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傍から見ればそれは意味不明だがどこか剣呑なやり取りであった。遠巻きにそれを見ていた聖歌隊の面々は各々に思うところはあったようで自由時間になるとそのことについて話し出していた。
「最近は人の流れが頻繁ですね。信徒以外の方をよくお見かけします」
「そうですね、だからこそ私達の出番も増えているのだろうけれど……心穏やかではいられない信徒もいらっしゃるでしょうし少し心配ですね」
「今日来られた方々は何だか物々しい雰囲気でしたね。アラタール教導もどこかいつもとは違うご様子でしたし」
「あんな小さな子を大人が囲んで、まるで籠の中の鳥のようで……」
聖歌隊は女性で構成されている。入隊条件にある域の高音が出せる事が求められるからだ。
彼女らの仕事は儀式においての歌唱の他、外部の人間がアークティーアに入国した際にも同様にして歌唱を行う。そのために命令がなければ訓練に精を出す。今はその休憩時間だった。
彼女らの歌には魔術としての側面もあり訓練にはそうした魔術的訓練としての意味もある。
故にその歌唱能力の高さと魔術の技量はある程度比例する。能力の高さ、歌唱者としての技量は彼女らが専門職の、それも相応の基準を満たして選ばれたプロである以上、無視出来ない評価基準となっていた。
この休憩時間においてもそれは明らかになっており、一目置かれている人間の周囲には自然と人が集まってきていた。
「ケレブリアンさんはどうお考えですか?」
波打つ茶色の髪が鮮やかに艶めく。鏡台に向かっていた頭が振り返り穏やかな所作でもって彼女らに向いた。
「そうね、何か色々と忙しくしているけれど私としては教導のお考えあってのことだからきっと必要なことなんだろうなって思うかしら」
ケレブリアンの声は穏やかで優しく、非常に美しい音色を奏でる楽器のようだった。彼女は意図的にそれをやっている。彼女にとって声は商売道具であり武器であり生命線である。武器の手入れは当然のことであり、それを十全に利用するのも当然のことだった。円滑な活動の為に自身の環境を整える。ある意味では今も彼女だけは休憩時間などではなかった。
ケレブリアンの答えを聞いて聖歌隊の面々はそれぞれに納得したようだった。具体的な事は一つとして言ったつもりはないが、いくらでもその言葉の深読みは出来る。そして、普段から思慮深く振る舞うことでそうした受け取り方を周囲にするよう求めているのが彼女のやり方だった。
悪く言えば自分を大きく見せ過大評価させている。短慮な者のそれと違う点と言えば彼女は能力ではなく性質、性格を誤魔化している点だと言えた。
ケレブリアンは思慮深く、聡明であり他者を思いやることのできる争いを好まない人格者である。それが彼女の被っている皮であり、周囲の人間からの評価でもあった。
その評価は概ね間違ってはいないが、彼女にはそうした思惑を隠し持つ計算高さがあり、言い換えれば腹黒い人物だった。彼女はそれを自覚している。そしてそれをおくびにも出さない。
そうした彼女の擬態を知る由もない一人が思い出したようにケレブリアンに問う。
「小さな子といえば、先日来た聖鈴騎士の子の調子はどうですか?もう慣れましたか?」
「エオメル君のことかしら」
「そうです。あの子」
「エオメル君は小さな子と言ったら怒るでしょうね」
苦笑して言う。事実、話題に上がった聖鈴騎士エオメルは十代も半ば程の年齢で、先日聖歌隊の護衛に配属されたばかりの子供には違いないがそう言ってしまっては反感をかっても仕方のない年頃である。
「彼は素直な良い子だから、周囲ともよく馴染めているし、私にも気を使ってくれていて本当に良い子よ。皆さんも顔を見かけたら声をかけてあげてちょうだいね」
実にそつのない返答であった。言われた面々も素直にそれを受け取り承諾する。
その発言に他意はない。純粋な善意ではあるが正しい答えを口にするように意識はしていた。
正しい答えとは何か。倫理的に真っ当で人道に適う返答である。ケレブリアンとしてはこの返答を純粋な善意から導き出してはいたが、真に適切であるか否か、考慮もしていた。
その結果として適切であると判断した。脊髄反射的な行動が取れないのはこれで案外心労が溜まる。幸いにも、振る舞うべき所作が自身の性質と乖離していないのでまだ楽ではあったが正直、少し面倒にも感じていた。
何一つ、顔に出さない。自分の在るべき姿を人が望むように振る舞う。ケレブリアンの心中を推し量ることはその場にいる誰にも出来てはいなかったし、させるつもりもなかった。




