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古都大陸ーーその名の由来はかつて存在した世界最大の国家に因んだものとなっている。
その国家の名はレンレセル。その国は機械文明を築き上げ魔導兵器によって周辺地域の霊素獣を駆逐しその戦力を以てレンレセル外における各自治体への交通網を整備し国家の力そのものである通貨を流通させ比肩するもののない勢力を獲得した。
その栄華は永遠に続くと思われたが、栄枯盛衰の理はそれを許さなかった。
ある日、レンレセルを中心に四方数百キロに及ぶ森が突然出現した。この森は極めて霊素が濃く到底人が住む環境に適したものではなかった。数日と経たない内に無数の霊素獣が跋扈し外からレンレセルへ入ることは難しくーーいや、不可能となった。反対にレンレセルから出てくるものもなく、その断絶は十年以上にわたり、ようやくレンレセルへの侵入が可能になった頃、既にかつての都の姿はなく、無惨に荒れ果てた無人のゴーストタウンと化していた。
このような場所に人間が住める道理もなし。このまま打ち捨てられ忘れられていくだけかと思われたが、この環境をこれ幸いと利用するものたちがいた。魔術師である。
「以降、魔術師はレンレセルを自らの土地と宣言し住んでいる、というわけだ」
ひどく眠たい。長旅のために個室化され閉鎖的な客席、薄暗い車内、規則正しい列車の振動、そして音。加えてアレクトの催眠術じみた授業の声がキーアの脳を気持ちよく揺さぶって瞼を重くする。
ウトウトと船を漕いでいると後頭部を壁にぶつけて大きな音がした。
「う……いったー……」
「おやおや、大丈夫かい?」
ニヤニヤと皮肉めいた声がする。アレクトは人間ではないが人間みたいに表情が豊かでともすれば見た目を忘れてしまいそうになる。
列車はまだ森の中。代わり映えのしない景色に暇潰しをとアレクトが授業を始め、ついウトウトとしていたらこれである。頭を撫で擦りながら窓の外を窺い見るが、一向に代わり映えのしない深緑の闇であった。
「……何でこんなとこに住むことにしたんだろね。昔の魔術師は」
「当時の記録は大雑把にしか残っていない。暗黒時代がそれから数十年後に始まって粗方失伝してしまったからね」
「暗黒時代……習ったとは思うけど全然覚えてない……」
「キーア……」
呆れたようなスオの目付きにさすがにばつが悪くなったのか目をそらす。
「暗黒時代っていうのは魔術院に何らかの極めて重大な事態が発生して当時の記録が軒並み処分されてしまったっていう時代だよ。外国の資料からこの当時魔術師が暴れまわっていたらしいことだけ分かってる」
「ええ……今じゃ全然想像できないね……」
「この時代があったから魔術院の規律は極めて厳しく取り締まられ今のようになったと言われているんだ」
カウツを一人で訪ねた時の事を思い出す。あの時カウツは魔術を取り上げられ普段から施している肉体強化の魔術が使えず難儀しているようだった。
ーー当たり前だろう……使い方一つで怪我人どころか死人が出るんだから……制限もかけずに放置していては……魔術師を統制している意味がない……ーー
レンレセルでも犯罪はある。しかし魔術を使った犯罪はあまり聞かない。小手先の魔術は使っているかもしれないが、魔術を使った殺人や放火、その凶器として魔術が使われることは聞かなかった。使わないのではない。使えないのだ。
「なるほどね……でも、その頃に暴れまわった人達ってどうなったの?皆捕まったの?」
その言葉に首を振ったのはアレクトである。どこか懐かしい出来事を語るように口を開いた。
「いいや。いくらかは捕まったけど、大半はレンレセルに帰らず外で生きていくことにした。彼らは魔術院に対して離反した後、組合という組織を作った」
「組合?」
「魔術師に対して自らの法で以て活動する。魔法使い組合。好き勝手やりながら、ただし生き残るために作り上げた組織だよ。その子々孫々が今以て活動している」
「ええ……何で?子供達にまで魔術を教え込んで何かやりたいことでもあるの?」
「さあ。世界征服でも企んでるんじゃないかな」
カラカラと笑うが、いくらなんでも子供じみた答えだとキーアには思えた。とても本気では言っているとは思えない。
その時である。コンコンと扉を叩く音がした。
「失礼、乗車券の拝見に参りましたよっと。扉を開けてくんなせえな」
仕事意識の低い弛んだ声がした。やる気というものが微塵も感じられない。怪しいものだが、スオは気にならないのか気にしないのか声に応えて扉を開いた。
そこに立っていたのは黒いロングコートに身を包んだ若い男だった。墨を被ったような艶のない黒髪で気だるげな目元がいかにもだらしない印象を与えるが体は大きくスオより頭ひとつ背が高い。
「戦団の……?」
スオがいぶかしむように眉をひそめると、男はわざとらしくおっと等と口にした。
「人手不足でねえ。暇してるんなら働けってケツを蹴られたからひいこらやって来たわけよ。優しくしてくれな?」
「はあ、そうですか……キーア、乗車券だって」
促されて乗車券を出すとスオに渡す。二人分の乗車券を確認して男は「確かに」とにんまりとした笑顔を浮かべた。




