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レンレセル港駅。レンレセルを入出国するための魔力列車が発着する唯一の駅である。一般客が乗降するホームは一つしかないが線路は十列以上にも及び複数の魔力列車がその上に磨きあげられた車体を並べている。これらの列車はそれぞれが国内の各路線に向けて運用されるものや点検などに際し使用される予備の列車である。その形状は同型のため同じではあるがその中で幾つか違うものもあった。
ホームに並ぶ列車は他の列車に比べて装飾が凝っており傍目から見ても豪華に思われた。
そんな車両にこれから乗り込もうと家族友人知人仕事仲間に見送られる人々でごった返す中にキーアとスオ、その友人たちがいた。
「キーア、体に気を付けてね。変なもの食べちゃダメだよ」
「怪しい人についてったりするんじゃないよ?世の中にはワケわかんない奴いっぱいいるんだから」
「困ったことがあったらスオに相談しなよ?一人で悩んでるよりは絶対マシだからね」
「分かってるよ。ありがとう」
口々に注意をしてくる友人たちに苦笑しながら別れを惜しむキーアの手を強く握る手があった。イーチガの手だった。
「約束したからね。ちゃんと帰ってきてね」
「……うん。そうだね」
歯切れの悪い言葉だった。先程とはまた趣の違った笑みが張り付いていた。少し悲しげで、どこか申し訳なさを感じているような笑みだった。
その様子が何か琴線に触れたのか、わっ、とキーアに友人たちが抱き付き声をあげて鳴き始めた。
「まるで今生の別れみてーだな」
女性陣の愁嘆場じみたやり取りを眺めながらバッツが呆れたように言う。
「ははは。彼女らには彼女らの流儀があるのさ」
「まあ、見てると面白いよね。文化の違いを感じるな!」
シーマとワジの二人も来ていた。男どもの雰囲気は女子勢とくらぶべくもない淡々とした有り様で、何とも甲斐のない様子だった。
もっとも、それで見送られる側のスオが不満げかといえばそんなわけもない。
スオの視線はキーアに向いている。その目は不安そうで子供を見守る親のようでもあった。その頭にポン、と軽く叩かれた感触がした。
「こら、スオ。今は君も見送られる側なんだからそんな面して女を覗き見るような真似してるなよ」
人聞きの悪いことを言い出すのは肩に乗るアレクトである。
「変態みたいに言わないでくれないか。俺はただ……」
ぐだぐたと反論しようとするスオを遮ってあーあーとバッツが声をあげた。
「お前がああだとかこうだとかどうでもいいわ」
「いや、よくはないんだけど」
名誉のために訂正しようとするスオの言葉を、しかしバッツは聞く耳持たない。その表情はいかにも不満がありますと言わんばかりだ。
「しっかしテメエマジで一人で霊素獣倒しやがって。俺と組んでた時は手え抜いてたんかよ」
じろりとねめつけるバッツの視線にスオは一瞬言葉をつまらせた。
「そうじゃないよ。あれは……」
「ま、わかってるわ。どうやったのかよく分かんねえけど尋常じゃなかったからな。尋常じゃねえってことは尋常じゃねえ手段なんだろ」
「……」
「まったく、何の参考にもなんなかったぜ」
「ごめん」
「仕方ねえ。もう謝んなよ。マジで」
そんなやり取りにふむ、と鼻を鳴らすのはシーマである。
「色々あるのは察した。私も少し気になるが触れないでおこう。それよりスオ、カウツさんは見送りに来ないのかな?」
「師匠は忙しいし、体も弱いし、来ないんじゃないかな……」
「さすがにそんな薄情なつもりはない」
弟子の無理解にいかにもがっかりしたように声は響いた。突然の声に驚き皆の視線が声の方に向いた。そこには金色の槍がふよふよと水に浮かぶブイのように佇んでいた。
槍からほどけるように青色の光が漏れでるとそれが巧みに絡み合い立体図を作り魔術図形を完成させた。恐るべき精緻さで組上がったそれは最早芸術品のようで無闇に触れることは許されないように思えた。しかし図形は一際強く輝くと消滅し代わりに白いロングコートに身を包んだ痩せ細り不健康そうな男が現れ出でた。
「まったく。俺をなんだと思っているんだ」
不服そうな表情を隠さないカウツではあるが、その非常識な登場にその他の面々はあんぐりと口を開け驚きを隠せずにいた。
それは通常のものとは違う特殊な空間移動魔術だった。その複雑さ故に使用者は数限られた者しかいない。それをこうも気安く使ってのけるのだから驚くのも無理はなかった。
とはいえ二人と一匹の例外はいる。
「師匠、いきなり現れないでくれ。びっくりするじゃないか」
呆れたようにスオが。
「師匠、お見送りにも入場券いるんだよ。不法入場じゃないの?」
走りよって叱るようにキーアが。
「カウツ、そうやって横着ばかりしているから弟子からイマイチ信用されないのではないかな?」
楽しそうにアレクトがそれぞれ口にした。
「お前ら、散々に言ってくれるな。お金は後で払います」
やや痛いところを突かれたように冷や汗をたらすカウツ。改めて周囲を見渡し集まった面々に頭を下げた。
「お前たちも、こいつらの見送りに来てくれたんだな。ありがとう」
「い、いや。友人ですから」
いち早く硬直から脱したシーマが少し舌の絡んだような口調で言った。
「そ、そうっすよ!何か頭とか下げられるとビックリするっていうか……!」
ワジもまたわたわたしながら言う。
女性陣は遠巻きに見るしか出来ずにいるし友人たちの慌てふためいた様子にキーアの理解が及ばない。そうした様子を悟ったのかスオが耳打ちをした。
「師匠はあれで魔術院の歴史に残る天才だからね。魔術史や各魔術論の教科書にも載ってる偉人だ。面識が少ないと緊張もするさ」
知識としては何となく程度には知っていたがここまで緊張するような相手だろうかとキーアは不思議だった。被保護者としてはちょっとだらしないところのある身近な男の人でしかない。
見るとバッツは然程緊張した様子は見られなかった。
「バッツは俺と一緒に何度か会ってるしね。それに……」
「スオ」
更に続けようとしたがカウツから声がかかった。
「はい」
「正直に言って、お前があそこまでするとは思わなかった」
「……」
「だが、だからこそか。お前の本気もうかがい知れた。最早何も言うまい、だ。精々キーアを守ってやれ」
「……はい」
「で、キーア」
「うん」
「何を選ぶにしてもお前の選択を俺は尊重しよう。お前は何も心配することはない。帰ってきたいと思ったら気がねなく帰ってこい」
「……うん」
「これは餞別だ」
そう言って手渡したのは厚い布の鞘に収まった一振りのナイフだった。
「あ、ありがとう師匠」
「そしてアレクト」
「ああ」
「こいつらを頼んだ」
「任された」
大きな音をたてて魔力が煙突から吹き出した。出発までもう間もない合図であった。
「時間だな」
「うん。それじゃ、行ってくるよ皆」
「おう。お前の事はともかくキーアの事は守ってやれ」
「勿論だ」
「……ったくお前もだ。ちゃんと戻ってこい。帰ってくるまでに俺も霊素獣ぶっ飛ばしとくから」
「キーア!気を付けてね!病気とかしたら大変だからね!」
「うん。皆も体を大事にしてね」
二人と一匹が列車に乗り込み、扉がしまる。客室の窓から手を振ってやがて列車が森の中に消えていった。




