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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
魔王大征伐
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話し合いはその後、アレクトを仲介した通信により魔術院上層部を交えたものとなった。


それも終わり、解散の段になったところでクロスがビチューを呼び止めた。


「お久し振りですね。よもやこんなところでまたお会いすることになるとは思いませんでしたが……」


「……ええ。いえ、俺はなんとなく予想出来ていましたがそちらは確かにそうでしょうね」


微笑むビチューにクロスは自身の顔を縦断する裂傷をなぞった。


「二十年にもなりますか。この傷を頂いてから色々とありました」


「いやぁ。その節は……」


臍を噛むように冷や汗を流しながら苦笑いする。


それを見てクロスはとびっきりの悪戯が成功したように破顔するが、口元に手をやると二度三度と首を振った。


「責めてはいませんよ。いえ、これのおかげで私は身の程を知りましたし目が覚めました。今となれば私にとって望外の授業料でした」


許しを得てもビチューの顔はどこか引きつったままだ。何気なく腰に手をやる。若気の至りが過去から追いかけてきたようでどことも言えない臓器が傷んでいるような気さえした。


「君が穏健派をやっているというのは聞いていました。それが俺による影響だというのはさすがに考えていませんでしたけどねぇ」


困ったように言うビチューから目を離し、空を仰ぐ様に室内の天井の一点を見る。そこに何があるわけでもない。今ではないいつかに想いを馳せるのに二十年という時を重ねた男の姿は邪魔だっただけだった。


「あの頃の私は若く、万能感に溢れ世界というものが狭く見えていました。現実はこんなにもままならない。昔も今も。そしておそらく未来においても」


「万事を首尾良く運べる人なんてそうそういませんよ」


その返答は、実に正しくクロスの考え方と同じであった。だからクロスは目を細める。


「そうでしょうね。だから私は折れましたがガトーは違う。あの男は、私と同じように貴方に敗北し叩きのめされその上で折れずめげずひたすらに邁進していった。その結果が今のアイツです」


雷光は天より来たりて、しかし天へと昇る。傍観者が足踏みしている間に鮮やかにどこまでもどこまでも奔っていく。それを後ろから眩しく眺めている目であった。


「……君も穏健派のトップじゃないですか」


否定のために首を振る。客観的な認識と個人の真実には時に残酷な乖離が生じる。その間に横たわる事実がなんであれ、触れ得ざるそれは心を慰めない。


「私は空いていた椅子に座らされただけです。貧乏くじみたいなものですよ。ガトーは自ら望み、求め、争い、勝ち得ました。アイツの今やっていることに私は手放しで賛同できませんが、それでも私はあの男のバイタリティには敬服せざるを得ません」


「……確かに。一つの組織の長となるには君らは若すぎる。しかし、それを為し得たのだからその苦労は推して知るべしといったところでしょうねぇ。俺には無理です」


「栄達するだけが人生ではありませんよ。人生の在り方はもっと豊かで幸福の形は千差万別でしょう?」


奔れなくなった男が地についた答えを口にする。二児の父たるビチューは大いに頷いた。


「……ええ。その通りですねぇ。ただ、ガトー君はそう考えてはいないようでしたが」


クロスが目を瞠る。


「あれと話しましたか」


「先日、少しだけですがねぇ」


ビチューは壁に背を預け嘆くように息を吐き出す。分かり合えなかった記憶が妙に重く感じられていた。


クロスは視線をそこから外し独りごちるように口を開いた。


「ガトーは視野狭窄に陥っています。しかし、その見ている絵図に賛同する者は多い。あれは突き進むでしょう。多くの者を巻き添えにしてどこまでも。しかしその過程であいつには乗り越えなければならないものがあります」


「はあ……まさかとは思いますが」


眉をひそめ、嫌な予感を冗談めかして避けようとするがそれは叶わなかった。クロスは視線をビチューに戻し小さく頷いた。


「ええ。ビチューさん。貴方です。あの男は貴方を超克する必要があると考えているはずです」


顔が引きつる。組合長ともあろう者に子供のような意地の張り方をされて言葉を失いかけていた。


「それは光栄というかなんというか……」


「迷惑でしょうが、どうかあの男をお願いします」


頭を下げる組合本部長に一介の戦団員に過ぎない男はいよいよ困ってしまった。行く先を知らない視線をどこそこへと彷徨わせて痒くもない頬をなぞるようにかいてやる。


呼吸の仕方を忘れる前に息を吸い込み吐き出してやると自然と言葉が出てきていた。


「まあ、よしなに取り計らいましょう……」


全くそのあてもない事を口にすると肩が重くなって沈み込んでしまった。


そんな会話が行われていることは露知らず、カウツは神殿内の研究施設に戻っていた。


世の中は粛々と個々人の事情を気にせず回転する。カウツが裏でコソコソと何をしていようがそんな事は知らないと研究者達は各々の作業に勤しんでいた。


その中で彼女は少しだけ事情が違ったのかもしれない。どこか難しい顔で自身のデスクに住み着いているトーカがいた。


「トーカ」


声をかけるとトーカは愉快でない顔をしながら振り向いた。その感情の理由がどこにあるのか分からないカウツは少しだけ怯む。


「……ありがとう。問題なくこちらの話は済んだよ。助かった」


「そりゃ良かったね。まあ、アタシは大したことしてないんだけどさ」


「そんなことはない。お前が渡りをつけてくれたからスムーズに事が進んだんだ」


「いやねぇ……本当に大したことしてないのよ」


重い重い吐息を漏らして億劫そうに一枚の紙を取り出す。カウツが渡した小切手だった。


「少なくとも、こんな金貰っていいほどには仕事してないのよ、アタシは」


そこに書かれた数字の重さを感じさせない質量の軽さをした小切手をひらひらと泳がせる。


「後で返せと言われても返さないと言ってたじゃないか」


「言ったよ?言ったけどねえ、アタシはやっぱり金ってものにただのサービス引換券以上の価値を見出してるって分かったのよ」


「それで?」


何を言いたいのか分からない。その短い問いに含まれたニュアンスを受け取ったトーカの目が怒りを湛えてカウツを睨みつけた。


「アンタは金銭ってもんを軽んじすぎてる。こんな唸るような大金を簡単に手放しすぎた。アタシはやっぱりそれが納得いかない」


「それについては説明したろうが。俺にとって重要な事は……」


「そんなのは知ってる上で言ってるのよ。アンタの大切な事のためにアンタはこの金を差し出した。でもね、普通の人間にとって金ってのは人生が買える代物なのよ。どんなに掃き溜めみたいな地獄の底にいようが金さえあればそれだけで人生は一変する。金は人生なのよ」


「そんな事は……」


「例外の話なんかしないからね。一般論について言ってるのよ。アンタが大雑把に使い捨てたものがそうしてはいけないものだってことを私は知ってる。だってそれは人生を投げ捨てる行為だからね。アンタ、生き急ぎ過ぎなのよ」


言いたい放題言われて言葉を失っていると耳元でくつくつと笑いを噛み殺す気配がしていた。


「アンタ、破滅願望でもあるんじゃないの?自罰的に見える。なんでそんななのか知らないけどやめなさいよ」


「……仮にそうだとして、何でそんなことをお前に言われなきゃならないんだ」


「確かにアタシはアンタとさして関わりのない他人だけど、見知らぬ誰かが道端で倒れていたら声をかけて助けようとするみたいに、関係ない誰かの幸不幸が常に誰の気にもかからないなんて思い上がりも甚だしいのよ。これみよがしに自傷行為してるバカが居たらアンタだって止めるでしょうが」


「俺がそんな……自意識過剰だっていうのか?」


「自覚してなかったんならこの機会に正しなさい。鼻につくわ」


一刀両断されてカウツは今度こそ何も言えなくなった。自省してみれば思い当たる節はいくらでもあった。途端に恥ずかしくなって顔が赤くなる。


そうなると吹き出さずにはいられないのがアレクトだった。傑作の冗談を聞かされたかのように笑い転げ、必死にカウツの髪にしがみつき時折頬を叩いては苦しそうに腹を抱えていた。


「あー、笑った笑った。いやー痛快だったよお嬢さん。おひねり出したいくらいだ」


「お前……」


カウツの棘のある視線もなんのその。アレクトはカウツの肩から机に飛び降りるとカウツに向かって指を突きつけた。


「いい加減、ひねくれた子供みたいな真似はやめるんだな!折角無駄に才能を持て余してるんだ。もう少し楽しそうに生き給えよ」


「お前そんなこと考えてたのか」


「十余年、付き合ってきたが一向にその陰キャ気質が治らないもんだからその内にかましてやろうと思ってたのさ。その手間が省けてよかった」


長年連れ添った相棒に思うところを赤裸々に語られてカウツは思わず口元に手をやった。


少しの間、カウツは押し黙り考えをまとめていた。言いたいことはある。ぶちまけてしまおうという気持ちもなくはない。


だが、それはあまりにみっともなくて情けなかった。確かに自分が悪いという自覚があったからだ。


喉からこみ上げてくる言い訳をゆっくりと飲み込むとトーカに向き直る。


「お前の言う通りだ。俺は確かによくなかった」


「そう。じゃあ、はい」


そう言うと何でもないように小切手を返そうとしてくる。


それをカウツは首を振って断った。


「いや、それは預かっていてくれ。授業料だと考えることにする。痛い目を見ないと人は学ばないからな」


「ふーん……」


まじまじとカウツの顔を眺めると、そのどこか憑物の落ちたような様子に納得したのか小切手をしまう。


「本当に返さないからね。ちゃんと後悔しな」


「ああ。そうさせてくれ」


困ったように眉尻を下げながら笑う。


胸の奥で痛むものを隠しながら。

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