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大賢者、妻(?)と娘(?)を捨てて新しい恋に生きる

 ほう。『剣妖姫』ミスティのことを聞きたいと。

 

 まず剣において無双。かつ国色天香の美貌。ハイエルフらしからぬあの乳尻。

 どんな敵もあまりの妖艶さに見蕩れる、まさに地上に舞い降りたお色気の化身よ。

 はっ。わしの何が理性を旨とする大魔術師か。初めて会った時、すでに老境に差し掛かったわしは十代の小僧のように胸をときめかせた。

 ああ。だがこの胸のうちを告げられようか。せめてあと10年若ければ恋に生きれたろうに。

 

 彼女とわしは相棒だった。

 中原を荒らす残虐無比の吸血鬼『黒雲公』エルハドゥを倒してくれと請われ、決戦を挑み勝った。

 決着の後、彼女が手にハンマーと白木の杭を持ち、四肢を斬り飛ばされた奴に跨った時、トドメを差すのだと思った。


 ああ、だがあの光景は想像を超えていた。

 生命は、死を前にすると子を残そうと本能が働く。それは不死身といってよい吸血鬼も例外ではない。

 男根は立派にそそり立っておった。

 

 そして、ああ。ああ!! ミスティは黒雲公の心臓に突き刺さった杭にハンマーを打ち込みながら……下穿きを脱ぎ……。


 目の前で――SEX!!


 わしが心より愛した女は――オスを殺しながらでなければ絶頂できないアレな人だったのだ!!

 瀕死の瀬戸際ゆえだろう。黒雲公の男根より発された精液はまるで煮詰めた粥のようにドロドロとしていた。

 如何に出生率の低いハイエルフでも断末魔と共に発される精汁を胎に浴びれば子を確実に成せる。うん。正直吸血鬼が血を吸う以外で増えるとか知らんかったけど。


 え? NTR? いや、正直そんな風には思わんかった。恋人になった訳でもないし。

 好いた女が目の前で他の男に跨るとかしんどいと思ったが、わしは誰を恨めば良かったのか。

 口から血の泡を吹いて、わしの方を見ながら『コロシテ……コロシテ……』と呻く鬼人王タイザンじゃったのか。全身を氷付けにされ、四肢の端から肉体を砕かれる様を見せられながら悲鳴も上げれず絶命した魔人将ボアじゃったのか。


 ただ、あの三名は悪逆非道、殺されて当然の外道共であった。ミスティが無辜の民を手に掛けたことはない。それは保障しよう。


 じゃがもう無理。

 SEXの後殺す女性とか、股間が縮こまるし。 

 それに先日、わしが若返りの秘術を完成させたと知ったのだろう。ミスティからYES/NO枕が送られてきた。

 長年の相棒であったわしさえも殺めて子を成そうと言うのだろうか。


 このままミスティの相棒を続けては、わしの心の暖かく柔らかな部分が八つ裂きにされてしまうと思った。

 だから姿を消して、違う場所で名前を変えて人生をやり直そうと心に決めたのだ。

 諸国を漫遊して美味い飯でも食いつつ、新しい恋を探すたびに出るのだ。それにあの三姉妹がわしを見る目が、母親と同じように妖艶さを帯びてきてどうも居心地が悪いのよ。

 

 ……さて。

 それでは、ミスティと彼女の娘たちには適当に誤魔化しておいてくれ。

 わし、新天地で新しい恋を探すから! じゃあな!




「う、うえええぇ♡ どうしてそうなるのよぉ~♡ グヴェンが若返りの秘術を完成させたのは私と新しい性活をはじめるためだと思ったのにぃ~♡」

「現実を受け入れてください、ママ」


 剣妖姫ミスティは魔導映写機の映像が終わると同時にわんわんと泣きながら叫んだ。

 大魔術師グヴェンが映像で語ったとおり、まるで水蜜桃のように熟れた肢体、豊満な肉体は、人間よりも精霊に近いとされるハイエルフとは思えないほどに艶かしい。その艶かしさゆえに故郷の森を放逐された彼女にとって……グヴェンは大切な人だった。

 映像が終わると共に天井に明かりが差す。室内で眼鏡を治す魔術師装束の彼女はノヴィル。吸血鬼とハイエルフのハーフであり……大魔術師グヴェンを実の父親だと信じ続けてきた三姉妹の長女であった。

 えぐえぐと子供のように涙を溢す妖艶な実母を見ながらノヴィルは言う。


「そもそもパパの目の前で男を殺害しながらセックスとか絵に描いたような危険人物です。ママの行いには弁護の余地がありません」

「仕方ないのよぉ~♡」



 ぐずぐずと鼻を鳴らしながらミスティは口を開く。


「あのね、ノヴィル。ママはとても性欲が強いの。でもママはパパに一目惚れしたの。両思いよ♡


「そこは信じます。子供の頃からよく惚気ていましたから」

「でも……当時のパパは五十歳よぉ? ママがその性欲のままに行動してたらどうなったと思う?」


 ああ……とノヴィルは頭を抑えて呻いた。


「……パパが死にますね」

「そうよぉ♡ 確実にパパをヤリ殺したと思うのっ♡ 妊娠している間は性欲が抑えられた。かといってパパが好きで好きで仕方ないから距離を置くことも辛くてできなかったの……」


「でも目の前で他の男とセックスとか浮気では?」

「違うわよっ ママはパパの目の前で男を始末したわ♡ 体はともかく心はパパに向けていたのよぉ♡」


 話を聞けば確かにある程度は母に同情できる。ミスティママはパパを心から愛していた。けれどもその性獣の欲情をパパにぶつければ確実に腎虚で死ぬ。ならば、代わりの男を殺しながら子を宿すことで性欲を押さえ込んでいた。


 そしてパパの目の前で男を殺すことで、浮気してないという証明をしていたつもりだったのだ。

 純愛のつもりだったのだ、ママは。

 その行為がパパの精神をゴリゴリ削っていたとも気付かず。


 やっぱりサイコパスの発想だ、とミスティは思った。その本心をきちんとパパに伝えたならともかく、そうでないならパパが怖がって逃げるのも当然だ。


 子供の頃から不思議だった。

 いつも自分たち姉妹の面倒を見てくれたのは、大魔術師グヴェン。自分達は彼の事をパパと呼び、とても懐いていた。

 けれどいつか欺瞞は剥がれる。

 三人とも耳はハイエルフの血が流れる証のように尖っていた。

 しかし唇から伸びる吸血鬼の鋭い八重歯に、頭髪の隙間から顔を出す鬼の双角に、背中から伸びる魔人の皮翼に。それぞれ異なる種族の特徴が現れるにつれ……自分達はパパと呼んで慕っていた男となんら血の繋がりがないのではないか……と怯えていたのだ。

 ノヴィルは母を睨んだ。この地上に舞い降りたお色気の化身が自分たちを産んだことは感謝している。だが、今までパパと呼んだ男に対する不実な態度は罰されねばならない。


「……はぁ、しかたありません。許します」

「えっ?」


 ミスティは娘の言葉にぴょこんと長い耳を揺らして驚きの声を発した。

 自分がこれまでパパこと、大魔術師グヴェンに多大な心労をかけてきたことは今気付かされた。罪悪感と贖罪の気持ちで一杯だけど、敵を殺すこととまぐわうこと以外の全てをおなざりにしてきた彼女には……どうすれば復縁できるのか、まるで想像できなかった。

 だからこそ、自分の娘とは思えないほど賢い彼女の言葉は心強かった。


「ママを助けてくれるのねぇ♡ ありがと~~♡」


 そう言いながらたわわな巨乳同士をぶつけ合うかのように、娘のノヴィルに抱きつこうとしたミスティであったが……娘は、そんな母を避けながら、冷たい目で笑った。


「……ええ。許します。許しますとも」


 微笑を浮かべる。しかしその目には、強烈な嗜虐の色が輝いていた。慈悲の気配はなく、いじわるそうに微笑みながらノヴィルは言う。


「……私達三姉妹は、子供の頃、悲しくて泣いて暮らした時期があります。

 ずっと優しいパパの事が大好きでした。だからこそ……自分達がパパと血の繋がりがない事は、悲しくて胸が潰れる思いでした」

「うう。ご、ごめんなさいぃ……」


 ノヴェルは首を横に振る。

 先ほどまでとは違う。今まで心の中でずっと溜め込み続けてきた鬱屈を思うままにぶちまけることを喜ぶ、とてつもなく晴れがましい笑顔だった。


「でもね。

 血が繋がってないってことは、三姉妹のうち誰がパパと結婚しても何の問題もないってことですもの」


 え? とミスティママの眼が大きく見開かれ。娘は煽るように笑った。

 その言葉の意味と、娘の美貌に浮かぶ強烈な女の色香に、ミスティは敵の本心を悟った。


「ま……ママを裏切るのぉ?!」

「私達三姉妹は協定を張りました。これから先はパパの奪い合い――けれどもパパは新しい肉体と新しい人生を手に入れてもまだママに未練があるかもしれません」


 ノヴィルは手を翳す。こうして長話を続けるのも全て――床に仕込んだ空間転移魔術の発動時間を稼ぐため。

 ミスティママは足元に輝く魔術の光に目を見開く。


「だから……邪魔者はどこか遠いところに飛ばすことにしました」

「ま、待ちなさい、あげませんからねっ♡ パパはママのですからねっ♡


「……ほんと、独占欲が強いところだけはママそっくり……」


 そうして、ノヴィルはママに向かって嘲るように笑う。

 

「次に会う時は、パパとの間にできた子供を抱かせてあげますからね、ママ。……いーえ、おばあちゃん?」




 一人の若者が港に降り立った。

 長身で体には贅肉の一欠けらもなく。猫科の猛獣のようなしなやかな筋肉に覆われた虎体狼腰と称される戦士の肉体。

 目には深い知性の輝きを宿している。

 そんな美丈夫の青年が数ヶ月前まで枯れた老人だったと気付くものはいまい。

 港で感じる匂いはその国の匂いか。

 地位を返上し、ただのグヴェンとなった青年は朗らかに笑いながら歩き出す。


 愛に惑い苦しむことは喜びと表裏一体。

 失った恋の変わりに、新しい恋を探すため。


 彼は四匹の性獣が自分を追っているなど、知る由もなかった。

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