Endless Hopeless World
ふと目を開けると、まるで目なんて開けられていないかのように、暗闇が広がっていた。
驚くより先に理解が追いつかない。死んでるのかなんて考えてた。そんな僕は体を起こし生きていることを確認する。
「……いたい」
なんかすごい頭痛がする。それを抑えてなんとか立ち上がり、暗い世界をキョロキョロと見渡した。
まずここはどこだろう。そもそもなんで僕はこんなところにいるんだ。
いやまず。
「僕って誰だっけ」
いわゆる記憶喪失というやつだろうか。ここにきた理由も、僕の名前も記憶から無くなっていた。
少しずつ目が暗さに慣れ始めてきた。その慣れた視線の先に、まっすぐな一つの道が見えた。
「どうせ、ここにいてもやれることなんてない」
誰だかも分からず、どこだかも分からず、歩き出す。希望を持つ方法すらない中、僕は一直線にその身を進む。
×××
ずっとずっと、一直線。
暗闇をこつこつと歩きながら進む。あいも変わらず恐怖はない。
×××
「……あれ?」
ずっと暗かった世界に、一直線のその先に、何か光が見えた。細くてか細い光が見えた。
だからかその光に吸い込まれる様に進んでいく。そもそも一直線なのだ。行くしかない。
「扉だ」
辿り着くと、その光は扉から漏れているものだと気がついた。大きな扉だ、押して開く気がしない。
開かない、となるとここで行き止まりだ。
どうする。と考えたその時。
「なんか、音が聞こえる」
ゴゴゴ、と扉から音が聞こえる。漏れ出す光の量も増え始めた。扉が、自分勝手に開いている。
やがてその扉は完全に開ききった。その扉の先は、あいも変わらず暗いままで、何本かのろうそくがこの部屋を照らしている。不気味だ。
そしてそのあかりから見える部屋の奥には。
「来たか」
明らかに人ではない何かが、座っていた。
表現が出来ない。あの生物が一体何者で、どういう種なのか考えるより先に、恐怖が思考を妨げる。
どくん、どくん、と心臓が跳ねる。雰囲気が、おかしい。プレッシャーを感じる。
「……そんなに怯えるな、お前とただ話がしたいだけだ」
そんな春上がってる僕を尻目に、その何かは意外にも優しそうな声で僕にそう言った。
「は、はなし、ですか?」
もはや聞き返すことしかできない。何かはコクリと頷いた。
「そうだ……まず、自己紹介をさせてもらおう。私は、この世界の『魔王』になりかけている存在だ」
「ま、魔王?」
いきなり魔王。と言われて、僕は首をかしげる。ど、どうやらからの世界はファンタジーとかメルヘンみたいな世界なのだろうか?
いやメルヘンな世界に魔王なんて言葉はないか。
「驚かないのだな」
魔王は首をかしげる僕に向けてそう言う。
「いや、えっとなんか理解ができないというか。分からないことだらけで考えることもできないんですが」
「理解できないのも無理はない。君がいた世界とこの世界は別のものだからな。むしろいきなり呼び出してすまないとすら思っている」
パワーワードでぶん殴られてる気分になった。ぶん殴られた痛みで恐怖が少しずつ薄れるぐらい。
「よ、呼び出した?」
「あぁ、そうだ。……そうだな、単刀直入に言わせてもらおう。君をここに呼んだ理由、それはだな……」
含み笑いとともに、いきなりなんか重要そうなことを魔王は口にする。なんだ、なんでいきなりこんなこと言われてるんだ僕は。
魔王の次の言葉を待つ。指ひとつ、動かせない。
「……勇者を、止めて欲しいのだ」
「……え?」
魔王の言葉に、僕は口をぽかんと開ける。最高の間抜けヅラだ。
「勇者を止めて欲しいのだ」
「勇者を止める?」
「そうだ」
「勇者って世界を救う的な?」
「その勇者」
「世界を救う勇者を止める?」
「そう」
「……なんで?」
「……やはり、ちゃんと話さないと承諾はしてくれないみたいだな。
まずこの世界には……どういう状態でも『勇者』と『魔王』が存在する」
ありがたい。魔王の説明が始まった。ゲームの様な世界だ。
「そして、『勇者は魔王を倒す』ここはそんなくだらない、単調な物語が繰り返される世界だ」
……なんだろう。少しずつだけど、魔王の言葉に重さが増してきている。心からの叫びを聞いている様な、不思議な感覚に陥った。
「君はゲームをしたことがあるか。これと似た様な物語を聞いたことがないか?」
「ある様な、気がします」
勇者が魔王を倒す。明らかにテンプレなお話だ。王道すぎて最近逆に珍しいレベルに。ただゲームを理解していて、自分に関する記憶がなくなってる。なかなか不思議な記憶喪失だ。
「この世界もそれと同じだ。『勇者が魔王を倒すまで』この世界は終わらない」
さっき言ってたこととつながる。この世界にはどういう状態でも魔王と勇者がいる。つまり世界に勇者と魔王がいない状態はない。
どっちかがいなくなった時世界は終わる。と、いうことは。
「あなたは、世界を終わらせたくないから、勇者をここに来させるなと?」
「違う。そのまったく逆だ、この世界を終わらせたいから勇者をここに来させるな。と言っている」
「ん、んん?」
話が繋がらない。これまでの話とその言葉。全くもって矛盾している。
「まぁ、聞け。続きがあるん。少し話は変わるが似た様なゲームを知っているなら、君はある点に関して、不思議に思ったことはないか?……主人公の、命について」
主人公の命。という単語を聞いて、僕は『残機』という単語が次に浮かんだ。
主人公が死んでも、残機があれば生き返る。主人公が死んでも、ゲームを再起動すれば元どおり。
「なんで生き返ったんだ、は思ったことあります」
「この世界にも、その残機のようなシステムは存在するのだ。そしてこのシステムが……この物語を残酷にする」
「どういうことですか?」
魔王は、歯ぎしりをしながら。苦しそうに、言葉を吐き出す。
「……この世界の勇者の残機は、『この世界に住む住人』なのだ」
「……は?」
一瞬、目を見開いて、何言ってるのかわからない。と口に出しかけた。冷静に考えることが怖くなる。
つまり、勇者が死ぬと?
「じゃ、じゃあこの世界じゃ勇者が倒れると……?」
「そうだ、この世界の住人の誰かの命が勇者の代わりとなり消滅する」
「ゆ、勇者はそのことを!?」
「知らない、だが知る機会は多いにある。もし知ってしまったら……。
あぁ、ここからが私が勇者を止めて欲しい理由なんだ。もう一つ、この世界にシステムがある。
勇者は……魔王を倒したその瞬間に物語をリセットされる。記憶も、力も何もかもリセットされて戻される。この時に、勇者の代わりに死んだ住人も蘇る」
「そ、そうなんですか」
ホッとした。ホッとしたのを見た魔王は僕を睨みつける。
「話を最後まで聞け。だけど唯一、持ち込める記憶があるのだ。それは『自分が死んだ時、住人の命を犠牲にして蘇っている』という記憶なんだ!」
憎しみを吐き散らかす様に、魔王は椅子をどんと叩いた。ぼくはこの残酷な世界についてもう聞くだけで何も言葉を発せない。ただ、おかしいと思うところを見つけてしまった。なぜ魔王はそれを知っている?
「つまり、一度知ってしまったらそのデータを消すことはできない。何度も何度も繰り返す。自分が死ねば、住民は死ぬ。自分が戦わなければ、魔王達に住人は殺される!!
わかるか、一周目で私が殺した人達に、次の世界ではなんの悪意もなく私を応援してくれる!!限界になった私は住人に戦えない理由を話した!だけど誰も責めない!それはそうだ、私・が・自・殺・で・も・し・た・ら・誰・か・が・代・わ・り・に・死・ぬ・ん・だ・か・ら・な・!・」
「待ってください、な、なんかあなた、おかしくないですか?魔王なんですよね?どうしてそんな勇者側のことをそんな親身になって……」
「それが、勇者を止める理由なんだ。心の底から絶望した勇者には、魔王を打ち滅ぼした時、選択肢が生まれる。
……それは、『勇者をやめて、魔王になるか』というものだ」
「あ、あぁ」
その言葉で全てに納得がいった。
「つまり、あなたは」
「そう、前の勇者だ。まだ、魔王にはなっていないが」
それで、魔王になりかけと。
「……絶望に絶望を重ねた私は、勇者を捨てた。
でも、心の奥底に、ほんの少しだけ希望が残っていた。その希望に従って、私は力を振り絞り。願ったのだ。『希望を、この世界に、勇者でも、魔王でもない。世界を変える……希望を』とな」
魔王は、僕を指差した。
「そして、僕がきた」
魔王は頷いた。
「……だから、頼む。この世界を終わらせてくれ。手段は分からない。でも……頼む。私は、そろそろ魔王になる。魔王になったら勇者の記憶はなくなる……今しかないんだ」
魔王が、僕に頭を下げた。
僕は……。
……この話が作り話かもしれない。
それなら、魔王に手を貸すこととなりこの世界を崩壊させてしまう。
無関係な世界を、無関係な存在が滅ぼすことになる。
……この話が本当かもしれない。
それなら、僕は手伝いたい。今の話を聞いて、勇者を、魔王を救いたいと思わない存在は、きっとない。
僕は……。




