こびとの棲む街
何だか憎めない顔をしているなぁ。
小人の悪戯をたしなめる町人は心が広い。
ダメなことは叱るけれど、ちょっとしたことなら「こらこら」と笑ってたしなめる。
ある晩。
思い詰めた表情の男が、路地裏の扉に手を掛けた。
鍵を壊し、中に忍び込み、金庫に手を掛けた瞬間――。
「こらこら」
男はぎょっとして金庫から手を離した。
確かに誰もいないはずだった背後には、にこやかに笑んだ小人が佇んでいた。
小人が喋るなんて、見たことも聞いたこともない。
戸惑う男に対し、小人は笑みを崩さず言った。
「こらこら」
悪意なく深まる小人の笑みに、何故か今まで感じたことのない悪寒が男の背筋を駆け上った。
生活に溶け込んでいて気がつかなかったが、人ならざるものの底しれなさが男を恐怖させた。
男が瞬く間に小人の姿は掻き消えていた。
「だめよ」
続いて耳元で聞こえた女の声に、男はヒッと悲鳴を上げた。
振り返ると金庫の上には先程とは別の小人が腰掛けていた。小人が男に困った顔を向ける。
「だめよ」
その声を背に受けて、男は何も盗らずに逃げ出していた。
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戦が始まった。
食糧が無くなった。
小人が干し肉を少し盗った。
「この泥棒!」
小人は憎めない顔で笑った。
しかし人々は小人を殴った。
小人は捕まると痛い目にあった。
次第に、小人は笑わなくなった。
街に現れる小人は多くの食糧を盗み、より悪質な罠を張るようになった。
血走った眼をした小人が去った納屋では鶏が息絶えていた。
小人を轢いた自転車は翌日馬車に轢かれた。
小人を沈めた井戸には毒が混じった。
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街に火が回った。
親とはぐれた人間の子供が泣いていた。
誰も彼女に目を掛ける余裕がない。
小さな少女の膝ほどしかない人影が、どこからともなく現れた。
少女は泣き止んだ。
次の瞬間には、少女と小人の姿は夢のように掻き消えていた。
その時小人がどんな表情をしていたのか、少女を除けば誰にも分からない。