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ゆっくりと目が開く。知らない天井が、不特定多数の人の気配こそあれども静かな環境が、やや暗いぼんやりとした照明が、衣擦れの感触と不自由な体が、すんなりと状況を把握させた。
「病院か」
ユガはどうやら自分が一命をとりとめたことを知り大きく息を吐いた。ズキリと痛んだ。
体はいまいち動かない。固定されているのか麻酔でもかけられているのか。体の各所を動かそうとしてみるがうまくいかなかった。
特に気になるのは腕だ。片腕は吹き飛び、もう片方の腕は最早くっついているだけの肉塊と成り果てていた。
が、体が動かないので確認もできない。
「困っちゃうにゃー」
あんまり緊張感のない声ではあるか思わず口に出す。動けないとなると何だか体が無性にむず痒くなってきた。
「起きたか」
誰かがいた。顔をそちらに向けようとするが、やはり動けない。ただ、声には覚えがあった。
「ヴァッシュか?」
「そうだ」
極めて素っ気ない口調で肯定する。自分からみて左側にいるのは分かったが首が動かせないし、視界が半分塞がっていることに気がついた。目を動かしてみても自分の鼻しか見えなかった。
「ぐえー。体が全然動かせねー。これから俺はどうにゃっちゃうんだにゃー」
ふざけた口調に対して付き合うつもりはないのか、ぎしりと座っている椅子を軋ませて軽く呼吸を整える。
「治癒術はかけたがそれだけでは命しか拾えなかった。お前はあの後、すぐに気絶して緊急で支部に送られ手術に入った。右腕は完全に死んでいたから切断し左腕共々再生魔術を施された。全身の損傷も深刻だったので異物の除去、輸血を行いつつ修復魔術が施された上で再生魔術が重ねがけされている。要するに絶対安静だ」
症状を聞いてぷっ、と吹き出した。
「ワハハハハ。マジでくたばる寸前でビックリ。いやはや九死に一生を拾ったぜ」
「状況が悪かったな」
「んむ?」
「センティーアからもう少し離れていれば、お前は時間稼ぎに徹することができた。列車と、新人、そしてセンティーア。お前はどこにも注意を向けさせるわけにはいかず、自分に注意を向けるために人馬獣にとって狩れる獲物であり続ける必要があった」
「……」
「そしてあの霊素獣は生かしておくわけにはいかなかった。霊素流動開始地点にあれと同等か、それ以上の脅威が潜んでいる可能性があったからだ。無駄に時間も人も割くことはできない」
もしも。何も守るものがなければ、あるいはどれか一つでも守らなくて良いのであれば、ユガは安全策で時間稼ぎに徹することが出来た。センティーアが近くなければ、あるいは霊素に異常がなければ後から増援を待って狩っても良かった。列車がなければ人馬獣を誘導しつつ逃げを選ぶことも出来た。新人二人がいなければ二人を巻き込まないようにと戦場を限定せずに済んだ。勿論、そうであれば万事全て上手くいったわけではない。特に人馬獣をあの段階で倒せたのはサガームとヒッツのお陰でもある。
だが、こうまで重傷を負ったのはそれらが重なった結果である。
「ふはははは。随分優しくね?気遣ってくれてんの?」
「お前を気遣う理由はない。単に状況の整理をしているだけだ」
「まー、素直じゃないこと。お母さん心配だわー。ヴァッくん職場でハブられたりしてない?」
「魔術院は」
ユガの軽口を無視して話を続ける。
「お前の報告通り、霊素の流動に異常があると判断した。それに伴い霊素流動開始地点へ調査班の派遣を決定している」
「よござんす。お陰でおいらのやるべき仕事は終わったにゃ。安心してくたばっていられるわー」
「さて、どうだかな。近々魔王大征伐の第一陣が出発する。この機に乗じて組合が何かを企んでいるとも限らない」
「……組合ね。あいつら空気読めないからな」
「なるべくさっさと治せ。人手が足りないんだ」
「手をなくした男に人手を頼むとは。そいつは無い物ねだりだな?」
「だから今、生やしているんだろう」
「オーケーオーケー。任せとけ。二週間で前線に戻ってみせらあ」
ケラケラと笑うユガの言葉に、椅子から立ち上がる音が返事をした。コツコツと親しみのない足音を残してヴァッシュの気配は去っていく。
鼻息を漏らす。 片目で天井を眺めた。
時代の節目が近付いている。世界の流れに抗うことが誰にも許されない、
どうか、苦しむ人が一人でも少ないことを願いながら目を閉じた。




