ゾンビになりかけた人間
一括りに日記といってもいろいろなものがある。交換日記、秘密日記、夢日記、普通の日記。
俺の趣味は日記を書くことだ。ただ、傍観者となり、周囲を観察する。そこに自分の意思などない。周りから見れば、ただ惰性的に一日を過ごしていると解釈するだろう。だが、それは違う。傍観者たる自分が周囲に干渉することは絶対的なタブーなのだ。皆もそのことをわかり始めたのだろうか。だんだんと俺に話しかけなくなっていった。今日も俺は日記に事実を書き綴る。
日記を書き始めてから初めての疑問。それは、小さなしこりとなって俺の心に残った。日記の片隅に綴る。
「俺は、何をしてるんだ?」
今日も俺は事実を見続ける。しかし、癪だ。あの男。クラスのお調子者であるあの男。クラスメイトからの話を的確に受け、相手を笑わせ、自分も笑う。別に俺が妬んでいるわけではない。あの男は、どこか生気を失っているように感じるのだ。あえて形容しようというのなら“ゾンビ”。確かに、楽しそうに喋ってはいるが、そこに明確な意思を感じられない。傍観者たる俺が疑問を持つのはいけない。ましてや、それを日記に書くというのは論外だ。それでも、俺は日記に書き綴る。
「奴は、何者だ?」
「俺は、何者だ?」
最近は奴ばかりを見てしまう。やはり、妙だ。最近は、さらに違和感が増している。何か、知ってはいけないことを知ってしまったような。そんな違和感。最近の日記は奴に対する疑問と俺に対する疑問ばかりだ。それは、傍観者たる自分にとっての禁忌であるにもかかわらずだ。
「奴は、なんなのだ?」
「俺は、なんなのだ?」
明らかにおかしい。何かが、何かが狂っている。あの時までこんな気持ちになることはなかった。俺は日記に事実を綴ることが使命であり、義務だと思っていた。奴に疑問を抱き、俺に疑問を抱くまでは。この気持ちを日記に書き綴る。
「俺は、何をしてるんだ?」
「お前は、何もしていない」
日記から独りでに文字がうかぶ。いや、それは事実ではない。気づかないうちに“自分”で書いていたのだ。傍観者たる自分が、ついに、疑問に答えてしまったのだ。そうだ。今まで自分は何もしてこなかった。周りに何も干渉せず、ただ、一人で事実だけを見ていた、書いていた。そこに自分の意思などない。
ただ、最近は一つだけ、自分の意思が介入した。それは、ちっぽけな一つの疑問。
「奴は、何だ?」
「奴は、ゾンビだ」
「僕は、何だ?」
「ゾンビから、立ち直った、“人間”だ」




