チートなんて使わない!──邪神によって転移された異世界生活──
「──というわけで君は死んでしまったわけだ。オッケー?」
巨大な柱と磨かれた大理石の床が広がるギリシャ風の神殿。
そこで僕、西尾亮はおちゃらけた様子で話す絶世の美少年の話を聞かされていた。
一応神様、ということらしい。
「あ、あぁ……」
何やら理解してるか聞いてきたみたいなのでとりあえず頷く。
正直、気づいたらこんな空間にいて、この自称神様のマシンガントークを聞かされたのでイマイチ状況が掴めていなかったが。
聞いた話を思い出しながら頭の中で整理する。
この神様曰く、僕は死んだらしい。
道に子供が飛び出したのでそれを止めるために飛び出して轢かれたのだとか。
その時のショックか死ぬ直前の記憶がないため他人事のように考えてしまう。
「なんだ、反応薄い。つまんない。もっと、死にたくなかったー! とか叫んでもいいのよ?」
そう言われても死んだ実感が湧かないため、どう反応していいか。
「あ、そうなんだ。実感湧かないなら仕方ないね、うん」
あれ?
今言葉に出てたっけ?
「言葉には出てないけど、分かるよ。神様だもん」
誇らしげに胸を張る神様。
「まぁ、本題に入るね。君は死ぬ前にボクの目に止まった。人を助けようとして、自分が死ぬなんて普通の人にできるようなもんじゃないよ。だからボクが、そんな君にお節介をしてあげようってね」
お節介?
「そう、お節介。簡単に言うと別世界で第二の人生を送らせてあげようってわけだ。異世界転移ってやつかな」
「それやるなら元の世界に戻すってことは?」
正直、知らない世界を生きるくらいなら同じ世界で第二の人生を歩みたい。
そう思う。
「えっとね、簡単に言うと、ボクは地球の管理者じゃないけど、君を送り込む異世界、アリアなら管理者だからそれくらいできる。オッケー?」
「オ、オッケー」
勢いに呑まれ頷く。
「まぁ頷かなくても、無理やり転移させちゃったりするんだけどね。ボクは神様だからワガママなのだ」
おい。
「で、続きだけど、そんな君に強力な特典をいくつか付けようってわけだよ。いわゆるチートってやつ」
チート。まぁラノベは読むし理解はできる。
「えっと……具体的にはどんな物を?」
「それは君が決めていいよ。いくつでもどんなものでも。神様だからね」
と、神様は再び胸を張る。
少し唖然とする。
こういうのって基本的に一つとか神様が決めるとかそんな感じだと思っていたが。
「そうだね。君が次の世界でも活躍できるように神様からの粋な計らいだよ。というわけでシンキングターイム! 今から一分でチート考えてね。考えたのがそのまま君のチートになるから。ちなみにアリアの世界はよくある魔法の世界ってイメージでいいと思うよ。てなわけで、さんにーいち、どうぞ!」
は?
今決める? いきなりすぎて固まる。
「ほら、早く考えないと時間経っちゃうよ。あと五十秒」
「……」
こっちの意見なぞ聞かんと言わんばかりの神様の様子を見て、今は考えるのが先と考えた。
えーと、チートだろ。ラノベを思い出せ。魔法の世界というならやっぱ魔法技能はカンストしてるくらいで、身体能力も──
パンと手を叩く音が響く。
「はい、終わり」
手を合わせてニッコリと笑う神様の姿があった。
「じゃあ、転移させるね。ボクを楽しませくれると嬉しいな」
楽しませる……?
「楽しませ──」
その言葉の意味を聞くことは叶わなかった。
視界が歪む。意識が落ちる。
それが僕が見た最後の神様の姿だった。
遠くからの何かの音で意識が戻る。
目覚めるとここは森の中のようだった。
「どこだ、ここ……?」
神様の言葉の通りだとしたらアリアに転移したという事だが。
前方から再び音が聞こえた。
これは悲鳴?
何か状況は分からないが、とりあえずそちらへ向かおうと走ることにする。
走ってまず気づいたのは、足が驚くほど速いことだ。
これは身体能力を著しくチートで強化して貰ったからだろうと予想を付ける。遠くの悲鳴が聞こえたのもそのおかげだろう。
さらにたまに目に付く見慣れない植物。
これらを合わせて考えると神様の言うことは正しかったのだろう。
そんなことを考えている間に、音の発生源にたどり着く。
森を抜けた先のその場所は、村のようだった。
本来はのどかな田舎のような場所だろうが、今は違った。
悲鳴。血。火。刃物。
そういった情報が一気に強化された僕の感覚を通して入ってくる。
気持ち悪い。
この村は現在襲われているらしい。
襲っているのは強盗団辺りだろうか?
「とにかく助けないと」
もし、神様がわざとこの場所に転移させたのならきっとこの村を助けろということなのだろう。そしてそのためのチートだ。
そう考えると、村へ駆け出す。
村へ入るとすぐに賊に殺されようとしている女性を見つけた。
剣を振り上げた賊に、手を伸ばす。
「ファイヤーボール」
魔法は考えただけで自然と口から出た。
手の先に現れた火球は、まっすぐと賊へ向かって飛ぶ。そして、思った通りに対象を燃やし、倒した。
「あ、あの……」
怯えた目の女性に、歩み寄ると立たせる。
怯えた目の先が賊より僕に向いているが仕方ないだろう。
「大丈夫。信じてもらえるかわかんないけど敵じゃないから。それよりこいつらの親玉みたいなのってどこにいるかわかる?」
無言で女性が指で方角を指し示す。
「ありがと。じゃあ、村はなんとかするから無事に逃げてね」
そう言うと、再び駆け出す。
何人いるか分からない雑魚の相手より、ボスを倒した方が早いと考えたからだ。
「う……」
少し頭が痛む。吐き気がする。
強化された感覚にまだ慣れてないせいだろうか。それとも初めて人を殺したせいだろうか。
けど、今はそんなのに構う暇はない。
そう耐え、たどり着いた先は村の中心部の広間のようだった。
本来は、綺麗な場所だったろうこの場所も今では建物の一部が壊され、燃やされ見る影もない。
一角には捕まった村人達が集められており、賊もこれまで以上の数がいる。
「お、誰だお前? この村にまだこんな元気な奴がいたとは」
賊の中心にいた、無精髭を生やし、大剣を持った男が話してくる。
周りの様子から彼がボスらしい。
「お前らを倒し、村を救う者ってところかな」
左手を村人へ、右手をボスへ向けて伸ばす。
「マジックバリア。からのエクスプロージョン!」
村人にバリアを張ると範囲魔法を唱えた。
爆音が響く。
恐らくまとめて殺せたはずだ。
そして──
「ごほっ!」
かつてないほどの頭痛と吐き気に襲われた。
腹の全てを吐き出すように咳をすると血を吐いた。
血……?
頭痛で……思考が回ら──
「ん……」
二度目の起床。
ただ、今回は前回と違い寝ていたのは室内のベットのようだった。
倒れた所を村人に助けられたと言ったところか?
捕虜として捕まったわけではなそうだ。
「てことは敵は──」
「やぁやぁ元気にしてるかい。ボクは元気だよ」
突如として脳内に声が響く。
この声は……
「神様」
「正解正解。覚えてくれたようで何よりだよ」
姿は見えないが笑い声が聞こえる。
「なぁ、神様。どうゆう事だ。魔法を使う度に頭痛と吐き気がやばいんだが」
「そう、その事を教えに来たんだよ。やっぱキミにも限界があるみたいだったからね」
限界……?
「魂の限界ってとこかな。キミに分かるように例えるなら、本来は魂ごとに振れるステータスは決まってるわけだ。それをボクが強引に限界を超えて振った。その結果どうなるか。本来以上の力を発揮するたびにキミの魂は傷つくわけだ」
「つまり?」
「チートを使う度にダメージをくらい、最終的にキミは死ぬってことかな」
あっさりと言われた。
が、死んだという報告以上に衝撃が走る。
「何故予め教えなかった」
「ボクが楽しむため、かな? チートを考える時間が短かったのも当然わざとだよ。こうして苦しむ人を見るのが楽しいんだよね。てかそれくらいしか娯楽がなくてさ。暇で」
自分より下等生物を使い遊んでいると言ったところか。神様だってのに、いや神様だからか罪の意識なぞなさそうだった。
神は神でも邪神だな。
「じゃあ、ボクはこれでおさらばするね。今後もボクを楽しませてくれると嬉しいな」
そういうと声はピタリと止んだ。
言うことはこれで終わり、ということらしい。
「すぅ……ふぅ……」
大きく深呼吸をする。
考えろ。チートを使う度に命を縮めるというのなら使わなければいいだけだ。
大きく頭痛と吐き気がしたのは魔法を使った時だけだ。なるべく使わなければ無事に暮らせるはず。
「すみません。おきてますか?」
ドアの向こうから声がかかる。
「あ、はい」
「では、失礼します」
カチャリと扉が開く。
入ってきたのは、老人と若い男数名。全員入ると老人が喋りはじめる。
「村長のヨセフです。この度は我らの村を救っていただきありがとうございました。そして、再び我らをお助けください」
そういうと村長は頭を下げた。村長に続き周りも全員頭を下げる。
「我らを襲ったものが再び襲おうと我らに迫っております。ぜひ、何卒その力で再び我らをお助けください」
「……」
どうも邪神は意地でもチートを使わせたいらしい。
頭を下げた周りを見ながら、僕はここをどう切り抜けるか考える事にした。




