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ツンデレ女王に恋をした

 その時、私は一目で恋に落ちた。


 梅雨に入ったばかりのじめじめした雨が降っている日のことだった。中途半端な時期の転入生が紹介された。


叶井(かない)沙羅(さら)です。よろしくおねがいします」


 端正な顔立ちとは彼女のことを言うのだろう。というより私の持ちうる語彙力ではそれしか言葉が出てこない。悲しい、こんなことならもっと真面目に国語を勉強しておくんだった。

 ぱっちりとした大きな目は愛くるしく、さらりと伸びた黒髪は艶やかに輝き、出るとこ出過ぎず、引っ込むとこ引っ込み過ぎず。彼女を美少女と呼ばずして誰を美少女と呼ぶのだろうか。いや、誰も呼ばない。


「席は新井の隣だな。学級委員長だからわからないことがあったら何でも聞いてやれ」


 先生が美少女の席を告げると、クラス中の視線が彼女とは別の場所に集まった。

 新井、とはまさしく私のことだ。出席番号が一番だからと学級委員長を押し付けられてまだ少ししか経っていない。隣の席には誰もいないし学級委員長なんてロクな仕事じゃないなんて思っていたけど……。

 近づく足音。鼻をくすぐるレモネードの香り。私の隣の席に着いた彼女はあまりにも美しかった。


「好きです、付き合ってください」


 その瞬間、教室がざわついたのが分かった。美少女が息を飲んだのが分かった。考えるよりも先に言葉が飛び出してしまっていた。後ろから聞こえてくる雨音のなんと無情なことか。我ながら何を言ってるんだろう。ちょっと恥ずかしくなってきたよ。


「うん、ごめんなさい、聞かなかったことにして」

「わかりましたクズ野郎」

「突然の罵倒!?」


 ごちそうさまです。なんて言葉が思わず飛び出しかけたけど、2人きりならともかく、さすがにクラスメイトの前で罵倒のオンパレードを食らうほど私のメンタルは強靭ではないのだ。


「でもさ、運命は感じちゃうよね」

「はい?」

「だって、叶井沙羅ちゃんでしょ? 私、新井(あらい)紗奈(さな)っていうの。名前そっくりじゃない?」

「そうですねゲス野郎」

「うんっていうかさっきから当たり強すぎない?」


 さすがにちょっと泣きそう。そんなに私からの告白は嫌だったんですか? まあ初対面だしね、目と目が合う瞬間だもんね。悲しいね。


「せめて友達になってくださいお願いします」

「無理です」

「辛辣~☆」


 机にごっつんこしながら懇願したのにダメだった。泣くしかない。ここまで嫌われてんのに隣の席で一年過ごすとかとんでもなく辛……くないよね! だってこんなに女王様タイプな美少女が隣なんだもんね!

 でも、すごく友達になりたい。告白してしまうレベルで一目惚れしたのはともかくお近づきになりたいのは是非もないよネ☆


 とはいっても転校生と学級委員長、接する時間はいくらでもあるし何より隣の席なんだから教科書貸し出しなんてイベントだって余裕で発生する。というか、した。初日から教科書忘れちゃうなんてかーわーいーいー。

 そんなこんなで時は過ぎて、気づけば放課後。レッツお近づきタイム。


「叶井さん!」

「無理です」

「まだ何も言ってない~っ」

「どうせ一緒に帰ろう、とでも言おうとしたのでは?」

「分かってるならむしろいいよって言ってほしかった」

「お断りです」


 何故だ。でも思考を読まれてるのがとても嬉しくなっちゃう。

 ええい、ここまで避けられておいそれと帰る私ではないのだ! 私はお近づきになると決めたらどんな手を使ってもなるのだ!

 一か八か(というほどの決心もしてないけど)、叶井さんの手を掴んだ。


「ひゃんっ」

「……へ?」


 ひゃんっ? ひゃんって言った? 叶井さんめっちゃ可愛い声上げた!? 手を握っただけなのに!?


「な、何するんですか! びっくりするじゃないですか! お母さんとしか手を繋いだことないんですよ!」

「嘘でしょ!?」


 嘘でしょ!?(二度目)

 ずるくないですかその反応。もっと構いたくなっちゃうじゃないですかうりうりうりうり。


「じゃあ私が初めての手つなぎだね!」

「汚らわしいので勘弁してください」

「ふふふ、さっきの可愛い声の後じゃ私のメンタルはそう簡単には削られないのだよ。よーし、このまま帰ろーっ」


 反論の声も聞かずに叶井さんの手を掴んだまま下校モード突入。


「あの、ゲス野郎、これから買い物の予定があるのですが」

「呼び方ぁ……。買い物ってことは商店街だよね? おーけー、おーけー。私が案内してあげようじゃないか」

「結構です」

「遠慮しないでいいから」

「べ、別に遠慮してるわけでは……!」


 おてて繋いでゴーショッピング! やったー、美少女と買い物なんて夢のまた夢だと思ってたよ。すっごくウキウキしちゃうね。

 外は雨がやんで少しずつ雲の切れ目から日が差し込み始めていた。

 商店街までは学校から歩いて10分ほど。その間私はずっと叶井さんの手を繋いだままにしていた。当の本人は相変わらず罵倒の連続だったけどもはや私の鼓膜をスルーしている。


「ところで叶井さんはオシャレとかしないの? メイクもしてないよね」

「高校生が化粧なんて、校則違反です豚野郎」

「みんなしてるってば〜」


 どんだけ清楚なんだこの美少女は。制服は指定されたまんまの長さと着こなし。化粧はファンデすらつけている気配なし。肌がつやっつやだから化粧水くらいは欠かさずつけてるんだろうけど。ピアスを開けてる気配もなし。つけまもしてないね。でもまつげめっちゃ長いのやばみ。


「何をじろじろ見ているんですか蛆虫」

「叶井さんって、休日もオシャレしない感じ?」

「ええ、まあ」


 もったいないなあ。


「せっかくだからコスメ買おうよ。私が選んであげるから」

「いりません。いい加減放してください。私にだって用事が――」


 えーっと、何がいいかなあ。どの製品が似あうかなあ。ふふふ楽しくなってきた。


「聞いてますか!?」


 聞いてません大丈夫です。

 そのままずるずると商店街を引きずり回すこと三時間。長い? うん、長いね。自分でもそう思う。だってちょっとお化粧したら美少女が超美少女に格上げされちゃってテンションがん上げで止まらなくなっちゃったんだもん。

 かわいいって正義だよ、マジで。

 もちろん叶井さん本人のお買い物の用事もちゃあんと済ませてあげた。2人でお買い物ってすごく楽しいね。めっちゃ楽しいね。


 夕暮れも通り過ぎた住宅街。街灯の明りを道しるべに手を繋いで歩いた。空はもう雲一つなく星が輝いている。

 ここまでくると運命どころじゃなくなりそうだけど、叶井さんの家は私の家の近所だということが発覚したもんで一緒に帰ることにした。本人は相変わらず罵倒がすごいけど私は構わず今日を振り返って喋りまくっていた。人の話を聞かない? うん、まあね、そんな褒めるなよ。

 いやあ、それにしても最高の一日だったねこりゃ。明日も連れまわしたい気分だ。


 無事に叶井さんを家まで送り届け、さらに私は無事に叶井さんの住所を知ることができたので大満足の成果なり。

 また明日ねって別れた時も、結局叶井さんは私の方を見てくれようとはしなかった。……だけど


「……あ、あの」


 とても小さな声だった。

 何だろうと思って振り返ると、玄関の前に立っている叶井さんは少しうつむいて、さっきまで罵倒を繰り返していた威勢はどこにもなくて、灯りに照らされた顔が心なしか赤くなっているように見えて――


「あの……今日は、ありがとうございました、新井さん……お買い物、ちょっと楽しかったです」


 言うが早いが、彼女は玄関を開けて家の中へと姿を消してしまった。バタンと大きな音を立てて玄関のドアが閉まる。


 きゅぽん。心の中でシャンパンが開いた音がした。

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