13話 帰ってきた異世界生活
「うおおおおクソッ! クソッ! 昨日おとといとバイト2連チャンで凡ミスして怒られてヘコんでたアタシになんて罠しかけやがる!? クソが! ウンコが!」
真相を知ったイベっちが怒りの雄叫びを咆哮した。
あらら、イベっちも色々とお悩みがあるんだね。
次にアッチの世界に戻ったらお酒でも飲んでグチでも吐きあおうよ。
「おい、このウジ虫ウシ野郎が。なんの怨みがあってアタシを陥れようとしやがったんだ、ええオイ?」
さっきまでの遠慮がちな態度はどこへやら。
慇懃無礼なイベっち節が炸裂してスパークしている。
「何を!? ゴーストごときが伯爵たる我輩になんたる口の聞き方……許すまじ!!」
怒りの形相でモーちゃんが丸太のように太くてゴツい腕で掴みかかる。
しかし、そこは幽霊ボディのイベっち、スルリと透過してかわす。
「ふん、アストラルボディだからと調子に乗るでない……いでよ、ゲヘナの焔! 絶える事なき火で我が敵を焼き尽くせぃ!!」
モーちゃんの豪腕から闘牛が興奮しそうなくらいの深紅の炎が吹き荒れる。
わわっ、離れた場所にいる私にまでチリチリと熱さが伝わってくるよ!
「く……」
物理攻撃は効かなそうなイベっちもああいう攻撃はヤバいのだろうか。
燃え盛る炎を前に顔をしかめている。
「ちょっとモーちゃん、ストップストップ! やり過ぎだって!」
「ヒナちゃんは引っ込んでいてもらおう。そもそも我輩という相談役がいるのに軍師など必要なのか甚だ疑問である。本当に役立つ力量の持ち主か試してくれようぞ!」
う……、まぁソレは気になるトコロだろうね。
自分一人では頼りないって言われてるようで不快に思う気持ちも分かるけど。
でも軍師の件はモーちゃんが補佐につくって知る前に決めたんだから仕方ないじゃないか。
「ああ……どうしよ。領主の仕事始めてもないのにいきなり問題発生だなんて……」
「問題? こんなのは全然問題でもなんでもねえよ領主サマ。デンと構えてな」
「え?」
イベっちは頼もしげにニヤリと笑うと指先をクイッと引き寄せるように曲げた。
「アガッ!? 痛いッ! 痛い痛い痛い! 鼻がっ!?」
すると彼女の指の動きに呼応するようにモーちゃんが苦痛に顔を歪めた。
よく見ると彼のウシ鼻が見えない力で引っ張られている様子だ。
「アンタが得意気に地獄の炎を召喚してる間に、コッチは魔力で作った不可視の輪っかをその鼻に引っかけさせてもらった」
イベっちが指を戻すと痛みも治まるようだが、再び指を動かすとモーちゃんが悲鳴をあげて転げ回る。
「うぎゅぅ!? クヒィィッ!!」
集中力も途切れたようで燃え盛る腕の炎も消え散ったようだ。
「どうだ? 本来、牛ってのは人間の力ごときじゃビクともしないだろうが鼻輪を引っ張られると抗えないもんだ。伯爵だか男爵イモだか知らねぇがこのままアタシの家畜にして市場に出荷してやろうか? ああ?」
「モーしワケありません! モー許してください! モーレツに反省しております!」
モーちゃんはモーモー泣きじゃくりながら懇願した。
なんかベースは無垢な動物、ウシさんフェイスなので泣いてる顔を見ると胸が苦しくなるなぁ。
「イベっち、その辺でカンベンしてあげなよ。ほら、私、牛乳わりと好きだし……」
「最後の情報は伝える意味あんのか?」
さすがイベっち、細かいボケにツッコミを入れつつ場を治めてしまった。
正直、単純な魔力とかパワー的なモノではモーちゃんの方が圧倒的に強く感じたけど、知識とテクニックで力の差を覆してしまった。
イベリコ豚子マジ軍師!
って、ちょっと大げさかな。
ただ、これでモーちゃんも相談役だの軍師だのと文句は言わないだろう。
よかったよかった。
「はぁあ……イベリコ様、すごい方なんですね! 私より小柄な体であんな大きな牛をやっつけちゃうなんて! ペタカッコいいです!」
メルティちゃんもすっかりイベっちに感心したようで、すごいすごい! とハシャいでいる。
「へへ、そーか、そーだろ! よしよし。そんじゃあ、あの牛が粗相をしたらアタシに言ってくれ。すぐにオシオキしてやるからよ」
「はいっ! ありがとうございます!」
「あのー、モーちゃん。大丈夫?」
正直、今の騒動は全面的にモーちゃんが悪い気もするけど、誰も味方がいないとさすがに気の毒なので私くらいはフォローをいれておこうね。
「はぁ……はぁ……うぅっ」
「まぁその、軍師のこと勝手に決めちゃってごめんね。私、相談役がつくって知らなかったから……。モーちゃんの事も頼りにしてるから、どうか私に力を貸してね」
「ヒナちゃん……」
側に座った私の顔をすがるように見上げるモーちゃん。
「気の強い女に鼻を良いように引っ張られるって……何かすごく興奮するのだな。我輩はまだまだ高みを目指せそうだ……! はぁはぁ!」
「そ、そう。えっと、がんばってね」
迷わず行けよ、行けば分かるさ。
そんな一休さんだか誰だかの言葉が脳裏をよぎるのだった。




