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TS娘、今日も正体(なかみ)をひた隠す

『そんな可愛らしい見かけして男だと!?まだそんな寝ぼけた事言ってるのかクソガキ!』

怒号と共に繰り出された拳が眼前まで迫り――


「――――っ!ハァッ、ハァッ」


直後、夢の世界から意識が手放された。


「今のは夢だ、もう過去の話なんだ、思い出さないほうがいいんだ」


 自分に言い聞かせる様にぶつぶつと呟く。だけれども、喉から出てくる声は頭にキンキンと響くような高くて可愛らしい声で、さっきの光景は夢でも『自分の現状』は決して夢ではない事を嫌でも突き付けてくる。


「これも夢だったらよかったのにな……」


ベッドから起き上がり、この世界ではそれなりに値が張る姿見の前に立つ。

透き通るような白い肌、蒼い瞳、桃色の唇。

華奢な手足と体の微かな凹凸に映える柔らかな金色の髪。

目の前に映る、シンプルな寝巻きに身を包んだ愛くるしい少女が今の俺。【アリス】と呼ばれている自分だ。


――――――――――――――――


「しばらくお休みでよかったね、ザラ」


 俺は隣を歩く女性に話しかける。


「ああ、この間の依頼の入りが大きかったからな。5日ぐらいはゆっくりできそうだ」


すっかり小さくなってしまった自分の頭上から返ってくる返事がとても優し気で、本当に彼女に巡り合えてよかったと思える。もしザラによって『あそこ』から助け出されなかったら今頃……想像もしたくない。


「あたしもザラと一緒に過ごせるから嬉しい!」


周りからは可愛らしく見えるであろう笑顔を浮かべながらザラを見上げ、心からの言葉を送る。『あそこ』で体験したことで得られたメリットなんて、(内面はともかく)外見相応の女の子らしい振る舞いが出来るようになった事しかない。


「そうか……私もアリスがこうやって笑えるようになって嬉しい」


 ザラが薄く微笑む。すらりとした体躯に、端正な顔立ちに映える切れ目と短めの黒髪。冒険者としてそこそこ名の知れたこの女性の感情表現はあまり豊かではないけれど、心が擦り切れかけた俺がこうやって一緒に街中で買い物に出かけられるまでになったのはこの人が俺を助けてくれたから、真摯に向き合ってくれたから。だから、彼女が何を考えどんな気持ちなのかは殆どわかる。だからこそ、俺は気を付けなければならない。知られちゃダメなんだ。


「あ、お店見えてきたよ。行こう行こう!」


 気を紛らわす為に駆け足で店に向かう。無意識に、後ろを振り向いてザラを促したから前なんて見えてなかった。だから――ドンッと体に衝撃が伝わった時にはもう遅かった。


「おい、ガキィ。どこ見てるんだテメェ」


如何にも柄の悪い男にぶつかってしまった。罵声を受けて思わず、身がすくんでしまう。


「あ……ぁ……ごめんなさぃ……」

「声が小せぇなぁ……もっと『セイイ』って奴を見せろや」


声が震える。目に涙が浮かぶ。『あそこ』の――あの奴隷商館の中で心に刻まれた傷が痛む。


――気が付いたら少女の姿でこの世界にいた。

――森の中をさまよっていたら、優しそうな人に保護された。されてしまった。

――その人は非合法の奴隷商人の手先だった。目が覚めたら奴隷商館の檻の中だった。

――如何にも暴力的な巨漢に言葉遣いを責められた。いつも顔を殴られた。目元のきつい美人に立ち振る舞いをなじられた。決まって最後に道具としての価値しかないと罵倒された。暴力罵倒折檻痛罵虐待人格否定精神断絶あぁいやだいやだいやだまたあの頃を思い出してしまう嫌だ嫌だ嫌だ嫌


「それ位にしておいてもらおうか。この子が怯えている」


不意に、耳と頭の中に声が届いた。心がボロボロになっていたあの時と同じ強くまっすぐな響き。


「ぶつかってきたのはそっちのガキだろ!?」

「それについては、私が謝罪する。だから気を静めてもらいたい」


 尚も態度を改めない男に対して、彼女もまた毅然とした態度を崩さない。彼女の顔を眺めると、表情こそいつもと同じ冷静なものだったが瞳にははっきりと怒りがにじみ出ている。


「テメェ、ちょっとばかり美人だからって調子に―」


 男の怒号が止まる。その顔には焦りが浮かんでいる。眼前の『ちょっとばかりの美人』が自分の喉元に刃物を突き付けていたから。周囲からざわつきが聞こえる。


「気を静めてもらいたい、と言ったはずだが?すまないが、私としても事を荒げたくない」

「―ぅ、わっわかったよ。ガキ、次からは気を付けろよ」


 男はやや怯えを帯びた顔で捨て台詞を吐いて立ち去った。男の姿が見えなくなってから、ザラは周りに聞こえるように大声を出す。


「すまない!手元のこれは模造刀だ!初めから流血沙汰にするつもりは無い!」


手に握った刃の無い短刀を見せびらかすように抱げて宣言する。周囲の面々は、「呆れを浮かべている住民、ザラの機敏な立ち振る舞いに感心している冒険者など各々思い思いの反応をしているが、驚愕している者は少ない。何せ、目の前の人物が町で騒ぎを起こすのはこれが初めてではないのだから。


「ザラ……ごめんなさい。また、あたしのせいで」

「アリス……気にしなくていいんだ。まだ、お前の心が完全に癒されたわけではないのだから」


 申し訳しかない俺の謝罪に対して、ザラはただ優しく答える。精神が大分持ち直したとはいえ、未だに誰かから罵声を受けると心の傷が開く。抑えが効かなくなる。その度に彼女が泥を被るかのように騒ぎを引き起こしてしまう。


「悪いのはあいつだ。子供にあのような態度を取るのは大人として失格だ」


 眉をひそめながら、自分の考えを述べる。恐らく、いや確実にザラは【重度の男嫌い】だ。女性に対してはあまり押しが強いわけではないが、逆に男性に対しては妙に対応が厳しい。だから、俺が異世界から来た元男だなんて知られたら……


『アリス……私を誑かしていたのか……もう、養う価値もない』


待ち受けるのは、唾棄。そして拒絶。嫌だ、それだけは嫌だ。

彼女は不器用な所はあるけど、勘はいい。例えどんなに素っ頓狂な真実でも、僅かなボロをさらせばあっという間に見抜いてくるに違いない。だから……だから、絶対に知らちゃいけない。この世界に来てしまってから本当の意味で俺を救ってくれた人、今現在たった一人心を許せる人だから。最悪の形であの人の心を傷つけたくない。


「……アリス、どうしたんだ?まだ、怖いのか?」


 どうやら、少し考え込んでいたみたいだった。ザラが心配そうに伺ってくる。これ以上、彼女を心配させるわけにはいかない。


「ううん、なんでもないよ。大丈夫。お店に入ろ」


 未だ混濁とする心を隠し、俺はザラに笑いかけた。


――――――――――――――――


(何とか切り抜けられたかな)


 一難過ぎて、品定めをしている少女を見つめる。彼女は本当に健気で、純粋で、儚げで、だからこそ私は気を付けなければいけない。


(絶対に気付かれてはいけないな……私の前世が男だったという事は)


 若くして妻に先立たれ、ロクに人付き合いもせず過労死するまで惰性で生きてきた男。異なる世界に別の性で転生して、その異物さを誤魔化さず周りに馴染めなかった―馴染もうとしなかったあぶれ者。挙句、故郷を飛び出してそのままの勢いで冒険者になって、それなりに名を知られるようになったが、所詮はやくざ者の域を出ない女。生きているから生きている、前世と同じく今生でもつまらない人間である事に変わりはなかった。

 そんな私がある依頼の時、偶々助けることになった少女。それがアリス。この世界で私が誇れて、守りたいと唯一思えるのがあの子だ。


 今でこそ明るく振舞えるようになったが、先ほどのやり取りを見て明らかなように未だにあの頃のトラウマは【重度の男性恐怖症】となって彼女を苦しめている。そんな彼女に私の秘密がバレたら……


『ザラ……本当は男の人だったの? あ、あ…嫌!嫌ァ!』


間違いなく待っているのは拒絶。そんな事態は恐ろしい、あまりにも。


この子は純粋さに反して中々聡い。私がほんの僅かでも綻びを出したら例えどんなに素っ頓狂な真実でも、ピタリと射抜かれてしまうだろう。

だから、決して知られる訳にはいかない。私以上に、彼女を傷つけたくないから。


ただ、あの対応は明らかにやりすぎたな……。アリスに気を張る余り、最近男性への当たりがきつめになっているのは少し気を付けなければならない。前世における同性だからか、つい遠慮と容赦が無くなりがちになってしまう。冒険者という職種において、時に女性が軽く見られがちだから舐められないように心掛けているのも拍車を掛けているだろう。私としては特に男性に対して偏見はないつもりだが……ううん。


――――――――――――――――


(この世界で身を委ねられるのはザラしかいない)

(今となってはアリスだけが心の拠り所なんだ)


――これは、見る者によってはひどく滑稽に映る物語。


(どうか、明日も)

(お願いだからずっと)


二人の優しくてちょっと不器用な嘘吐きの物語。


(男だった事が彼女にバレませんように)



互いを思うが故に、同じ秘密を互いに隠し続ける物語――

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