オーダーメイドの防具屋さん
「なんでわたしがこんな目にぃぃぃぃぃぃ!?」
少女は全力で走っていた。
去年の冬に15歳の誕生日を迎えた、成人したての駆け出し冒険者である彼女は母親譲りのショートカットの赤髪を風にたなびかせている。
すぐ後ろには心地よい眠りを妨げられて怒り狂っている異形、討伐ランク3の魔物であるフレイムドレイクが今にも追いつかんとしていた。
「ひいいいいい!?アイクさんは何してるんですかー!?」
少し後ろを振り返ったのだろう、火竜がすぐそばまで近づいていることに恐怖を感じた少女は、一緒にこの山、魔物の蔓延るエウロペ山に来たはずの父親と同い年ほどの防具職人に助けを求めたが…。
「GURAAAAAAA!!」
答えるのは魔物だけ。
「わたしはただ、防具を作って欲しかっただけなのにー!!」
叫びながら、少女は走り続ける。
物語の始まりは、少し前に遡る。
ウサ王国、それはユーリシア大陸で最も古く、最も巨大な国だ。
その王都といえば賑わいもまさに大陸一。日夜問わず人や物が活発に動き続ける不夜城ならぬ、不夜都市だ。
そんな王都の大通りから少し小道に入った、路地にある地味な店の前に一人の少女が立っていた。
少女の名はメイ。去年の冬に15歳の成人を迎えた駆け出し冒険者だ。
手には祖父が書いた大雑把な地図を握り、手元と店の看板を交互に見ている。
「ここが、アイクラウド防具店…」
その店は少女が一人で入るのがためらわれるほど…ぼろかった。
「ほ、本当にここ、なんだよね?」
少女も段々自信がなくなってきたが、店の前には確かに「アイクラウド防具店」と少々達筆に書いてある。
「えーい!お邪魔します!」
少女は意を決して店に足を踏み入れた。
カランカランとベルが久しぶりの新規客の来店を告げる。
店の中は外装と違い意外なほど清潔で、小ざっぱりとしていて待合用の机と椅子、そしてカウンター以外にはほとんど何も置かれていない。
そんな店に、一人の男がカウンターに座っていた。
「おう、邪魔するなら帰れ」
その男はこの店の店主だった。
「…はあ!?」
少女は戸惑った。
実家のある田舎を出てここに来るまで、山を越え、川を渡り、やっと王都にたどり着いたかと思えば、道行く人に話しかけても無視され、ようやく最近仲良くなった八百屋のおばさんに教えてもらって何とかこの店にたどり着いたのに、「邪魔をするなら帰れ」と?
一体この男は何者なんだ?
少女は思った。
しかし男はそんな少女のことを知ってか知らずか、淡々と話し始めた。
「俺はこの店の店主であり、唯一の職人であり、唯一の店員でもあるアイクラウド・カラハッドだ。ここはお洒落なカフェじゃねえ。冷やかしなら帰りな」
なるほど、確かにこの店はメイのような成人したての女子が来るような場所ではない。大方道に迷ったとでも思われたのだろう。
そうすると今の言葉はアイクラウドなりの気遣いだったのだろうか。
しかし、メイだってこの店に訪れるためにわざわざ田舎から苦労して来たのだ。はいそうですか、と帰るわけにはいかない。
そこで、メイは祖父から手紙を預かっていることを思い出した。
「あの、これ」
「ん?なんだ?」
アイクラウドは訝しみながらも手紙を受け取り、近くにあったペーパーカッターで開封した。
その手つき、断面は鮮やかで、彼が紛れもなく職人であることが感じられた。
「なになに…、拝啓クソ弟子様いかが過ごしやがっているでしょうか…」
以下本文である。
超かっこいい俺様は今日も田舎で愛しの嫁さんと王国一、いや大陸一可愛い孫に囲まれた楽園のような毎日だぜ。お前も早く嫁を見つけたら?(笑)
それはさておき、こないだその可愛い孫が成人したんだ。それでどんな仕事をしたいのか聞くと「冒険者」だって言うんだ。俺としちゃそんな危ない真似は絶対させたくねえが、孫の夢も壊したくねえ。だから、俺が最高の装備をそろえてやりたいんだが…。俺は武器は作れるが、防具のほうはからっきしなのは知ってるだろ?そこで、頭のいい俺は、王都で細々と鍛冶やってる不肖の弟子を思い出したわけよ。お前は昔から防具を作るセンスだけは良かったからな。
つーわけで、俺の孫に最高に似合う、最強の防具を作れ。
これは師匠命令だ。
かっこいい師匠から愛を込めて
追伸、孫に手ぇ出したら殺す。
「…まじかよ」
手紙を読み終えたアイクラウドの顔は真っ青だった。
この手紙が自分の師匠によって書かれたことは筆跡、それになによりこの内容から間違いない。
あの爺さんは本気で自分のことを天才だと思っていた。
「あの、わたしは内容は知らなかったんですけど、なんて書いてあったんですか?」
何も知らないのだろうか、メイが無邪気な顔で尋ねた。
「えーと、君、名前はなんだったか…」
「メイです」
「メイか。いや、君のおじいさんから、君の防具を作るように書いてあったんだが…」
「え?そうなんですか!おじいちゃんったらもう…」
「ん?というと君は何にも知らずにここに来たのか?」
「え、まあはい。あ、でもおじいちゃんの知り合いだっていうのは聞いてましたけど」
「そう、か…」
そういってアイクラウドは少し考えこむ素振りを見せたが…。
「はあ、こんなんでも俺の師匠か。わかった君の防具を作ろう。もちろんお代はいただくがな」
「え!い、いいんですか!?」
「ああ。ということで早速で悪いんだが」
「はい!」
「服を脱いでくれ」
「…はい?」
十分ほどたってアイクラウドが奥の部屋から帰ってきた。
「採寸は終わったみたいだな」
「はい。この長さを図るベルト、便利ですね。細かく線が書いてあって、体に巻き付けられて」
「ああ、それは俺の手製だな。それで、メイのスリーサイズは…」
「アイクラウドさんにはデリカシーがないんですか!?さっきもその、ふ、服を脱げだとか!」
メイは顔を真っ赤にして抗議した。
しかしアイクラウドはどこ吹く風で
「それが仕事なんだからしょうがないだろ。あ、あと俺のことはアイクでいいぞ。俺もメイって呼ぶから」
そう言うとアイクは机にメイが置いた羊皮紙を手に取った。
「で、羊皮紙に書いてあるこれがそうか。ふんふん…」
アイクは羊皮紙まじまじと見ている。
「な、なんですか?」
そして改めてメイに向き直ると、言った。
「よし、山に行くぞ。」
そして冒頭に戻る。
「アぁぁぁぁぁイぃぃぃぃぃクぅぅぅぅぅさぁぁぁぁぁん!!」
メイの体力もそろそろ限界に近づいてきていた。
足はとっくの前に棒のようになっている。
と、そこで左斜め前方の草むらがガサガサと揺れた。
すわ、新手か!とメイは身構えたが、そこにいたのは…。
「メイ!そのまま俺に合わせて左に跳べ!」
少し土に汚れたアイクだった。
「は?」
困惑するメイだったが、アイクは気にしない。
「3…2…1…今!」
「うぅ…えーい!」
メイがアイクに従い全力で横っ飛びした次の瞬間、先ほどまでメイがいた場所をフレイムドレイクが通り過ぎていった。
そしてフレイムドレイクが数歩も進まないうちに…。
ズボッ ズドーン
「GURAAAAAAAA!?」
アイクが先回りして設置していた落とし穴型の罠が起動、フレイムドレイクの動きを封じた。そして
「悪いな。」
そう言うと、アイクは手に持った巨大な解体包丁を素材に突き立てた。
「わあ!?アイクさん!この鎧とっても素敵です!」
翌日、再び店を訪れたメイはさっそく出来上がっていた自分専用のブレストアーマーに感嘆の声を上げていた。
「軽いし、動きを邪魔しないし、とっても可愛いです!」
「おう、そういってもらえると職人冥利に尽きるぜ。」
そういうと、アイクはごそごそと羊皮紙を近くにあった小棚から取り出した。
「それで、その鎧の代金なんだが…」
そうして数字の書かれた羊皮紙を受け取ったメイは、文字通り目をむいた。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん…ええええええ!?こ、こんなにするんですか!?」
「お、おい。ひょっとして手持ちが無いのか!?流石にそれは困るぞ!」
お互いにどうしたら良いかわからず慌て始めたその時だった。
「あ、そういえばおじいちゃんからもう一枚手紙を預かっているのを忘れてました!」
「はあ、手紙?」
そうして手渡された手紙の封を、アイクは昨日と同様に解いていく。
と、書いてあったのは…
追伸二、多分金がねえと思うから、しばらくお前のところで働かせてやってくれ。
「…はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そうしてこの日、アイクラウド防具店に新たな従業員が生まれたのだった。




