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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
魔王大征伐
112/189

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そしてその朝が来た。


人々が起きてこれから一日が始まるといった朝方に、大聖堂の周辺では総出で掃除が行われ常になく妙な賑わいを見せていた。


修道服に身を包んだ人々が箒や火ばさみにゴミ袋を手に忙しなくあちこちを掃いている。


アークティーアは清潔な街である。もとからゴミなどそんなに落ちてはいなかったし日々清掃員が片付けているので神経質になることもないのだが、上から御触れが出回りこの運びとなった。


聖歌隊も例外ではなく彼女らも道具を持って繰り出していた。


「ふう……自分達で自分達の街を清掃するのは気分がいいものですね」


落ちた枝葉やどこからともなくやってきた何かの破片などを回収して綺麗になった風景を眺めると確かな達成感があった。一段落したこともあって銘々に会話に花を咲かせていた。


「なんでも魔術省の大臣がいらっしゃるから清掃をしなさいということらしいのだけれど、折を見てまたこうしたことはしてもいいかも知れませんね」


「そうですね、今後の活動に入れてもいいかもしれませんね」


「それならケレブリアンさんにもご相談したいですね……そういえば今日はまだお見かけしてませんけれどご存知ですか?」


「いえ……私も見ていませんわ。そうだ、エオメルくんなら知っているかも」


そうして視線を向けた先にエオメルがいた。呼びかけると、小走りでやってくる。


「ケレブリアンさんですか?いえ、僕も見かけていませんね」


エオメルはそう答えながら先日の様子を思い出す。詳しい事情は聞かなかったが明らかに情緒不安定になっていた。なんとなく、嫌な予感がした。


「あら……そうなの。どうしたのかしら」


小首をひねるようにして話しているとその輪の外から声がかかった。


「ケレブリアンさんをお探しですか?先程大聖堂に入っていくのをお見かけしましたよ」


「そうなんですか……最近のケレブリアンさんは体調が優れないようでしたからお休みになってるのかもしれませんね」


「それなら僕が様子を見に行ってきます」


まるで飛びつくように手を上げてエオメルはそう言った。


「そう?それならお願いしようかしら。お加減が悪いようなら、付いていてあげてね」


「はい」


頷くと大聖堂へとエオメルは向かっていった。


人気のない大聖堂の内部は冷たい気配がした。人がいないというだけで死体のようにすっかり体温が消え失せている。まるで廃屋のように思えた。


どこを探す。考えるまでもなく足は自然と中庭に向かっていた。先日の出来事が印象に残っていたからだった。


果たしてそこにケレブリアンはいた。遠目に見つけた彼女は険しい顔をしていてエオメルに気がつく様子はなかった。


だからかエオメルもまた声をかけられなかった。


さしたる理由もなく姿を隠す。何故だか見つかってはいけない気がした。息を潜め様子をうかがっているとケレブリアンがしゃがみ込みモグラのように地面に吸い込まれていった。


「は……!?」


信じられないものを見た驚きで思わず声が出る。急いで駆け寄ってみると地面に穴が空いていた。そしてその穴が石臼を引くような音を立ててスライドしてきた出てきた地面によって塞がっていく。


穴はそうとわからぬようすっかり消えてなくなり、残されたエオメルはその跡を撫で擦り調べてみるが微塵も動く様子はなかった。


少し考える。ケレブリアンが何をしようとしているのか、あるいは何に巻き込まれているのか。


追うべきか追わざるべきか。判断出来る材料があまりに足りなかった。


それでも思い出されるのは、嘆き悲しみ縋り付くように謝ってきたケレブリアンの姿だった。


その記憶が躊躇を取り払った。間違っていたなら後で謝ればいい。そう心に決めると拳を振り上げた。




神殿の一角で晴れ渡り、雲一つない空を見る船渠長キーアダンのしわだらけの顔は表情をうかがいにくい。


しかし、どうにもこの節目を喜んでいるようにも楽しみにしているようにも見えなかった。さりとて内に秘めた怒りがあるとしてそれは出ていなかったし、力不足を嘆く悲哀もまた表面上には現れていないように見えた。


どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出すその老人に声をかけるのに躊躇いを覚えるものもあるだろうが、足音を高く鳴らし近づくその男はそういった遠慮とは無関係のようだった。


「ご機嫌麗しゅうございますか、船渠長」


声をかけられたキーアダンは振り向きもしない。ただ、叩いたら砕けそうなひびだらけの口をゆっくりと開く。


「……ご機嫌よう、教導。本当に」


その返答に、アラタールはうっすらと笑みを浮かべる。滲み出る喜色の気配に隠しきれない期待が見えた。


「余の代にて一つの区切りを付けることが出来る僥倖に打ち震えております。これも偏に船渠長のご尽力によるものと……」


「冗談はよせ……」


恭しく頭を下げるアラタールにキーアダンはどこか苦々しく声をかけた。


「拙僧は何ら寄与してはおらぬ……成し遂げたというのならそれはそなたが励んだからだ……」


「勿体ないお言葉です」


「……」


教導であるアラタールはキーアダンより権限を持つが、その権威に関してキーアダンが積み上げてきた歴史と船渠長という教会にあって特殊な立場に一定の敬意を示すのはおかしな話ではない。しかし、これはいかにも慇懃無礼に取られても仕方がなかった。


そんなだから言葉を交わすのにも体力がいると言わんばかりにキーアダンは軽い嘆息を混じえ押し黙る。その横に立ったアラタールはキーアダンの視線が望む先を確かめるように空に目を向けた。


「御子はいずこに?」


「既にヴィンギロトの祭壇に……」


「そうですか」


そこから少し言葉が途切れる。小鳥のさえずり風の草木を揺らす音に人々の忙しない生活音。その間隙を縫うように声をかけたのはやはりというべきかアラタールの方だった。


「罪悪感を感じておいでですか」


「ない……とは言えぬな……しかし、拙僧には止められぬ……」 


「人は為したことに対して責任を持たねばなりませんが、この場合それは不敬とも取られかねませんな」


「……」


「ご安心召されよ。呪いあればそれは余が一身に引き受けまする」


そう言い残し、アラタールは去っていく。


それを見送ることもなく、キーアダンはひたすらに空を眺めている。老いた視界がどれ程のものを見通せるのか、それは当人にすらようとしてしれない。


「烏滸がましい……」


空を眺め、誰ともなく誹るキーアダンの声は虚ろに溶けていった。


一方アラタールはヴィンギロトのある船渠へと向かっていた。神殿は大雑把に工房、船渠、聖殿に別れる。方舟が安置されているのが聖殿となり、これを最奥にヴィンギロトの置かれた船渠、工房と繋がっている。


聖殿は方舟の他にある程度の居住区画が存在する。元々ここをベースに拡張され出来上がったのが神殿という経緯である。


……元々は、方舟のために建てられ、それで完結するはずの建築物であった。それがこうまで継ぎ接ぎされ神殿と呼ぶには油臭くなりすぎたのは人間という生き物が結局神には到底及ばない存在だったからだ。


人間には壊れた方舟を修繕することが出来なかった。


だが、それは至極当然のことであった。創造主の偉大さに矮小な人間ごときが敵うはずもない。だからヴィンギロトが必要になったのだ。


それに対してアラタールが思うところはない。いずれにせよ、しなければならないことは変わりがない。そのために必要なことを粛々と進めればいい。それだけの話である。


そしてそれは、組合についても同じことであった。


広々として、しかしどこか迫っ苦しい空間に出る。その空間の多くは一つの巨大な建造物で占められていた。


それは方舟によく似ていて、しかし一回りも二回りも大きい。その巨体の周辺を大勢の人々が囲んでメンテナンスチェックを行っていた。


彼らの大勢は円環派と組合及びカニス派の魔術師である。方舟派にはこれに関わらせられない事情があった。


その様子を横目に簡素な階段を上がりキャットウォークまで上がる。


船渠を見下ろすキャットウォークには三人の男と一人の少年がいた。


顔に裂傷のある男、クロス・セージ。


不機嫌そうに顔を歪める男、マギ。


そして筋骨隆々とした体躯の深緑のジャケットにファーの付いた服装の男。ビチューと中庭で会話をしていた獣の如き容貌の男がいた。


「……よう、教導殿。この度はお招き頂きありがとうさん」


噛みつきそうな凶暴な笑みを浮かべ、何ら敬意の感じられない言葉を口にする。アラタールはそれを気にした様子もなくこくりと頷いた。


「よく来てくれた。ガトー・レン組合長殿」


「フルネームで呼ばれるのは気持ちが悪いな。まるで確認されてるみてえだ」


「そうか、今後は気をつけよう」


そうは言いつつ特に気にした様子もなくガトーから視線を外すと少年に目を向ける。クロスが保護するようにその肩に手を置いている。そうされていることにどういった感情を持っているのか、生気のない目をしていた。


色々なことを諦めている目だった。既に終わっている人間の顔だった。そこに立っているのは少年だというのにそこにいる誰より先のない老人のようだった。


黒という名が彼の未来を表しているようにアラタールには思えた。


まだ、彼の命数が尽きたわけではない。奇跡的に生き残る可能性もないわけではない。しかしそうした幸運を望むなら少年には覇気が足りていない。


生きたいと願いながら生きようとしないものがどうして命を長らえようか。一時の幸運に身を任せてもその後が続かない。生命は絶えず降り注ぎ流れ来る運命との戦いだ。その背中を叩いてそう言ってやろうかとも思う。


だが、それを出来る程に恥知らずではない。黒の、彼自身のためには落ちなくてもいい千尋の谷に突き落とそうとする身分で言って良い訳が無い。


少年から目を離す。もう見る必要がなかった。


「試運転は魔術省大臣の到着を待って行う予定だ。正午前後には着くと見られる」


「随分待たされるな」


「本来はもっと早かった。列車が霊素獣と遭遇したらしい」


「仮にも魔術師だろうが。自分の足で来ればいいだろうに」


吐き捨てるようにガトーが言うとアラタールは軽く笑った。


「そなたらとは違うのだろう。基本的に人を使うのが彼の人のスタンスだからな。運動不足なのだよ」


は、とため息にも似た笑い声がする。誰の耳にも届かないような小さな吐息で、クロスの口元が皮肉に歪んでいた。


それを見咎める者はなかった。



神殿の入り口で黒いコートを着た二人の男が何かを待ち構えるように立ち尽くしていた。勿論カウツとビチューの二人である。


大聖堂と違い、神殿周辺には人がいない。意図的に人払いが行われていたからだ。


二人がここにいる理由は魔術省の大臣であるシムを迎えるためである。これ自体はレンレセルを出る前から指示されてはいた。


命令はトトミーを経由して魔術省大臣による要求という形で行われた。カウツにはその理由を察することが今なら出来た。


「俺たちに余計な真似をさせないためだったんでしょうね」


ポツリとカウツが呟く。それを受けてビチューが頷いた。


「おそらくはそうでしょうねぇ。よもやまさか精霊を連れてきているなんて思っていませんでしたからねぇ。カウツくんはどうですか?」


「……ヴィンギロトの仕様を見た時に莫大な魔力が必要なのは見て取れました。これをどう補うかは精霊を使う可能性も考慮してましたが、それでは霊素そのものが足りない。だから魔力を蓄積して起動する方法が一番確実だと考えてはいました。まあ、それも幾つかの問題がありますが……」


精霊は莫大な魔力を精製できるがそのためには莫大な霊素が必要となる。人間が生活するのに不便のない環境ではこれを調達するのは少し難しい。そしてヴィンギロトはアークティーア内にあるのだから精霊を使う可能性は低い、そう考えていた。


しかし、現実に精霊はこのアークティーアに来ている。そして実際にどのようにして霊素を用立てるのかも聞いた。聞いてしまった。


霊素獣を使用して魔力を精製する。


それを聞いた瞬間に怒りのあまり狂いそうになった。今すぐ飛び込んで滅茶苦茶にしてやりたくもなった。


だが、そうは出来ない。既に取引は成されてしまった。カウツの一時の感情でそれらを台無しには出来ない。今も沸々と湧き上がってくる感情がある。じんわりと汗をかいているのは焦りのためだ。


誰かが消費されるように死ぬかもしれない。それは恐ろしくて恐ろしくて直視できない現実だ。今すぐにでも阻止しに行きたい。だが、手筈は既に整っている。それを待つ他ない。


「緊張しているみたいですねぇ、カウツくん」


ビチューの声はまったく揺らぎがなくて平静に思える。その冷静さに少しだけ腹立たしいものを感じるが、それが八つ当たりだと理解していた。


「……はい」


「君がアークティーアまで来た理由、それは精霊を助けるためですか?」


「何故、そんな事を聞くんですか」


「君が精霊だから同じ精霊を助けたいというのは分かります。でも、君の取った手段は些か常軌を逸している。不意打ちにも等しい強硬手段に力技みたいな交渉の取り付け方。自分の身を省みない自爆のようなやり方ですよ。これで終わりでなければやりません。精霊を助けたいならこれからも続けなければならないのに」


「似たような事、最近言われました。生き急ぎすぎで恥ずかしいから止めろ、と」


「おや、そうでしたか。じゃあお説教はしなくても大丈夫ですか?」


「説教するつもりだったんですか?」


「そうですね。君にはどうも死相がつきまとっている気がしましたので。ここで死ぬつもりではないかと勘繰っていたんですよ」


「……死相ですか」


頬を撫でる。痩せて骨張った体だ。頬骨が皮膚に張り付いているような感触がした。


ケタケタと笑い声がして反対の頬が叩かれる。


「まったく、上手く隠せてるつもりでいたんだろうがバレバレだったという話だよカウツ!」


「別に進んで死ぬつもりなんてなかったよ」


アレクトのからかいに仏頂面で反論する。


「どうだか。いずれにせよ早まるんじゃないよ君はまだまだ子供なんだから」


「そこまで言われるほど子供か俺はーー」


思わず声を大きくして文句を口にしようとしたその時、神殿の方から何かが壊れるような大きな物音がした。


一斉に二人が振り向く。神殿の船渠にあたる場所から天井を突き破り赤い魔力弾が撃ち出されていた。


「あれは……」


「聞いていた合図とは違いますが、何事か起きているのは間違いないでしょうね。さて、どうしましょうか?」


一瞬の逡巡があった。しかし、すぐに答えは出ていた。


「行きましょう」


「そうですね」


短いやり取りを済ませると二人は神殿に向かって駆け出していた。

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