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戦団の職務は多岐にわたる。列車の護衛は年若い戦団の魔術師にとって最初に経験する仕事の一つでもある。何故かと言えば列車は基本的に霊素の少ないところを走るものなので強力な霊素獣はほとんど現れることがないからだ。
とはいえ、危険がないわけではないし、一昼夜を走る列車に一人で対応するのは困難でもある。不足の事態に備えてベテランの魔術師が一人、新人が二人というのが基本的な配置となっている。
サガームとヒッツというのが今回はその新人だった。どちらも訓練を修了し試験も突破した一端の戦団員として認められた魔術師ではあるがまだその顔には学生くささというかあまっちょろさが垣間見えた。
別に仕事をなめているわけではない。むしろ過ぎた緊張が伝わってくるので肩の力を抜くようにと助言もした。
ユガにとっては懐かしい記憶でしかない初めての任務であるから何とか恙無くこなそうとするのは当然で、そういった様子を見ていれば楽しくもなろうというものだった。
そうして夜が明ける。不滅の大森林は既に抜けている。
後は渓谷を抜け運河に沿って数時間も走ればセンティーア平原に出る。そこまでいけばもうセンティーアは目と鼻の先だ。そこまで何もなければそれがいい。何かあっても新人の肥やしになる。
この時点ではそんなことを考えていた。
先頭車両の運転席、その手前の個室が待機室として扱われている。実際には戦団員が警戒にあたっているので櫓みたいなもので内装も他の客席等に比べて質実剛健の気質が見える。
とはいえ、長時間の任務に耐えうるように負担を軽減するべく心を砕いた設備にはなっていた。その気遣いが、しかし若い魔術師には理解できているかどうかーーこれは割と疑問符がつくところだ。
内部は椅子が一脚。覗き窓を備え、連絡用の官が天井から伸びている。室内は薄暗く一人では余裕があり、二人ではやや手狭と手頃な狭さというべき空間だった。その空間で椅子に座る青年、サガームの表情は固く、じっとりとした汗が頬を伝い顎から落ちて床を濡らしていた。呼気もやや荒い。明らかに肩に力を入れすぎだった。
「……よお、お疲れちゃん。首尾はどうだい。順調か?」
努めて気楽な口振りで声をかける。だが、青年は驚きおののいたように身体を震わせ、見開いた眼をユガに向けてきた。
「ユ、ユガさん……お疲れ様です」
「そんなにビックリしちゃってからに。おいらがそんなに眩しいかい?」
先程も口にした冗談を口にする。
「あ、いえ、そ、そういうわけでは」
余裕がない。もう少し言いようもあるだろうに出てくる言葉がこれでは困ってしまう。
これなら、むしろ何か起こった方がいいのではないか。ちょっと経験を積ませて度胸をつけさせたくなる。
「折角ロハで旅行が出来てんだ。もうちょっとこのスイートルームを満喫しとけよー」
「は、はい」
全くもって初々しい。羨ましくなるほどだった。
不意にカンカンと金属同士で打ち合う甲高い音が連絡官を通して室内に響いた。
「どしたい。何があったヒッツ」
連絡官に顔を寄せ声をかけると菅の向こうからやや戸惑った声が帰って来た。
『お疲れ様です、ユガさん。あの、霊流の様子が少しおかしくって……』
「霊流が?」
霊流とはこの星の天蓋を覆う霊素の流れを指し示すものである。霊素は一ヶ所にとどまらず流れていくものであるが、この霊流によって各地の霊素量にも変化が生じる。このため魔術師は霊流を観測し、時には干渉して霊素量のコントロールをしているのだが、魔術師のコントロール下にない霊流の変化はある種の事象が予測される。すなわち、
「霊素獣か」
強力な霊素獣の出現は霊流を乱す。図らずも問題は発生しそうだった。
ただ、
『それがですね、霊圧の変化も少し異常でして……間違いなく移動は起きているんですが変動点の霊圧そのものはあまり変化していない感じでして……』
「……おう、分かった。ちょっと俺でも探ってみるわ」
確かにおかしな話だった。強力な霊素獣の移動にともない霊素量ーー霊圧の変化が生じるのは分かる話だが、移動したなら元にあった場所は下がるのが道理である。にも関わらず元の場所も変化していないのは何かがおかしい。
ただ事ではない気配を感じながら掌を開くとうっすらと魔術図形が浮かび上がった。魔力を込め魔術を発動する。
周辺一帯、レンレセルからセンティーア全域における霊流の状況が脳内に流れ込んでくる。
「……確かに。妙だな」
報告の通り、霊素の移動、霊圧の変化はまるで炎症を起こしたように膨らんでいて元の位置には変化がない。
記憶と経験から何が起きているのか考察するが、確実にこれと言えるものはない。だが、一方で方針はすぐに固まった。
「サガーム、本部に連絡。センティーア南西部霊流の異常を認められたし。霊圧の推移から当列車に霊素獣の接触が濃厚。危険指定準拠交戦規定に則り準第四種交戦資格保持者ユガの管理下で迎撃戦に移る」
「は、はい!」
「ヒッツ、お前は観測を引き続き頼む。俺は車掌に報告する」
『分かりました……!』
踵を返し、さあて、と身体を伸ばした。
「めんどくさいことになってきたにゃー」
乾いた唇を舐める。その口角がつり上がるのを抑えることは出来なかった。




