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その軽薄さにはあまり覚えがなかった。戦団の魔術師の知り合いはそれなりにいるが、皆圧力のようなものを持っていた。その身に秘めた力の片鱗が漏れ出ているかのような凄みを、否が応でも感じられたものだ。
しかし、目の前の男はどうだ。気だるげで覇気がなく何だか頼りない。
そんな感想を持ったせいだろうか、視線は疑わしいものを見るような不躾なものとなり意識せず露骨なものとなっていた。
「おっと、どしたい。おいらがそんなに眩しいかい?」
「あっ、その……すいません」
わたわたと慌てたように頭を下げると背後にいたアレクトの姿を男の視線が捉えた。謎の珍妙な生物に眉をひそめるが不意に思い出したように手を打った。
「お前、カウツの銀色兎じゃねっか?」
銀色兎ことアレクトはしかし小首を傾げた。
「もうしわけないが覚えのない顔だ。どこかで会ったことがあったかな?」
「いんや、一方的に知っているだけだい。お前とカウツは有名人だからな」
しかし成る程、と男はいまいち処理のあまい顎をじょりじょりとさすった。
「噂のカウツの弟子ってのはお前さんか、坊主」
「……俺ーースオとそっちのキーアがそうです」
「………」
いちいち訂正しなくてもいいのに。とキーアの頭によぎるが、しかしスオが訂正するのには理由があった。他所はともかく、カウツとスオ、そしてキーアの三人は血縁関係ではないが家族である。親子と呼ぶには年が近く、兄弟とするには年が離れていた。その繋がりに求めた呼び名が師弟関係だったのだから、少なくともスオには看過できない誤りである。
そのこだわりを出会って間もない余人に話すつもりはない。……知る必要もない。だからスオは語らない。
語らない以上、その男が気にすることはない。そうか、と頷いて話を続けた。
「あのカウツが囲った弟子だ。戦団じゃあ大分噂になったんだぜ?」
こう言われてみれば、自分達の立場がいかにも大変なことに思える。
師弟制度といいのは資格を持った優れた魔術師がこれはと見込んだ若人を自身の弟子としてその知識、技術を特別に教授する制度である。つまり師が特別な人間であるように弟子もまたそんな人間に見込まれた金の卵であるはずなのだ。
師匠ーーカウツ程の魔術師が弟子として囲うのであればそれはもう色眼鏡で見られても仕方がない。
だが実情はこうだ。凡庸な才能、見るべき点のない実績。力ある人間には見透かされていそうで恐ろしさも際立つ。まして、師に近しい人間であれば尚更だった。
「師匠とはお知り合いで?」
「多分名前くらいは覚えてるかもなー。何度か仕事を一緒にやったし」
少しホッとする。
……別に自分のふがいなさを誰かに咎められるわけではないとは分かっていても、しかし己れのいたらなさを他ならぬ自分自身が後ろめたく思っている証左だった。
今はそういうのはいい、と頭を振った。
「お名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「ああ、俺ぁユガってんだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
「何でこんな時期に出国してんのかは知らねーけど、この列車はセンティーアまでだ。なんにもなきゃ明日の昼頃には着くだろ。それまでの間、ゆっくりしときゃいーさ。じゃあなー」
一陣の風のように吹き抜けてユガは去っていった。
扉を閉めてため息をつくとキーアと目があった。似たような憂いを湛えた鏡のような顔だった。
「何だか緊張した……」
ユガが来てから一言も話さなかったが口を挟めない以上に喋れないようだった。然もあらん。キーアにとっては見知らぬ軍人のようなもの。気さくに接する相手ではなかったろう。
「突っ込んだ話を聞かれなくて助かったな」
「あっちも忙しいだろうからね。子供相手に世間話をしてる暇などなかったろうさ」
アレクトの言葉はもっともに聞こえた。戦団の試験要項をクリアしたとはいえ、スオはまだ戦団の一員ではない。ここから更に戦団に入るための訓練が施される。その上で新たに試験が行われ、それを突破して初めて戦団員として認められるのだ。
スオはまだ何者でもない。大して縁のない戦団の魔術師がその時間を割くに値しない存在だ。
……少しだけ肌が粟立った。小さなままの自分でいることに恐怖を感じた。未来に対する漠然とした焦りが衝動的に身体を突き動かそうとして、どこにも行き場がないのを思い出すので結局唇を噛み締めるにとどまった。
「……スオ」
キーアの声が静かにスオの名前を呼んだ。
「大丈夫?」
「だ……大丈夫だよ。そんな別に」
必要以上に言い繕おうとしている。気が付いて口を閉ざした。
列車はまだ不滅の大森林を走り続けている。




