サークルクラッシャーの坂下さんとサブカル研の青い春
2014年の秋アニメといえばもう5年近くたつが、記憶に強く刻みついている人間も多いと思う。「Fate」、「SAO」、「四月は君の嘘」「結城友奈は勇者である」と軽く並べていくだけでもこのクールがかなり良クールだったということはわかる。
そして、アニメ好きの学生たちの将来選択に多大なる影響を与えたであろう「SHIROBAKO」が放送されたクールでもあった。
アニメ制作の現場のあれこれをエンタメとして昇華したこのアニメは、俺たちのいる「サブカルチャー研究会」のOBたちにも影響を与え、それから大きなことを色々やるようになったとか。
まぁ、それも過去の話だ。
2019年4月3日、入学式も終わり、大学内には初々しい雰囲気をまとった新入生が沢山入ってきて、みなどこか浮足立っているこの時期。それと同時に僕ら在校生が目に血を走らせながら行うことがあった。
そう、新歓である。どこのサークルも新入生がほしくて必死にビラを配ったり、ブースで説明をしたり、部員を増やすためになけなしのお金を使って一年生にタダ飯を食べさせてあげたり……とまぁみんな必死なわけである。
今日は新歓祭と呼ばれる各サークルがブースを出して新入生を呼び込むイベントであった。
「なぁ、大貴。今年はどのくらい部員が入ってくると思う」
「さぁ、どうだろな。新歓ゼロ人でしたってことはないだろ」
俺と大貴もこの新歓祭に「サブカルチャー研究会」としてブースを出している。本当は毎年三年生がブースにいるらしいが、会長たちに頼まれてしまったので仕方ない。その上「かわいい女の子を連れてこい」なんてミッションまで与えられてしまった。
「かわいい子を連れて来いって言われてもな、到底無理だろ。うちのサークル男ばっかりでむさくるしいし」
われらがサブカルチャー研究会、通称サブカル研は都北大学唯一のいわゆる「オタサー」だ。
唯一ということもあってメンバーは40人近くいて、大学内でも規模はそこそこ大きいサークルである。とは言っても実態は教室をとって家から持ってきた円盤を適当に見たり、「大乱闘」の対戦プレイをしたりとまぁなんというかダラダラやるサークルって感じだ。現状部員は男ばかりで、女の子の部員はいてもほとんど定例会には参加しない。
「そりゃ、佑介。このサークルの現状見たらわかるだろ。女の子はそうそう入らないだろ」
確かに大貴の言うとおりだった。
俺たちが入る前、要するに今から三年前、このサークルは界隈ではそこそこ有名なサークルだった。コミックマーケットで売られる業界インタビュー雑誌の「Stand alone」は毎度500部近くの売り上げをたたき出す、評論・インタビュー誌のジャンルではかなり異端なものだった。
しかし、今はどうだ。雑誌制作を牽引していたサークルの会長が卒業し、制作を指揮できる人がいなくなってからはこのザマだ。
「なぁ、大貴。今年は何かでっかいことやりてぇよな」
「ああ、そうだな。何か、周りの奴らをあっと言わせるような何かを」
何も考えずに口から出た言葉だった。
去年の今頃、ここのサークルを巣立ったOBたちがエンタメ業界でその剛腕を遺憾なく発揮しているのを知った。当時、新入生だった俺と大貴は卒業後に業界に入り込む足がかりにしてやるという野望を抱きながらサブカル研の部室の扉を叩いたのだ。
今もあの頃とその心意気というのは全く変わらない。
「はぁ」
ため息をつくしかできない。そんな自分自身が嫌だった。
ブースに並べられているのは俺たちが入部する前の年まで発刊されていた「stand alone」の見本誌。
それを見せながら、キラキラと目を輝かせながら話を聞きに来ている新入生に「うちのサークルではこんな雑誌を作っています」って説明をするのがホントにしんどい。
「ああ、嫌になるなぁ」
思わず口から出てしまった。
「あのー」
ちょうどその時だった。前から声がしたのでうつむいていた顔を上げると、そこには一人の女の子が立っていた。桜が風に散る中、肩のあたりで切りそろえられた黒い髪が揺れる。
俺が抱いた感想としては「きれい」と、ただそれだけだった。
男くさいうちのサークルには到底似つかわしくない、どちらかというと薙刀とかやってそうな、凛とした美しさが彼女にはあった。
「うちのサークルに興味がありますか」
「ええ」
俺の質問に彼女は小さくうなづきながら、答える。
こんな子がうちのサークルに興味があるのか、珍しいものだな。
長いことオタクをやっていると、何となくだがオーラで自分と同族の人間はわかってしまうのだが、彼女からはまったくそのオーラを感じなかった。
「じゃあ、説明しますね……」
そういって俺は彼女にサークルの説明を始める。
彼女はというと、興味深そうにうなづきながらサークルの説明を聞いていた。
彼女が入ってくれれば、先輩のミッションはクリアするし、サークルも少しは華やかになりそうだなぁ。
俺は話しながら、そんな風に捕らぬ狸の皮算用をしていた。
***
4月20日、毎年サブカル研もほかのパリピサークル同様に新歓食事会ということで、新入生にただ飯を食わせてサークルに入らせよう会を開いていた。
「それにしても、思ったより人が来てるな」
会場になっている大学の近くの居酒屋には、25人の現部員に加え、13人の新入生が参加していた。男子9人に女子が4人、女子が4人も来てくれたことも正直驚きだ。
その中には新歓祭に来てくれていたあの女の子の姿も見えた。
彼女はどうやら俺たちと同級生の唯香にサークル活動のこととか、そのあたりの話を聞いているらしい。まぁ、こんなサークルだ。女の子だから聞けることもいろいろあるのかもしれない。
そんな様子を遠くから見ていると、後ろから酒臭いにおいをさせながら誰かが抱きついてきた。
「おいおい、やるやん、佑介。あんなかわいい子どうやって連れてきたんや」
「離れてくださいよ、会長。それにそれは、俺のほうが聞きたいぐらいですよ」
改めて例の女の子のほうに目を向ける。
うちのサークルは、いわゆるオタサーってだけあって恋愛とかそういうのには無頓着な人間が多いからマシかもしれないけど、他のサークルだったらサークルクラッシャーになりかねない。間違いなくそんなタイプの子だろう。
少しして、俺の視線に気づいたのか彼女がこちらに顔を向けてきた。
目が合ったので何も考えずに小さく手を振ったのだが、彼女のほうはというと無視。
そのままプイッと顔を背けて、また先ほどまで話し始めた。
「佑介、泣くな。リアルなんてそんなもんだぜ。ほら、メニューあるからお前もなんか飲め」
会長が笑いながらそういって、アルコールのメニューを手渡してくる。
一杯目は新入生もいるということもあり、ソフトドリンクで乾杯をしたが、誘惑には勝てなかった。
呼び鈴を押して、店員さんがやってくるともう半自動的に「とりあえず生」と言っていた。
***
「あれ、ここは?」
目を開けるとそこはいつも違う天井だった。あたりを見渡してみる。どうやら誰かのアパートかマンションの部屋の中らしいが、正直行ったことがある記憶はない。
というか……ここ女の子の部屋じゃないか。
壁に貼られた男性声優のポスター、机や棚の上の小物。一体ここは誰の部屋なんだ。
「目を覚ましましたか。佑介先輩」
あたりを見渡していると、扉を開けて女の子が部屋の中に入ってきた。
「君はサブカル研の新歓に来ていた……」
「坂下真咲です」
彼女は俺の眠っていたソファーの隣に腰かける。
「俺、潰れてたのか?」
「ええ、すごかったですよ」
彼女がフフッと笑いながらいう。
俺は全身から血の気が引いた。会長にあんなことを言っておいて俺が迷惑をかけるとは。
「俺、何も変なことしてないよな。というかほかの奴らじゃなくてなんで坂下さんの家に」
さすがに、酔っぱらってそのまま下級生の女の子の部屋に連れてかれるってのはいろいろとヤバい。
「まぁ、いろいろすごかったですけど、先輩の思っているような変なことはしてないですよ。それに先輩を連れてきたのも少しお話ししたいことがあったからですから」
「それってどういう……」
「先輩、あの場で言ってました。でっかいことをやりたい。雑誌を作りたいし、エンタメ業界に少しでもかかわりたいって。『SHIROBAKOを見たときの感動を忘れたのかよ』って」
俺の質問に重ねるように彼女が言う。ああ、俺はあの場でそんなことを言ったのか。こりゃまた盛大な恥をかいたな。
「私も何です。何かやりたくて。大好きなアニメや漫画の世界に飛び込みたくてここに来たんです」
彼女の目は輝いていた。まるで一年前にあのサークルに入ったときの俺たちのように。
「だけど、それはもう無理だ。このサークルに雑誌を作るノウハウもなければ、メンバーにその気もないからな」
それが現実だ。たとえ俺の中に熱いものがあっても、俺には動き出す勇気もきっかけも、知識も、何もかもがない。
「でも先輩はやりたいんですよね。ならやりましょうよ」
やれるならやりたい。そんなの当たり前だ。でも……。
「サークルクラッシャー。それに私がなります」
彼女はバッグの中から一枚の紙を取り出す。
「私が、このサークルを壊します。みんなを動かします。だからやりましょう。でっかいこと」
そう言って笑いながら見せてきたのは、サブカル研への入部届だった。




