2話 秘書のいる生活
「こちらがヒナ様のお部屋になります」
ハッピーラブリー城内を20分くらい歩き回ってようやくお部屋に辿り着いて私もハッピーになれた、気がした。
道中、頭だけがトカゲで体は人間っぽい魔族とか頭が無い鎧の騎士とかとスレ違ってビビったが、私が会釈すると向こうもおじぎしてくれたので何やらホッコリする。
魔族って言ってもそんなに感じ悪い連中ではないのかも。
それにしても、お城暮らしなんて言ってみれば女の子の憧れの的でテンション上がると思ってたがこれだけ広いと移動が面倒そうという現実に気付いてしまった。
まぁ必要なもの持ち込んで部屋でヒキコモリ生活を満喫してるのもいいか。
秘書が付く、という待遇を考えれば部屋のグレードにも期待がもてた。
そんな事を考えながら扉を開け、私のお部屋に入ると中は石畳の床。ゴツゴツした岩の壁。窓には鉄格子がハメられていた。
あとは何もない。
何も。
「おかしいな。私の部屋は、牢屋かな?」
五七五。
「いえいえいえ! 異世界人のセンスは分からないので部屋のコーディネートはヒナ様自身に任せるのが一番かと。必要なものはコチラで用意いたします」
「えぇええ……そんなの大体でいいよ、大体で。私あんまりこだわりとか無いから」
「了解しました。では念のため確認しておきますが例えばドクロと毒ヘビならどちらのイメージで統一するとヒナ様の心は安らぎますか?」
このアマふざけてんのかと思ったがエッチさんの瞳は一点の曇りなく澄みきっていた。
「ごめん、やっぱり部屋のコーディネートは私がするね」
魔族のセンスってデスメタルとかそういう系なのかしら。
それとも彼女だけが変なのか。いずれにせよファック!
無難なデザインの机、椅子、ベッドを一通り持ってきてもらうようエッチ秘書に注文したが、お届けは三日後になるという。ア○ゾンに負けてるぞ魔族たちよ!
まぁああいう所で働いてる人たちはある意味、人間辞めてそうだけど。
「しかし、という事は今から三日間、夜になったら牢屋みたいな部屋の地べたで寝っころがって過ごすのか……」
鎧を着たままガシャリと固く冷たい石の床に横たわり、鉄格子からのぞく薄暗い空を見上げた。
ちなみにこの辺りの空にはデカくて凶悪で化け物みたいな怪鳥が飛びかってるので用心のため鉄格子がハメられているそうだ。人間の肉が大好物らしい。
化け物みたい、というか化け物そのものだよ!
「あの、ヒナ様が宿っている魔神の肉体は強靭ですので一か月くらい寝なくても平気ですよ」
「あ、そういうもんなの?」
「ちなみに食事もとらなくて平気です。単に味を楽しむために食べる事自体は出来ますが」
それは便利だな。
でも食事も睡眠も無かったら一日が凄く長く感じそう。
ここにはテレビもネットも無さそうだし。
さしあたって今から何をしたらよいものか考えあぐねてしまう。
「ああ……じゃあ資格試験の勉強でもしようかな。そもそもレベルアップが私の目的なワケだしね。簿記の参考書とかある?」
こっちの世界でも金勘定くらいはしてるだろう。
しかし私の世界と同じやり方かどうかは怪しいところであり、過度の期待はしないでエッチさんに聞いてみる。
「ぼ、勃起の参考書ですか……? いやらしい! いやらしい! いやらしい!」
期待はずれにもほどがある返答でした。
いやらしい! と抗議しながらも秘書の表情は今日イチで輝いていた。こいつ、一体なんなんだ。
興奮したように叫び出したかと思えばキリッと真顔に戻って妙な事を告白した。
「申し訳ありません。私、サキュバスなので実は下ネタに目が無いのです」
「ごめん。よく知らないんだけどサキュバスって、みんなそんな感じなのかな?」
「サキュバスのプロポーズの言葉は下ネタであるほどキュンキュンしますし、サキュバスの死に際の一言もえげつない下ネタであるほど遺族は泣けます」
「そりゃ泣きたくもなるだろうけど」
彼女も黙っていれば頭よさそうな素敵美人だったのに出会って五分ほどでメッキがボロボロ落ちまくりんぐ(現在進行形)。
まぁあんまり完璧すぎるコが秘書なのも疲れそうだけど。
「とりあえず私、意外と下ネタは苦手だから以後、下ネタ禁止で」
「えええええええええええ!? そそそんなぁ……」
涙目になるくらいショックかい?
シュンっとしてちょっとかわいそうだったので、頭をなでて……あげるより尻でもなでた方が喜ぶのだろうか、サキュバス的には。
というワケでエッチさんのお尻を「よしよし」となでてあげた。
「えっ!? 下ネタは禁止なのでは!?」
「私がやる分にはいいのよ」
「なっ、なんてワガママな人! このワガママボディ! そしてワガママな相棒と書いてワガママバディ!」
そう言いながらもちょっと嬉しそうなエッチさんだった。
よく分からんがゴキゲンになったのなら良しとしよう。
秘書って確かに相棒みたいなもので仲良いに越した事はないからね。