21
停止した列車の鼻先にスオとキーア、そしてキーアに抱かれたアレクトがいた。その視線の先には遠く離れた所で同じように佇む三人がいる。
黒いロングコート。戦団の魔術師。ユガ、サガーム、ヒッツの三人である。三人はそれぞれ杖を手に持ち戦闘態勢に入っていた。
「センティーア南西部森林地帯から霊素獣の感あり。列車との接触の危険性を鑑みてこれを迎撃する。当該現場における責任者は準第四種交戦資格者ユガがあたる。尚、本件は第三種交戦資格保持者サガーム及びヒッツを伴うものとする」
『はい』
「事前の状況から複数体の霊素獣との会敵が予想される。手順としてはまず大火力による一撃を加えた後、飽和攻撃による殲滅戦に移行する」
『はい』
「では配置につけ」
『はい、戦闘配置に移動します』
返事と共に二人が飛び左右に別れて配置についた。
「……何かバラバラになったみたいだけど、あれは何で?」
その様子を眺めていたキーアが疑問を呈するとアレクトが答えた。
「挟撃して逃げ場を限定し列車の方に来させない意図があると思う」
「ふーん……」
アレクトの説明を聞いてもいまいち要領を得ないキーアの生返事とはうって変わってスオの表情は硬い。
これから実戦が目の前で始まる。これまでシミュレータでは何度も霊素獣を相手にしてきたが、何度殺されたか分からない。実戦では一度死ねばそれで終わり。それを思うと緊張感で喉がやけつきそうだった。
そして同時に、そんな場にキーアがいるという恐怖。例え死んだとしてもキーアだけは守らなければならない。
決死の覚悟を決めているとそんなスオの悲壮さを笑い飛ばすような声がした。
「あっはっは。そんなに緊張しなくてもお前たちはきちんと守ってやるから心配せずにきちんと観戦して勉強するがいいさ」
「アレクト……」
「ほら、来たみたいだぞ」
遠く、何か重たいものが群れなして大地を蹴っている。振動と音。理性のない暴力が悪意なく無慈悲に迫ってくるのを嫌でも理解する。
「ちょっとこの位置じゃ見えにくいな。スオに浮遊系の魔術を使ってもらおうか」
「……大丈夫か?空飛んでるのを見られて的にされたりしないだろうな」
「大丈夫大丈夫」
どうにも信用しきれないものを感じながら杖を取り出すと魔術図形を展開する。足元に光のサークルのようなものが展開され、ふやりとスオ、そしてキーアの身体を宙に浮かせた。
「わっ、何これ」
「足元に魔力の足場を作って浮かせたんだ。空間内から出られないようにはしてるけど危ないから俺に掴まっててくれ」
言われた通りにスオの腕に手を回す。徐々に高度が上がっていくと遥か遠くまで見えるようになった。
振動の元凶。群れなす霊素獣が移動しているのも。
大きな獣がいた、小さな獣がいた。集団は統率のとれた群れではなかった。時に小さなものが弾かれ踏み潰され尚も進行は止まず大地を蹴り土埃を上げながらひたすらに直進している。その規模は百体にも及ぶように見えた。
「霊素獣がいっぱい……!」
「なんて数だ……!」
一体ですら歯が立たなかった霊素獣が数えたくもないほどにいる。この事実だけでキーアの手を引いて逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。踏みとどまっていたのはアレクトが列車を任されてしまったからに他ならない。戦団の団員がいて、自分以上に力持たない人々がいる。そして自分は曲がりなりにも戦団を志していた。さすがに何もかも放置して逃げるにはまだ理性が働く状況すぎた。
アレクトを見る。珍しい野草でも見つけたように楽しそうな顔をしていた。
信じるぞーー心を磨り減らす怯えを隠してスオは前を向いた。
『霊素獣、数103。第二種68、第三種35内訳は……』
『あー、要らね。聞いてる時間がさすがにない。これ以上近づく前に始めっか。俺が一発ぶちかますから残ったのはお前たちが遠くから後片付けなさい』
『はい』
「よし、始めるか」
ユガの手から杖が離れ空中に制止する。空になった掌を上向かせるとそこから一つの魔術図形が浮かび上がった。
<広がれ我が世界。力を定め滅びもまた定めよ>
その声は人間の声帯から出たものとは違って聞こえた。歪み淀みこの世ならざる空間に挟まるような力ある声だった。
その声に従って、ぬるりとした感触がユガを中心に広がった。
「……?何これ。何か気持ち悪いのが、喉元を通ったみたいな……」
「空間掌握……!この規模で……!しかも今のは魔術言語じゃないか……!」
呻くように驚愕するスオではあるが、キーアにはちんぷんかんぷんである。ユガが何やら大変なことをしたことは察したのだろうが、その内容となると全く理解できていない。助けを求めるようにアレクトの顔をのぞきこんだ。
「今、あの男は自らの魔術を発動するための空間を掌握したんだよ」
「ごめん。何言ってるのか全然分からない」
「魔術ってのは好きな場所に好きな魔術を適当に発動できるものじゃないんだ。魔術図形にはどんな魔術をどんな威力でどんな範囲でどんな場所に放つのかっていう構成によって成り立っている」
「……でも結局その魔術図形さえしっかりしてればどこにでも魔術を使えるんじゃないの?例えば霊素獣のお腹の中に爆発起こすとか」
「はい、いいとこ気がつきました。確かにそうすれば大概の霊素獣は倒せるだろうね。でも出来ない。何故なら魔術師のみならずあらゆる生命が自分の体から一定の距離に領域を持っておりこの空間には他者が魔術を発動することが出来ない。この領域を存在領域と呼ぶ」
「……まあ、うん。何となく分かったよ。続けて」
「で、今、あの男は自分の存在領域を拡大して離れた場所に魔術を撃ち込めるようにしたんだよ。で、その際に使用したのが魔術言語。魔術ってのは意味ある形に適切な魔力を注ぐ事で発動する技術でね、魔術図形のみならず音声言語にも意味ある形が見出だせたならこれに適切な魔力を注げば魔術となるのさ」
「ごめん。やっぱりよく分からない」
「とにかくあの男はこの空間内においてはどこにでも魔術を使えるんだよ」
「……さっき言った見たいにお腹の中にも?」
何だか恐ろしくなってお腹をさする。悪意ある魔術師がいたなら突然お腹が破裂するようなことがあるのかと思うとゾッとした。
しかし、アレクトはそれを首を振って否定する。
「さっき言った個人の存在領域は強固なものでこれを侵食しようと思ったなら相手に接触する必要がある。突然体内で爆発ってのはまずあり得ないから心配しなくていい」
「良かった……」
ほっと胸を撫で下ろす。一方でスオは顔から大量の汗をかいていた。
先程のアレクトの話は戦団を志そうという者なら常識である。だからこそユガの見せた技術が自分とは比較にならない高みにあるのが理解できた。
ユガの魔術図形から魔術が発動する。魔術図形が光ると共に霊素獣の群れのただ中に赤い球が浮かぶ。人の頭大のそれはジジジ、と音をたてながらひび割れると瞬く間に周囲に黒いドームを展開し内部で光を発し爆発四散した。その光はドーム内を埋めつくし大も小も関係なく霊素獣を焼き尽くす。高熱の地獄と化したドーム内で発光は一分にも及び、その光が止むと平原は焼け野原となり、ほとんどの霊素獣は死に絶え、影も形も残さぬ炭と化していた。
「す、凄い……」
思わずといった様子でキーアが呟く。戦闘と呼べるものすら起こっていない。単なる掃討、あるいは掃除でしかない。
驚愕はスオもまた同様だった。圧倒的な魔術師としての技量差に理解が追い付かない。恐るべき魔術図形の精度、魔術言語を併用する事で更に魔術の性能を高めていた。
同じ事をスオがしようとしても無理だと断言できる。あのレベルの精度は時間をかければ出来るというものではない。
……改めて己が目指そうとしているものの高みを見せつけられてスオの心にざわめくものがあった。しかし、それをはっきりと形にすることはできそうになかった。
『んー。まあ、こんなもんか。一応生きてるのがいるかもしんないからサガームは精査、ヒッツは魔力弾を撃ち込んどけ』
『はい、了解しました!』
ユガの命令に対する二人の返事にもどこか敬意のようなものが見て取れた。実際に力を示して見せるのは上下間系において重要である。ので、派手にやって見せたが二、三体くらい残らせて実践経験を積ませるべきだったかな、などと考えていると、サガームの声が脳裏に響いた。
『ユガさん!まだ、生き残っている奴が……!』
『落ち着けー。ヒッツ、残ってる奴に魔力弾をドコドコ叩き込め』
『だ、駄目です!凄い速度で霊素を吸収して……再生速度が速すぎて、倒せません!』
ヒッツが魔力弾を叩き込んでいる地点に霊素が集中し始めていた。その霊素量はおぞましい程に莫大で、人が浴びれば中毒死を引き起こしかねない。
死した霊素獣達の霊素が霊流に還る前に一体の霊素獣が生存本能によって今にも死にそうだった生命を繋ぎ止めんと暴走していた。それは本来有り得ない光景、肉体が変容の異質さについていけず崩壊するしかないはずの変化。細い細い糸を辿るがごとき生命の奇跡とでも呼ぶべき現象だった。
霊素獣はその内包した霊素量によって段階を変える。
これ程の霊素量を含有した霊素獣であれば最早先程までの霊素獣とは段階が一つ異なる。
すなわち、第四段階。第四種霊素獣である。




