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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
魔王大征伐
109/189

109

密談とは後ろ暗い事情で行われ、明るみに出せないものである。


だからその部屋はカーテンが閉められ心許ない灯りが幾つか付いているだけである。


その灯りに照らされ重苦しい表情を浮かべているカウツは木組みの椅子に座り、その背後で石像のようにビチューが黙って立っている。


ビチューはカウツの夜空のような青い後頭部を眺める。その薄い肩に腰を下ろして髪の一房をいじり続けるアレクトを気にする様子もない。


一見すればいつもと変わらない様子に見えるが、カウツも緊張しているはずだった。


この会談……交渉には並々ならぬ労力が注ぎ込まれている。今、カウツが出せる全ての手札を用いた一世一代の大勝負と言えるかもしれない。


これをしくじれば、カウツはまた一から出直さなくてはならない。いや、今回の件で戦団上層部やその上からのカウツに対する信用は大分下がった。ここからやり直すのならそれは一からではない、ゼロから、あるいはマイナス位置からのスタートになるのかもしれない。


こうしている間も交渉を成功させるべく思考を巡らせているはずだ。その心中はビチューには計り知れないが、まだ若い、少年と言って差し支えないカウツが、既に未来を後続に託そうとしている自分の半分にも満たない人生をここでベットしようとしている事実にある種の敬意を抱かずにはいられない。


それでも、と思う。


こんな子供が自分を顧みない真似をしているのはどうかしている、と。


ノックの音がした。その主が名を名乗るとカウツは入室を促した。


入ってきたのは二人。組合本部長クロス・セージと白い法衣を着た老境の男性である。


「……そちらは?」


カウツが眉をひそめ尋ねると、老人は前に出てきて頭を下げた。


「はじめまして若き魔術師よ。拙僧の名はキーアダン。この教会において方舟に関する管理監督責任者である船渠長を務めている……」


しわがれた声が名を名乗る。その意図が読めずカウツは訝しみ、警戒しながらも立ち上がり深々と頭を下げた。


「……はじめまして。魔術院戦団所属魔術師カウツと申します。失礼ながらお聞きいたしますが何故このような場に?」


なるべく相手を刺激しないように尋ねる。


「うむ……実は拙僧はこちらの組合本部長とはかねてから付き合いがあってな、魔術院との話し合いの場を設けていただく機会をうかがっておった……」


「……それはどういった御立場でですか?」


「無論、方舟派としての……人権派としての立場でだとも」


その言葉にカウツは沈黙した。二度三度と視線を泳がし言葉を選んでいる様子がうかがえた。


「……こんな不意打ちは、正直感心しませんね。クロス本部長」


責めるような言葉はその内容とは裏腹に助けを乞うようなもので、水を向けられたクロスは苦笑しその嘆願を受け入れた。


「すまないとは思っている。ただ、どうしてもこのタイミングしかなかったので、こういう形にさせてもらった。どうかご理解頂きたい」


その視線がカウツ、そしてビチューに向けられる。クロスがビチューに対して軽く会釈するとビチューは薄く笑って椅子をもう一脚用意した。


「まあ、なにはともあれ立ちっぱなしにさせては悪いでしょう。ねえ、カウツ君」


「あ、ありがとうございます。それではどうぞおかけください」


そうして二人がそれぞれ椅子に座る。カウツと相対する席にはクロスが座り、キーアダンは二人の側面に座った。


「さて、先ずは用件から伺おうか」


クロスがそう切り出すとカウツは視線をキーアダンに向けた。


「心配せずとも他言はしない……」


「は……申し訳ありません」


謝りながら、場を整えるように咳払いをする。


「端的に申し上げます。組合の精霊研究に関する情報を頂きたい」


「ふむ」


クロスが鼻を鳴らす。


「何故組合が精霊研究をしていると考えているのかね?よしんば、していたところでその研究内容にこんな交渉の場を設けなければならないほど進んでいるという確信があるのかね」


探るような言葉にカウツは青い瞳を向けた。


「俺は精霊です」


アレクトがカウツの青い髪を弄んでいる。


「あなた方の研究体として数年間過ごしてきました」


その言葉にクロスは顎を引いた。深く静かに思考を巡らせる。


組合において精霊の研究は確かに魔術院より進んでいる。その理由はいくつかあって、しかしその中でも最も大きな理由を挙げるとするならばそれは十と何年か前に組合の護衛圏に生まれた子供がそれだった。


この子供は暗黒時代以降初めて確認された天然自然の精霊であった。


一般家庭の子として生まれたその子は組合によって研究材料として取り上げられ、親の顔も知ることなく育ったという。物心ついた頃には既にモルモットとして扱われ、人間らしい情緒もなく精霊としての機能故か体が弱く衰弱していくその様子に同情した研究者の一人の手によって逃され施設を脱走した。その後の行方については不明であった。


その精霊が、今、目の前にいる。


「目的は復讐か」


「復讐?」


カウツの声にはほんの僅かに嘲りの色があった。


「そんなもの、考えてはいません」


「では、何故?」


「そちらが穏健派と過激派と一枚岩でないのと同じように、我々もルプス派とカニス派と別れていて対立構造があるからです」


「それと精霊が何の関係があるのかな」


「カニス派は過激派と繋がっている」


いやに強く断定的な口調でカウツは言い切った。


「ここ近年の研究の成果で勢力を増し、発言力を強めているカニス派に対して我々は組合の非人道的な研究に対する非難とそれに与するカニス派の糾弾を行いたいと考えているのです」


カニス派ーー研究室の成果は即ち組合との取引によるものであり、それを追求する材料にしようという考えだということだった。


何故、カニス派と過激派に繋がりがあるのだと確信があるのかーーそこはクロスには推察するしかないがカウツの出自を考えれば不自然ではないかもしれない。


つまり、精霊研究にはカニス派も一枚噛んでいる。


「それで我々ーー穏健派にその情報をリークしろと」


クロスの目がカウツの目を正面から捉える。髪の色より青味がかったサファイアのような瞳がまんじりともせずその視線を迎え撃つ。


若さに見合わない深くて暗い瞳である。この世の不幸はいくらでも転がっていて、それに曝された人々は少なからずこの色合いを帯びる傾向があることをクロスは知っている。


その中でもカウツのこの目は悲愴な決意に満ちていた。有り体に言えば、自分の身を省みない者たちの自暴自棄な目である。


こうした人間は恐ろしい。損得勘定が普通の人間と違うから目的のために取る手段が一般的なものとは乖離している。その上で犠牲にできるものの幅広さがおかしいからいかなる計算も無意味にしかねない行動を取りうる。


出来れば相手にしたくはないが、必要とあらば向こうはどこまでも絡んでくる。


非常に厄介な相手だった。


それはそれとして、交渉相手としての価値はまた別である。リスクはあるが、有用であるなら利用する価値はある。交渉の余地は確かにあった。


「それでーーなにか。そちらは情報と引き換えに過激派、ガトーの失脚を演出してくれる、とかかな」


「……そうですね。最悪でも公に活動出来ない状態にまで持っていきたいとは考えています。出来れば拘留したい」


「なるほど、こちらのメリットはその間隙を縫って組織の勢力を塗り替えられるというわけか」


そう言って、クロスは薄く笑う。


「それはさすがに密通の理由足り得ないな。我々は確かに対立しているが、お互いに必要な存在だ。その程度の理由でガトーを……組合長を売るわけには行かない」


「そうでしょうね。勿論です」


カウツはそう言われることが分かっていたかのように頷くと分厚いファイルを取り出した。


「なので、こちらを提供するというのはいかがでしょう」


「……それは?」


「魂を基点とした空間転移に関する論文……サーティマ予想の証明をしたものです」


クロスの顔色が目に見えて変わった。平静を装うとして、しかしそれは明白にしくじっていた。


魂を基点とした空間転移。それは組合にとって喉から手が出るほどに欲しい技術だからだ。


どこにあっても重要な魔術であるが、こと、組合に至っては他のそれとは訳が違う。


組合は黒庇山脈に阻まれ大陸以北を拠点として活動する。その経緯は暗黒時代に魔術院から逃れるために自ら選んだというものではあるが、寒冷地故に貧相な土地が多く、流通面においても貧弱である。


黒庇山脈を越えること自体はある程度のレベルに達した魔術師ならば不可能ではない。しかし物資の運搬となるとまるで話が変わってくる。


人一人で賄える積載量にはどうしても限界がある。黒庇山脈越えには時間と労力が取られるため人材の厳選も考慮に入れるとこれは常に組合の頭を悩ませる問題だった。


魂を基点とした空間転移はその問題を解決する橋頭堡足り得るものであった。


「……それは話は聞いていたが、教会にも全貌は開示していないのではなかったか?」


「ええ。ヴィンギロト計画に必要最低限の情報は提供しましたが、あれに必要だったのは空間転移の魔術そのものではなく、その過程で発生する技術でしたので重要な部分に関してはこちらで管理監督しています」


クロスの視線がキーアダンに向けられる。ヴィンギロト計画に携わる船渠長は瞳を閉じて聞いているのかいないのか沈黙を貫いてた。


カウツに視線を戻す。なんら気負いの感じられない風情でクロスの言葉を待っているようだった。


「それを組合に渡していいのか?」


「ええーー穏健派にならば」


含みをもたせた言葉だった。それはすなわち、過激派には渡せないと言っているようなものだった。つまり。


「カニス派と過激派が繋がっているように、ルプス派は長期的な目線で穏健派と手を組みたいということかな」


「その通りです」


カウツが頷く。


この取引をした後に、カウツを裏切って過激派に情報を流してもこの場限りの関係であればクロスには何も不都合がない。しかし、長期的な関係を結ぶとなればそうはいかない。


関係の深さはそれが露見した時に大きな瑕疵となる。そうなれば、裏切ることは互いに難しくなるものだ。


後はそれを結ぶに足る理由があるかどうか。


「何が狙いだ?」


「ルプス派は秩序を必要としています」


「秩序ならあるだろう。君等の組織は他のどの国よりも政治体系が確立され、軍部……武力が行政権から切り離されているから独断専横も許されない。司法立法行政。君達は正に三つ首の犬だ。法のもとに繋がれた秩序の飼い犬だろう?」


レンレセルは他国に比べ政治基盤が整っている。俗に大国とされるような国家、例えばセンティーア等がそうだがそうした国も政治面において発達しているがレンレセルのそれを参考にしていたりする。


それは院長を頂点とし、いわゆる国家元首として据えながらも決定権の全てをそこに集約せず分散し司法立法行政の三権分立を成立させているためだった。


「そう在るべきなのですが、それを良しとしない者がいるのです」

 

「カニス派か」


「彼らは魔術院の内部情報を外部に売り渡し、研究のために秩序を乱しています。ご存知でしょう?」


勿論知っていた。魔術院では許されない研究をカニス派は組合、過激派に通じることで間接的に行っている。その見返りに受け取っている様々な恩恵が過激派に躍進をもたらしている。そして、組織としてだけでなく個人間でもこれは行われ不正が横行している結果、規律は乱れマギのような輩が幅を利かせる状態にもなっている。


穏健派にもその毒はじわじわと回ってきている。無自覚に腐り落ちる前の果実のように組織は人知れず酸鼻を極めようとしていた。


そのことに、クロスは気付いている。穏健派と過激派の双方がその有用性を認めつつも崩れたバランスが悪影響を生み始めているのだと。そして、それは何とかしなければならないことだった。


秩序。それは穏健派、いや組合も必要としていることは間違いなかった。


ルプス派と穏健派が長期的な目線で繋がるということはこの歪みを矯正し、お互いの内に潜む毒を抜くということだ。


少なくとも、カウツはそれを提案していた。


様々な事柄がクロスの頭をよぎる。


あまりにも雑多なそれらはいずれ解決せねばと思案しその方策も立ててはいたが何一つ約束されたものではなかった。


特に、決断するならば迅速にしなければならないこともある。


「成程。そちらの考えは分かった。こちら……穏健派にも長期的な付き合いには利があることも認めよう」


クロスの言葉にカウツがわずかに口元を緩ませた。


「我々穏健派に過激派と相容れない部分があるのは、まさにそこだ。求める秩序の形が異なるからだ。彼らの求める秩序は支配的で暴力的すぎる。その過程で失われるもの損なわれるものが多すぎる」


人の命、組合が求め尊ぶべき自由。大きな目的のために奪われてきたそれらに敵うほどの何かが過激派にあるのかどうか。それに疑問を持つからこそ穏健派は彼らと思想的に対立している。


「その、失われるものを我々は取りこぼし続けてきた。もうこれ以上はいい。十分すぎる」


泥のような声だった。どこまでもまとわりついて延々と滴り落ちる重苦しい泥土が美しいもの奇麗なものまで汚しているのを忸怩たる思いで見過ごしてきたのだと白状しているようだった。


「つまり、ご協力頂けるのですね」


「ああ、火急の用件もあるからね」


カウツの問にそう返したクロスの視線がキーアダンに向けられる。老人は薄ぼんやりと重そうな瞼を開き、小さく頷いた。


「さて……重大な話の中、申し訳ないが口を挟ませていただこう……」


「……お伺いします」


「そなたも知っておろうが、ヴィンギロト計画はいよいよ動作試験の段階まで来ている……だがこれも分かっていようが、現状のヴィンギロトにまともな動作は期待出来ない……」


「……そうですね。莫大な霊素に魔力量とそれをコントロールするシステム。いずれも与えられている情報から問題点だらけだ。魔力に関しては……」


その場の視線がクロスに集中する。クロスは困ったように苦笑して肩をすくめた。


「そうだ。今回、私はその問題を解決するために精霊を一人連れてきている」


カウツが苦虫を噛み潰したような顔をする。


「……そうですか」


「魔力についてはそれで問題がないとして……霊素の方は分からんが……魔力量のコントロールについてはこちらで用意したものを使う予定がある……」


ゆっくりとした口調で、その意図はないのだろうがまるで勿体ぶるかのような言葉に、カウツはその答えを先回りしていた。


「聖鈴騎士ですか」


「……何故そう思う?」


「聖鈴騎士のような生き物は自然発生する確率が極端に低い。当たり前です。人間とはそのように作られていない。そんな生き物が戦力として数えられるほど揃えられる時点で人為的に作られているとしか考えられない」


精霊と同じように。


触れることを躊躇うほどに冷たい口振りでカウツはそう溢した。


それに気付いてか、否か。キーアダンはそっと目を伏せって口を開く。


「うむ……そなたの言う通り、聖鈴騎士を……正確を期するならばそれに連なるものを用する……」


一言一言に疲労が滲んでいる。老人は喉から絞り出すように話し続けた。


「……そもそも聖鈴騎士とは神の似姿であり、神が求めた虚像である……我らは之を鋳造する役目を大いなる神の意志によって遣わされた……その過程であれは生まれた……偶然であった……」


「……」


カウツの開いた口が塞がらない。呆れたという意味ではなく、発するべき言葉を見失っていたからだ。


しかし極めて単純な、そして失礼極まりない言葉が出そうになるのを避けた結果、そうなったので呆れたというのも間違いではない。


ーーなんて、ろくでもない。


喉まで出かかったそんな言葉を飲み込んで、他の言葉を探す。


「……お察しします」


何とか、それだけを口にする。


キーアダンはため息にも似た音を漏らした。


「……うむ。まあ、拙僧も思うところがないわけではない」


心中を覗き見られたような気持ちになってカウツは肩をわずかに震わせた。


「だから、話をしに来たのだ」


老人が少しだけ体を前に倒す。鉛で出来た体を動かすように、ゆっくりと。


「遠からず、ヴィンギロトの試運転がある……その時に使われる子供らの命には保証がない……」


重苦しい空気がその場を包む。特にカウツの顔付きは明らかに不愉快であることを隠そうともしていない。


こほん、と空気を入れ替えるように咳き込んだのはこれまで黙り込んでいたビチューである。


「それは大変ですねぇ。その子供らがいくつなのかはよく知りませんが、年端もいかない子供が犠牲になるのは見過ごせません。ねぇカウツくん」


「……ええ。勿論です」


感情というものが煮詰められてパッケージされたような声だった。しっかり封がされていてなお隠しきれないものが匂っている。


「そうは言っても、なんでこのタイミングなんです?試運転するにしても、もっと安全面を確保してからにすればいいのに」


ビチューの問にキーアダンは深く息を吐いた。


「試運転だからだ……」


重い体を椅子に任せ、仰ぐように語る。


「重要なのは本番だ……この段階で使用するのは替えのきく道具だ……現状の問題点を洗い出すための試運転では、最悪それらを損失することは許容範囲だということだ……」


「……成程」


あまりに無慈悲な言葉に一瞬言葉を失ったビチューに返すことが出来たのはその程度だった。


俯いたカウツの頬にかかった髪をアレクトがかきわけている。その奥にある瞳は深淵を覗き込みゆらゆらと暗い炎を灯している。


「吐き気を催す」


吐き捨てるようなその声はあまりに小さくか細くて、蚊の断末魔のようだった。

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