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二人と一匹は魔術院に着くと、講師塔へ向かった。スオの肩にへばりつくように、あるいは干された布団のように脱力した様子のアレクトはともかく、スオの方は少し緊張している様子が横目に見るキーアにも伝わってくる。
師匠であり保護者であるカウツに勉学を放り出してキーアに付いていくと報告、あるいは許可を請うのはいささかなりとも心苦しいものがあるのだろうか。
……魔術院に来るまでにバスを使ったが、停車ボタンは何も言わずにスオが押した。当然と言えば当然である。それでなくても、スオはキーアに対して気を使う。魔力反応を用いたものでなくても率先して扉は開くし荷物は持とうとする。
それは過分な気の使い方にも思えて、ほんの少し悔しかったり情けなさを感じもするが、それ以上に嬉しいことであり、助かることでもある。
スオがいるといつも助かっている。これは紛れもない事実で、スオが横に居るのはとても心強くもある。
だからこそ複雑だった。
「ん?」
スオのどこか間の抜けた声がしたので前を見ると、何やら二人の男が面と向かって話をしているようだった。一人は白、一人は黒いロングコートを着ている。
共に赤い髪をしていた。
それはよくよく見ればバッツだった。一瞬、スオが顔を強張らせる。が、相手にしている男を見て困ったような表情を浮かべた。その百面相の理由がキーアには分からなかったが、話を終えたのかバッツをその場に残し戦団の男が二人の方へやって来る。
とはいえ、二人に用事があるのではないだろう。二人には目もくれず歩き去っていった。
「バッツ」
取り残されたバッツは薄く目を閉じ、歯を食い縛っているようだった。どんな会話をしていたのかはキーアには察することも出来ない。が、スオは違ったのだろう。やや固い声で呼び掛けると歩調を早めて近寄った。
「スオか」
「今のは、お兄さんだったね」
「ああ。まあ、大した話をしてたわけじゃない」
「……そうかい」
何を言われたわけでもないのにそう断る辺りにただならぬものを感じるが、スオは特に突っ込むことはしなかった。
「それはともかく」
誤魔化すようにバッツが言う。
「夫婦揃って今日はなんかあったのか?」
『だからそんなんじゃないって』
声を揃えて否定する二人の姿に苦笑するバッツだが、どこか力ないものを感じ、スオは口許を頼りなげに動かして何事かを口にしなければとしていたが、アレクトの肉球を頭にふんわり押し付けられ仕方なげに頷いた。
「バッツ、悪いけど今から師匠に会いに行くんだ」
「おお、まあ、そうだとは思ったけど。後で落ち合うんでいいだろ?さっさと合格したいしな」
その言葉に、スオの顔が陰る。
「……その件についてだけど、話したいことがある」
「……?分かった。どこで落ち合う。食堂でいいか?」
「うん、それで頼む」
何も知らないバッツに、これから言いにくいことを言わなければならないスオの自業自得にキーアの心持ちは複雑である。スオが自分についてくる選択をしたからそんな事になっているとも彼女には思えてしまう。それを気にする必要なんてないと他人事なら言えるのに、事、自分の話となれば気に病むのだから不器用が過ぎる。
バッツと別れカウツの研究室まで来ると二人と一匹でやって来たのを師は目を細めて迎えた。
「……まあ、何だ。多分お前がそう言い出すのを俺は分かっていたんだが、本当にお前はキーアの事が大好きだな」
「……家族だから、当然だろ」
「そうだな。だが、お前はそれで全てを認められるような何者かではないんだから自分の進退について周囲に気を使わせるような真似は許されないぞ?」
……今のカウツは昨日に比べて随分と体調が良いようだった。言葉に淀みがなく諭す言葉に無視できない重みがある。
だからか、スオのこめかみに一滴の汗が光っている。
「わ……分かってるつもり……だよ」
「知ってるよ。その上でお前は他の何を犠牲にしてもキーアを選ぶ。だが、そういう暴走をどうにかこうにか止めてやるのが俺の役割だ」
「……具体的には?」
「第三段階霊素獣の討伐要項だが、お前、あれを一人でクリアしろ」
「……っ!」
「第三段階すら己の力だけで倒せないような奴がついていった所で何の力にもなれないだろ。せめてそれぐらいしてみせろ。そうしたならお前の出国許可を出そう」
それは、事実上の不許可であった。霊素獣の試練を一人でクリアすることは出来ないと言ったのは他ならぬカウツである。
それでもなお、スオは引き下がるわけにはいかない。
「分かったよ、一人でやってみせればいいんだろ?」
「ああ。それが出来たなら出国許可を出してやる」
どこか突き放すようにも聞こえるカウツの言葉にスオは踵を返して部屋を出ていった。慌てて肩から飛び降りたアレクトを抱き止めようとしたがキーアの伸ばした手にギリギリ引っ掛かるくらいに飛び込んだため危うくキーアまで倒れそうになったが何とか踏みとどまる事ができた。
「おおっとキーア助かったよ」
「ふう、スオったら乱暴なんだから……」
「はっはっは。まあ、とりあえず机の上にでも下ろしてくれ」
言われるがままに下ろすと、机の上にアレクトの小さくも、しかし机の上にあっては主張の激しい色味と体積はさすがに異質だった。
「さてカウツ、ここに来た理由は分かっているだろう?」
「勿論だ。調整についてだろう。数日かかるが準備はいいのか?」
「ああ、やってくれ」
「分かった」
トントン拍子で話が進むがキーアには何の話かさっぱりである。
「調整って何をするの?」
「このアレクトをお前についていかせるわけだが、このままでは単なるマスコットにしかならないだろう?お前の旅路に役立つように調整をするんだが……まあ、その詳しい中身は追々コイツ自身に聞くといい」
詳しい中身は説明を聞いた所で理解できない予感があった。
しかし、
「と、いうことは私はしばらくお家に一人きりだね」
他愛ないことに気が付いて、ふと口に出していた。
スオはきっと魔術院にこもりきりになるだろうし、カウツが帰ってくる暇はないだろう。その上でアレクトがいなくなるというのはそうそうない状況だった。
ふむ、とカウツが鼻を鳴らす。少し考えを巡らしているようだった。
「寂しかったり心細いようなら友人でも呼びなさい」
「そういうわけじゃないよ。ただ、本当に何の気なしにそう思っただけ」
「そうか。それならいいんだが、お前はもう少し我が儘を言ってもいいんだぞ」
「……私は何も不満なんかないよ、師匠」




