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おうちに帰るミソロジー  作者: かわのながれ
魔王大征伐
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誰もが口をつぐむような静寂が包む夜、ブーツが床を叩く音が異物のように響く。トーカからメモを受け取ったカウツは再び神殿を抜け出して大聖堂に来ていた。ビチューに話すためである。


「首尾よくいったじゃないか、カウツ」


カウツの髪をやわやわと引っ張りながらアレクトが言う。


「そうだな、もう少し色々あることも考えてはいたが、順調なのは悪いことじゃない」


「杞憂で良かったねえ……おっと、誰か来るぞ」


出来る限り姿を見られたくはない。柱の陰に身を隠す。中庭を挟んで向かい側の通路を複数の人間が歩いている。


修道服を着た女性たち、聖歌隊だった。


夜だからか話し声も小さく、隠し話でもするかのように声を潜めていた。その会話の内容をカウツは聴力を強化することで拾い集める。万が一にも度々神殿を抜け出て大聖堂に現れる魔術師の話などされていては困るからだ。


しかし、それもまた杞憂であった。彼女らの会話は他愛もないものであり今日一日の話や小さな子供を最近は大聖堂で見かけるといった程度のものだった。


カウツは胸を撫で下ろしながら隠れ潜みながらその場を後にした。


一方、聖歌隊の面々は大聖堂に併設された寮に帰っていっていた。各々の部屋に戻る中で先に自身の部屋に戻っていたケレブリアンはその気配に気付き改めて机に向かう。


ため息を一つ吐く。


この世界に絶対はない。全ての事が不確かで次の一瞬には何もかも吹き飛んでいるかもしれない。


神は人を助けたりはしない。


円環教典にも方舟教典にもそう書かれている。


円環教典には人は神の下僕であり、神のなさる事を(たす)けるものであるから神からの救いを望むことは過ちであるとしている。


方舟教典には人は神の御下を離れ、独立したものなのだから神は人を(たす)ける事は出来ない。だから人は人と助け合わなくてはならないのだと書いている。


だから、人の身に起こる幸不幸は神の意志が介在せず、その全ては必然的な偶然によって誰の身にも降り注ぐ。


円環教典は神に求めるなと記し、方舟教典は自ら救けよと述す。


なんて薄情な、と思う。然もありなん、とも思う。


神聖なものが人を佑けてはいけない。誰かを助けることは誰かを見殺しにする危険性を孕む。神という存在が万物の上に立つ以上、選り好みをしてはならない。そして、全てが神によって救われる定めであるならば人は怠惰に生きてしまう。


であるならば、神を信仰する理由などないのではないか。


それは違う。人は神によって既に必要十分に与えられている。与えられたものが大事にしなくてはならないものだから、人はこれを守るために信仰を絶やしてはならない。


彼女は、ケレブリアンはそう考えていた。故に与えられたものに報いるために円環教典の思想は正しいものであると考えている。


しかし、同時に方舟教典にあるように人は人を慈しみ守り救わねばならない。神は人を佑けないのだから人が人を助けなければならない。その現実的な残酷さが信じるに値するのだとケレブリアンには思えた。


故に彼女はこんな役回りをしている。


蝋燭の灯りが机の上を照らす。ケレブリアンは白い羽毛の羽ペンを走らせ手紙を書いていた。それは教導の動向を書いたもので、彼女の役割は聖歌隊として活動しつつ円環派の不義を暴くための間諜であった。


円環教典に従い行動する円環派閥は神の望みに適うよう働くが、その行動にしばしば倫理を逸脱したものが混じることがある。円環派はそれを正しいとしつつも間違っていると認識している。何故なら神のためにしながら、神の教えに背くからだ。


彼らはそれが露見すれば大人しく裁きを受けなければならない。神のためであろうと悪をなしているのであれば、それは罰せられるべきだからだ。


彼らは決して己の行為に神の意志による許しを請うたりはしない。それは背信行為であり、最も卑劣な行いだからだ。


そうであればこそ思想の違いによる決定的な断絶を防いでいた。派閥は違ってもお互いに尊重し合うことは出来るし必要であるとも思えるというものだった。彼らの自ら罪を背負い、なお神のために働く姿勢はケレブリアンにとっても美しいもの、素晴らしいものに写る。


だけれども、そのために犠牲になる人々の嘆き悲哀を黙殺することは出来ない。


ろくな対案もないまま安直な善行を積もうとしている自分はもしかしたら誰よりも卑怯で薄汚いかもしれない。しかし、その偽善にこそ救われるものがあるはずだと信じる他なかった。


心を重くする迷いと共に羽ペンを置く。


立ち上がる。自身の一挙手一投足に何か一つでも意味があると信じるために。


部屋を出て示し合わせて息を潜めたように静まり返った寮を出る。


暗い夜道を小走りに女が行く。アークティーアの治安は良いが、危ないと眉をひそめる者もいることだろう。その目から逃れるように目立たぬようにある程度行くと掌で囲んだ火のような灯りが窓から溢れ、人の声が漏れ出る一軒の食事処があった。


扉を開き、入る。幾つかのグループが客席を囲んで軽食と酒を楽しんでいるようだった。その合間を縫うようにしてカウンター席へ向かう。細い三足の丸椅子に座るともうすぐ初老にさしかかろうかという店主が腰に手を当て聞いてくる。


「ご注文は?」


「ホットミルクを下さい」


そう言いながら手紙を差し出す。店主はそれを受け取るとなみなみと注がれたミルクを出した。唇を濡らすように一口含むと人肌程度に温められたそれが五臓六腑に染み渡り体を温めてくれた。


「忙しいみたいだな」


店主の声はぶっきらぼうに、しかしどこか心配するような色を含んでいた。


その不器用な優しさがくすぐったくて思わず笑ってしまう。


「あはは、そうね。最近は人の出入りも多いし……でも、そんなに分かる?」


「まあ、ガキの頃から知ってるからな」


店主はケレブリアンにとって顔馴染みであった。それこそ神学校に入る前から両親に連れられ食事に来ていたりもした。


……ケレブリアンの生まれは方舟大陸の小さな集落であった。特に語るところのない、しかし天上方舟教会の敬虔な信者である両親のもとに生まれ善良な娘として育った。


増大する霊素の問題から生活環境が蝕まれていき、とうとう生まれ育った故郷を離れアークティーアに移り住むと幼年学校を経て神学校へ進学した。


神の教えに疑問はなく、両親同様に敬虔な信徒として育ち、その歌唱力を評価され将来的には聖歌隊に入るべく教育を受けた。その過程のどこにも嘘はなく、また意図されたものでもなかった。彼女が間諜の真似事をしているのは彼女自身の思想と聖歌隊という立場、それらを前提とした諸々の偶然が重なった結果である。


一般信徒は派閥の違いを気にしない。する必要があまりないからだ。


彼らにとって円環派の言う神を丞ける行いは直接的には地位のある人間が責任を持って執り行う事であり、一般信徒は彼らの言うことを聞いて協力すれば良い。それは大勢の場合、資金であったり労働力であるなど協力するのに迷う必要がない事だからだ。


一方で、ある程度の地位や事情を知れる立場になると耳に入ってくる噂話さえも、ややきな臭くなってくる。これを看過出来なくなると方舟派として活動するようになる。ケレブリアンがまさにそれであった。


それが噂であり、デマであるなら一番いい。しかしこれが事実であるならその罪を弾劾しなければならない。


事実、円環派はその使命のために幾度もその手を汚してきた。人体実験の類のみならず術式研究の結果土壌汚染を引き起こした過去もある。


故に、方舟派は円環派の動向に目を光らせている。その一環として要所要所の役どころに派閥の人間を配している。聖歌隊もその一つであった。ケレブリアンは聖歌隊に入る前から方舟派に薫陶を受け一員となっていた。


今も自分のやっていることが間違っているとは思わない。しかし、時々もっと上手くやる方法があるのではないかと恐ろしくもある。だから心労も溜まるというものだった。


「まあ、根を詰めすぎないことだな。思い悩んだところで悩むだけで解決することは一つもない」


「ええ、そうね……」


こぼすように口にした言葉が空寒々しく感じられた。


ふと、エオメルの顔が脳裏をよぎる。人懐っこい聖鈴騎士の少年は自身の境遇に思うところはないのだろうか。


聖鈴騎士は生まれたその時から鈴の森へと送られる。彼らは基本的に親の顔も知らない。教会圏では知られた話でありそこに疑問を挟む者はいない。


自分が生まれる前からそうだったからだ。ずっと昔から続いてきた慣習だったからだ。そして、聖鈴騎士とは教会における重要な戦力であり尊敬を集める集団でもある。社会にとって必要不可欠な要素だから誰も容易には否定できない。


当たり前に行われている必要悪は最早悪として認識されていない。他者に犠牲を強いる慣習でありながら、それを追求する者はいない。神の意志に反する理不尽だと円環派は当然として方舟派すら考えてはいない。


そこに痛痒を感じているのがケレブリアンという女だった。この状況に異状を感じ、もっと良い、正しい方法があるのではないのかという考えはいつも頭の片隅にあった。


(例えば、魔術院や組合みたいに魔術込みの戦闘訓練をするとか……)


ここ数日の来訪者たちを思い出し、そんなことを考えるが、無理だろうなと自ら棄却した。教会は聖鈴騎士を教会のシンボルとして捉えている節がある。これの存在意義を奪うような真似をするとは思えない。


教会に掲げられる半円は、至天の円環を表すものであり、聖鈴騎士達が持つ鈴もまた至天の円環に因んだものである。教会が聖鈴騎士というものを重用するのは単なる戦力としてではない事情がある。


ケレブリアンが聖歌隊として活動しながら監視、調査しているのは教導の動向や一部不透明となっている資金の行き先、その使用用途であったりそれにまつわる怪しげな噂である。


曰く、教会は人身売買を行っているとか。


様々な情報を判断すればそれをしていても少しもおかしくない。事実として前回来た組合の集団の中に小さな子供がいた。


あの子供に何をさせるつもりなのか。ケレブリアンには想像もつかない。だが、聖鈴騎士同様にあんな子供の人生を捻じ曲げようというのなら、それはどうしたって止めなくてはならないと思わずにはいられなかった。

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