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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
魔王大征伐
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その部屋には人が集まっていた。それらはいかにも品のないチンピラが多くを占め、それぞれのくつろぎ方をしていたが一般的なマナーを身に着けていれば眉をひそめるなり注意するなりで嫌悪感を示すことだろう。


そのチンピラの中にマギもいる。というよりはマギこそ彼らを纏めるリーダーであった。自分一人でのクロスの監視に飽きた彼が呼び寄せたのだ。彼らは過激派における兵隊達である。


組合の派閥とはある一つの思想を支持するか否かに収束する。すなわち、組合による人類の支配、統率である。


馬鹿げた子供の妄想のような話であるが、思想教育の結果としてこれを本気で遂行しようとしているのが過激派という思想であり派閥である。


曰く、力ある者の義務とは弱者のために存在する。人は時に己の存在を肥大化させ誰の目にも見えない張り子の虎を実存しているかのように振る舞う愚かしさを抱えている。ならば、現実に力持つ者こそこれを戒める役割を担わねばならない。


この思想教育を受けた者の多くは過激派となる。一方でこの思想が無理のあるものであると気が付く者達も現れる。


この世界は霊素によって分断され、魔王という怪物が鎮座し、魔術院という秩序が構築され、教会という原理が存在する。


組合とはこの全てを打ち倒し、あるいは呑み込み、そうした後でこの世界を平定することを最終的な目標としている。


あまりに遠大で、あまりに意味のない目標であった。理性的に考えられる人間ならば熱に浮かされるようなロマンチストでなければ安っぽい正しさにすがりつくような弱者でなければ否定するしかない。


マギと、その仲間達は組合の教育機関で教育を受けていない。日々を消化するように生き、理性よりも欲望を優先する獣のような生き方をしてきた。


そんな彼らが組合に参加することとなったのはチンピラである彼らによる被害を訴えた人々によって組合の治安維持部隊がやってきて彼らを叩きのめしたことがその始まりだった。


正に張り子の虎、力持たざる弱者であった彼らは組合に連れて行かれ魔術と、過激派の選民思想に溺れていった。


見るも無残な愚かしさを払いきれず、付け焼き刃に手に入れた力のためにただただプライドが肥大化していった彼らは傍若無人に振る舞い数多のものを見下しながらその実、いつでも使い捨てることが出来る過激派の尖兵として使われていた。


彼らはその事実を知らない。クロスという男の監視役として付けられているのもクロスの逆鱗に触れ勢い余って殺されても構わないと考えられているからだ。


彼らが殺されてもガトーはそれを許すだろう。クロスにはそれが分かっていた。ただ、それはクロスの失態となりガトーに対する借りとなる。その思惑にクロスは乗るつもりがなかった。


部屋の中は決して無音ではない。チンピラ達の無遠慮な会話は大聖堂という場所にはそぐわない場違いなものであり、仲間内でなければ不快に思う類のものでもあった。


「……随分と多いな」


チンピラ達の品のない会話が繰り広げられる中で、ぼそりと呟くクロスの声に耳ざとく気がついて反応したのはマギであった。


「ああ?なんか言ったか?」


「この部屋は精々四人程度の使用を考慮された部屋のようだが、これは多すぎじゃないのか」


クロスの言葉にチンピラ達がニヤニヤと笑い出す。


「何だ?こえーのかよ」


「そうだな。私は昆虫が苦手でね。一匹二匹なら我慢もするがあまりに集っていると燻蒸したくなる」


彼らはその言葉の意味するところ、特に燻蒸については理解できなかった。しかし、すぐに自分達が馬鹿にされていることに気がつくと部屋の空気を一瞬にして凍てつかせた。


「馬鹿にしてんのか?」


「まさか。私は面倒事は起こしたくない」


クロスは椅子を回転させ彼らに対して顔を向け、その剣呑な視線を受け止めた。


「私は穏健派だから血なまぐさい争いなど御免被る」


「そうかい」


つかつかとマギがクロスに近づく。そしてその胸ぐらを掴み立たせようとする。


「俺は知ったこっちゃねえな。ムカつく野郎はぶち殺す。強いやつにはそういう権利があるんだろ?」


「あるいはあるかも知れない。本当に強い誰かならば」


クロスは立ち上がらない。マギがクロスの体を持ち上げられないからだった。


「俺は強くねえってのか」


「本当の強さとは、何をしようが誰も咎めることが出来ない何者かを指した強さだ。仮にここで私を殺せばお前はどうなる?何かしらの処分が下るだろう。あるいはそれには命を差し出さなければならないかもしれない」


「一発殴るくらいなら大丈夫ってことだな」


拳を持ち上げ見せつけるようにして言うが、クロスは顔色一つ変えない。この状況に少しも慌てていないのは明白だった。


「やりたければやってみればいい。私は抵抗しない」


言うが早いかマギの拳がクロスに突き刺さる。


「ぎゃっ」


悲鳴が上がる。周囲のチンピラ達がそれを眺めてざわめきだった。


短慮にもクロスに手を出したからではない。悲鳴を上げたのがマギの方だったからだ。


マギは血の滲む右手を庇うように後ろに下がる。クロスは何事もなかったかのようにそれを眺めていた。


「て、テメエやりやがったな!?」


色めき立ち、激高して叫ぶチンピラの一人にクロスは冷めた目を向けると物分りの悪い生徒を諭すように口を開いた。


「私は何もしていない。私の肉体強化の方がそこの男よりも強力だった、というだけだ」


その言葉の意味を理解できていない様子で男達は疑問に満ちた表情を浮かべている。


それを見て、クロスは疲れたようにため息を吐く。


「まったく……玉石混交といえば聞こえはいいが考え無しにも程がある。悪貨は良貨を駆逐するというのにガトーめ」


ブツブツと文句を呟くがその声が彼らに届くことはなかった。


マギが怒りのこもった殺意すら滲む瞳をクロスに向ける。


「クソが……ブッ殺してやる……」


「止めておけ。今のお前たちでは無理だ。あまりにも未熟すぎる」


「テメエっ!」


無謀にも殴りかかるが結果は先程と同じ、クロスは虫が触れてきたような嫌悪感を示しつつも身じろぎ一つしない。一方でマギは痛みを堪えつつ数度にわたって殴り続けたが、とうとう堪えられなくなってしゃがみこんだ。


「く、くそっ……」


「徒労だな。私も痛くはないが痒くはあるし不快ではある。もうやめてもらえないか」


「……」


マギは荒い呼吸を繰り返し答えない。しかし、その目は変わらず理性のない獣のようで、力の差を思い知ってもなお殺意を向けるのだからそれ以下のどこか壊れた何かでしかなかった。


「魔術を使う者同士の戦闘は魔術の技量こそが重要になる。これに大幅な差があればそれはもう戦闘と呼べるものにさえならない。虐殺だ」


クロスの声は平坦で感情を含むものではなかった。どこまでも冷たい。その視線もまた冷たく、見下されるマギは怒りに震えつつも染み込むような恐怖の感情が広がっていくのを感じていた。


クロスはあるいはそれを把握していた。事ここに至って分からせたと言ってもいい。こうなってしまえば発言の一つ一つに対する重みが違う。


「そして最初に言ったが私は穏健派だ。血なまぐさいことは御免被る。虐殺などしたくない」


その言葉には力関係を明確にした意図があるのに、もはや誰も殴りかかる真似はできなかった。


部屋の中は静かになった。部屋の主は誰なのかを理解した以上、同じようには振る舞えない。


「少し弁えたほうがいい。私もいい加減堪忍袋の緒が切れる。そもそもここをどこだと思っている。教会の大聖堂だ。敵とは言わないまでも別勢力のテリトリーだ。迂闊な真似をすれば……」


くどくどと説教が続く。堰を切ったように文句が続くのはこれまで溜め込んできた鬱憤を晴らすかのようで、マギ達としては中年のつまらない話にしか聞こえず内心不満を募らせながらも黙って聞くしかない。


十分以上話が続いてくると、いい加減耐えられなくなってきた。堪え性がないと言わざるを得ないがマギは瞼が重くなってきていた。


「クドクドクドクドうっせーな……調子に乗っていつまでもしつけーんだよ……つまんねー話を長々とよお……」


文句を口にしながらマギは思ったより語気を強めることが出来ない自分に気がついていた。


分からせられたからか、マギに対する恐怖が拭いきれないからか。それだけでは説明できない倦怠感が体中にあって口を開くのがたまらなく億劫だった。


足から力が抜け床に座り込む。重い瞼が片方閉じて視界が薄暗くなっていく中で、仲間たちもまた眠りに落ちているのが見えた。


その意味を理解することもないまま、最後にクロスが立ち上がるのを見てマギの意識は深い眠りの底に沈んでいった。

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