恐ろしくて仕方がない、気が付けば背中を向けて走り、逃げ出していた。
女は追っては来なかった。ただしばらくそちらを向いたまま黙りこくっていたが、やがて再び膝に顔が埋められた。
「ああ……ああ……うるせえな、分かってるよ分かってんだよ。アタシはきちんとやるよ。てめえらとは違うんだ。クソが……黙って見てろよカスが……」
肩が震える。くつくつと笑う。
「地獄を呼んでやるからよお……」




