11
夢を見た。昔の夢ではない。記憶をつぎはぎにした都合のいい妄想にすぎない夢だった。
朝なのか昼なのか夜なのか。いつものように食事を用意してテーブルに持っていくと、カウツとスオがいた。カウツは体を持ち崩しておらず、スオはいつも通りだ。
それだけではなくーーーーーがいた。
名前、名前が白くぼやけている。覚えているし口にも出した。それを認識できていないだけだ。
その顔立ちも、振る舞いも全部覚えている。だけど、この記憶は目を覚ませば失ってしまう朧気なものだった。
皆で仲良く食卓を囲む。それは幸せな夢で、あり得ない風景だった。
何故、あり得ないと思うのか……知っているのか。それもすぐに忘れてしまう。
ただ、この夢が幸せなものであったこと、忘れてしまった誰かのことをキーアという少女が大切に思っていたことは忘れない。
そうして目を覚ます。
開けっぱなしの窓から風と、陽光が射し込んでいた。ゆっくりと体を起こすと頬を伝うものがあった。ポタリポタリと枕を濡らす。
枕を濡らす理由は忘れてしまったが、旅立つ理由はそれに他ならない。
一際強い風が吹き、カーテンが波打つ。外の風景を一瞬隠したその後に、一匹のウサギがちょこんとそこに立っていた。
「おはよう、キーア。いい夢は見れたかい」
「おはよう、アレクト。多分いい夢だったよ」
身支度を整えて部屋を出る。顔を洗い食卓へ行くと、スオが何やら四苦八苦していた。
「お、おはよう……」
「おはよう。何してるの?」
「朝食の準備をしようと……」
目をそらしながらブツブツと言う手元でフライパンから焦げ臭い臭いがした。何かグチャグチャとしたもので包まれたパンが黒ずみになろうとしている。
卵液に浸されたパンだと思うが、おそらく小麦も混じっているせいで意味のわからないモノになろうとしていた。
「それは私の仕事だよ。気持ちは嬉しいけど」
このままでは食感の拷問に等しい朝食が出来上がる。スオと場所を変わるとせめて味付けで誤魔化せないかと試行錯誤する。
そうしていると、スオはスゴスゴと退散し椅子に座った。その様子を見てアレクトがケラケラと笑っている。
どうにかこうにか人間の食べ物の体裁を整えた食べ物を食卓に出すと厳かに食事が始まった。
「キーア、俺は今日、魔術院に行くけどどうする?」
「私も魔術院に行くかって話?」
「うん。師匠は勿論、他にも話をする人がいるだろうから」
何人かの顔が浮かぶが一番最初に浮かんできたのは昨日も心配をかけた友人の顔であった。相手の善意、あるいは好意に叶う話であるのか少し心苦しいものがある。
「そうだね、イーチガには話をしないとね……心配もさせてるし」
「レンレセルを出たらいつ帰ってこられるか、分からないから」
古都大陸を横断する大陸大横断は数年に一度の大事業である。そのため二人はこれを使えない。
各国の独自による路線を使わざるを得ない。そうなれば一月二月では済まない。下手をしたら一年単位での旅になるかもしれない。
……それどころか。今生の別れとなるかも、しれない。
お腹をグルリと回る不快な感触がした。
己の選択が容易に自身の環境を一変させる。綱渡りのような細い道を歩いているような気持ちになった。変わるなら、何もかも、失わずには、いられない。
その恐ろしさに身悶えする。
そんなキーアの姿に、スオの手が所在なさげに宙を舞う。
それを見てアレクトが笑った。
「格好がつかないな、スオ。まあ、それはいい。カウツに用事があるので出向こうと思っていたんだ。連れていってくれ」
「師匠に?」
人造生命体の銀色ウサギはまるで人間のように相好を崩し孫に接するような態度でおおらかに頷いた。
「そうさ。お前のついでに連れていってくれたまえよ」
「分かった。別にいいよ」
ともすれば挑発的ともとれかねないアレクトの態度にも慣れたものである。スオは然したる疑問を挟むことなく了解し、その返事にアレクトも満足そうに体を揺らしていた。
「キーアも来るだろ?」
やや、遠慮がちに聞こえたのは果たしてどうか。幾ばくかの恐れを伴ってその問いは投げ掛けられた。
悩むことはない。行かないという選択肢はなかった。




